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ヒコロヒー「直感的社会論」:四国の片隅で、少女は考える。美醜とは何か

  • 2026.7.4
ヒコロヒー 「直感的社会論」

四国の片隅で、
少女は考える。
美醜とは何か

先日、子ども番組のスタジオに入った時のことである。普段は明るくひょうきんで、ゲームに勝てばギャアギャアと飛び跳ね、負ければワンワンと泣き喚くような無邪気な9歳の女の子が私に向かって「ヒコロヒーさんって美人!」と言い放ったのであった。この瞬間の衝撃といえば忘れられまい。読者諸君も「え?ヒコロヒーが?美人?何が?」と衝撃を受けているかもしれないが、残念ながら私が言いたいのはそこではないのだ。自分が「美人」という言葉を分不相応ながら預かり受けたことよりも、私が衝撃だったのは、たった9歳にして彼女が彼女なりの美醜の基準を作っていたことに、であった。

自分の9歳の頃といえば、何が美人で何が不細工かなど恐ろしいほどに全く判別がついていなかった。当時のアイドルたちを見ても誰が男前で誰が美人かなど到底わからなかったし、9歳の私が部屋に飾っていたブロマイドは間寛平師匠のそれだった(顔が祖父に似ていたことと、おもしろかったことからカンペーちゃんが好きだったのである)。

もちろん9歳の私に対して容姿をジャッジするような発言を向けるような人間もいなかったこともあろうが、両親も美醜というものについてはひどく無頓着であったように思う。他者に感心する時、両親が美人や男前やどうかで感心しているさまを未だかつて見たことがなく、彼らが誰かを褒める時、常に母は「賢いわあ」や「感じがええわい」で、父は「あいつはおもろい」とか「あいつはスジが通っとる」とかそんなくらいのものであった。今思えば他者のどこを評価するかは個人の価値観を剥き出しにしてしまう瞬間なのだろう。

およそ9歳当時の自分の感覚としては「おもろい」「勉強ができる」「返しが早い」「足が速い」「すべっててもなんかおもろい」「絵がうまい」などが私の中の評価基準であったために、美醜という評価基準を他人が持っていることに気がつき始めた時は、やはりまた、衝撃的であった。

初めてそれに気がついた美醜原体験というのは小学校高学年の頃だっただろう、近所の公園でいつもの友人たちと遊んでいると、時々、同じく近所に住む中学生になったばかりのサッチャンが小学生の弟を迎えに来るのだった。

当時、中学生になった途端に私たちと遊んでくれなくなる近所の兄ちゃんや姉ちゃんたちもいたけれど、サッチャンだけは中学生になってもそうして公園に来るたびに小学生の私たちと少し遊んでくれるし、何よりもいつもとっても優しいお姉ちゃんだったので大好きだったのである。

しかし、いつからかサッチャンはその公園に登場するたびに私たちに向かって挨拶のようにこんな言葉をかけるようになっていた。「みんなこんにちは。わあ、マリちゃんは本当に可愛いね。マリちゃんは美人になるね。ヒロコちゃん、トモちゃん、カナッペはいつもおもしろいね」と、毎回言っていた。サッチャンはいつもそのようにして、マリちゃんだけは可愛いと公園の子どもたち全体に向けてなぜか表明し続けていたのだ。

いくら11歳そこらの女児とはいえ予感というものはそれぞれが持っている。公園スタメンである私とトモちゃんとカナッペの中で、そのうち一つの疑惑が浮上してくる。それは「サッチャンはいつもマリちゃんのことは『可愛い』って言うてきよるけど、わしらのことは『可愛い』と言うてきよったことがないのではないか」「どうやらわしらは『可愛く』はないんやないか」というものだった。そうして私たちのはこの疑いを明確なものにするべく、サッチャンや、可愛いと判子をつかれていたマリちゃんのいない隙を狙っては(子どもながらにマリちゃんに気を遣っていたのだろう)3人で砂場に集まり「どうやらワシらは『可愛く』ないぞ」「その場合どこが『可愛く』ないとされるんか」「鼻か」「目か」「体型か」「エンジェルブルーに可愛いって思う感覚とは違うんか」「中学生にとっての可愛いってなんなんや」という会議を真剣に開いていた。あまつさえ砂場の端の硬い部分を使って、絵の得意な私がマリちゃんの似顔絵を細かく描き、それを3人の少女たちで見つめながら『可愛い』を分析したりもしていた。今思えば四国の片隅で行われていたあの少女捜査会議はあまりにも悲しいものがあろう。しかしそれ程に、それは当時の私たちにとってあまりにも衝撃的な価値観だったのだ。

それからというもの、サッチャンが公園に向かってくる姿を見つけるたびに、私とトモちゃんとカナッペの3人の中には何か猛烈な緊張感が走り、それぞれが髪を少し直したり目を若干大きめに剥いたりしてから、あの「可愛いマリちゃん」とともにサッチャンのもとへと駆け寄っていくわけだが、サッチャンといえば残酷である。「わあ、マリちゃんは今日も美人やね。目が大きくて綺麗やね。ヒロコちゃんとトモちゃんとカナッペは(以下省略)」と、満面の笑みで言い放ち、私とトモちゃんとカナちゃんの心に大嵐を巻き起こしてから弟を連れて帰っていくのであった。こんなのほとんど魔王である。シューベルトにもあの光景をぜひ見てほしいものだ。

そのようにして来る日も来る日も『可愛い』の選抜をされぬまま残されてしまう私たちは、そのうちマリちゃん含めた4人での帰り道に「まあでもトモちゃんは足も速いし」「ヒロコもおもろいで」「カナッペはそろばんがすごい」「マリはその調子やな」などと小学生にして互いの傷を舐め合う技まで習得していた。

中学生ともなるとそれはもっと顕著になっていく。

中庭を歩くだけで顔が可愛いか可愛くないかを噂され、制服を着るだけで脚が太いとか細いとか評価され、体操服を着るだけでおっぱいが大きいとか小さいとかを言われてしまう。教室の中にいるだけでもきれいかきれいではないだのと言われ、痩せすぎていても太っていても嘲笑の的となる。それは男子からだけではなく、女子からの女子に対するジャッジも顕著になるゆえだったのだろう。そうしてそれまで判別のつかなかった「可愛い」は中学校の中で猛スピードで公約数ができあがっていき、共有され、恐ろしいほどに崇拝されていった。

とはいえ私はといえば呑気なものであった。もともと「可愛い」と言われて育ってきたことがなかったこともあって自分のなかではずっと「面白い」が一番偉かった。そのため「可愛いのは他の子の役目、私の役目は面白いこと」と既に割り切っていた。両親や祖父母からも美醜について何かを言われたことは人生で一度もなく、逆に言えば愛情表現としての可愛いなども言われたこともない。「ナッ!憎たらしい!」とか「生意気やのう」とかはある。整理してみれば、この性格の憎たらしさが子どもが持つ愛らしさを上回っていた可能性が大いにある。自分ごとながら、やれやれである。

それから私は、おそらくほとんどの女性が乗らざるを得ない美醜というレースに参加する資格さえ持たず、それにはてんで縁のない人生であった。20歳という最も可憐でいたいであろう年頃にどういうわけかお笑い芸人を名乗り始め、自分の醜いさまがいかに醜いかを人様に見ていただいて笑っていただく商売にありついた。お笑いの世界では美人か男前かなど何の効力も持たぬ全くどうでもいいことであり、やっぱり「面白い」ことが最も偉いのである。その「面白い」の種類もアンミカさんよろしく100種類くらいあり、20代のまるまる10年間をそんなことを研究し、いかにコントに昇華させていくかということに費やすばかりであった。アルバイトで通っていた水商売の店にはもちろん厳しい美醜の基準があったように思うが、そんなことよりも私は異常に酒を飲んでしまうゆえに伝説のヘルプとして飲み子としての地位を獲得していたため、それはそれで重宝されていたので美しくなくとも存在意義を脅かされることはなかったのかもしれない。美しくとも醜くともあまり関係のない世界で育ってきたのだ。さらに大人になると他人の美醜についていちいち口を出す人間の絶対数も減ってくる。若い頃は美醜含む幾つかしか知らなかった価値観の基準が、経験や知識と共に各個人が持つ価値観の数と順序に変化が訪れるのだろう。40代や50代になっても「あの子は可愛いけどあの子は可愛くない」「あの子はおっぱいが大きい」「あいつは男前であいつは背が小さいからだめ」などと人前で発することやそういった価値観を持ち続けることのほうが、一定の職業に就く方々を除いては困難なのではないだろうか。そういえば歴代の恋人たちも私のことを可愛いとかで恋に落ちてなかったように思う。面白いとかで恋に落ちていた。そして憎たらしいとかで喧嘩になっていた。面白いことがいかにすごいかを改めて痛感し、いかに自分という女が憎たらしいのかを振り返らざるを得なくなっている。こんなはずではなかった。

ルッキズム、という言葉が普及、普及といえばいいのか、横行、というほうが正しいのかよく分からないが、耳にする機会がうんと増えたのはこの数年のことである。こんな私でさえテレビに出演し始めると「痩せた」「太った」「髪がぼさぼさ」「顔がでかい」「二重にしたのか」「また一重に戻っている」「不細工」「綺麗になった」など言われたい放題である(そもそも私はれっきとした奥二重である、加齢とともに日によって一重になったり二重になったりするのだ)。女は愛嬌、という言葉を信じている人たちにとって、愛想のない私は気味の悪い存在なのかもしれないが、私はいつも笑顔でいる女性のほうがどこか薄気味悪さを感じてしまうのだから許してほしい。初めて「タモリ倶楽部」に出演した際、本番始まってすぐにタモリさんが「ほんと機嫌いいのか悪いのかわかんない顔してていいよね」と軽口を叩いてくれたことが、なんというか、とても印象的で、とても嬉しかった。

話はやや逸れたが、顔面そのものや表情管理がどうであろうが、私の職務は基本的には人様の前に出てワアワアと変なことを喋ったり、変な器具に掴まって振り回されたり、コンプライアンス委員会だと名乗り続けて言いがかりをつけたり、はつらつとした人々に悪態をついたり、やっぱり憎たらしいことを言ったりすることであるがゆえに、美醜についてなどは業務外のことであるが、世の中の人たちは一定数、まだまだそこに執着する人々もいるのだなと感じられる。とはいえ人前に出る仕事ではあるからして、ある程度の身だしなみは必要であるし、私だって美醜に全く無頓着なわけではなく、加齢とともに深く刻まれるほうれい線にショックを受けることも、仕事の激務で不眠が続いた際に肌が真っ赤になってしまって落ち込むこともある。これは自分の美しさへの基準を証明しているのか、変化に戸惑っているだけなのか、あまり自分でもよく分からない。とはいえ毎日のように顔がむくんでパンパンな状態で、ヘアメイクをする時間よりも喫煙所に行く時間を優先しているのだから、やっぱり自分の中でその価値基準はおそらく低いままなのだろう。

自分の顔や身体を好きになろう、というポジティブなマインドメッセージを見かけることもあるが、なんでそんなことせなあかんねんとも思う。好きでも嫌いでもどっちでもええやろ、と思う。それは自分自身が引き受けることだからであり、好きになろうよ!などと他人に声がけされることではなく、それこそが執着の一つであるような気もしてくる。自身のルックスを好きになれる人はその調子でいけばいいし、好きになれない人は好きになれないままで別にいいのではないかとも思う。

かくいう私は誰かに綺麗と言われても「自分は綺麗とかではない」と思っているし、誰かに不細工と言われても「まあでも私いい顔してるしな」と思っており、やっぱりのんきなままである。朝起きて片目だけ二重になってげんなりする時はアイテープを貼るし、加齢とともに痩せてデコルテが貧相になるのが気味が悪くて太る努力をしたりもしているが、そんな自分のルックスを、別に好きでもないし嫌いでもない。めちゃくちゃ仕方ないし、そういうものだと思っているし、誰のものでもない自分のものなので自分がある程度諦めたり受け入れたりしつつ納得していればいいだけのことで、他者からのてきとうな言葉やジャッジに厭うこともしたくないし、自分もあまり他人にそういう言葉をかけたくはなく(態度や言葉について現象への「ラブリーカワイイ」と言うことはあるが)、しかし自分でも無意識のうちにそれに準ずるような言葉や表現をしているかもしれないため、反省と前進を繰り返すしかないかもしれない。テレビを見ていて、田中麗奈はいつまでも綺麗やのう、と、思うことは当然として、私のその価値基準を誰かに共有することはどうなのだろうか、改めて、無自覚に誰かを傷つけたり、傷つけうるレールを整備することに自分が何にも加担することのない人間であらねばならないと、これから芸能界という特殊な世界においてあらゆることを要求されいくであろうあの9歳の女の子が、数年後にはきっとどこかで知らずのうちに乗せられてしまうかもしれぬ美醜のレースの上で、傷ついたり苦しんだりすることがないように、できれば乗せられたりなんてしてしまわないでほしいけれど、それでももし誰かが作った美醜の基準できみが悲しい思いをさせられることがあったとして、きみ自身が持つとびきりの明るさやひょうきんさ、すぐに泣いてしまう素直さ、一生懸命に出す大きな声、ゲームに勝って飛び跳ねる時の笑顔、全体行動の時にいつも自分より小さな子に誰よりも素早く駆け寄っていって同じ歩幅で歩いてあげられるやさしさ、それに勝る美しさなどはないことを知っておいてくれたらいいなと思ったのであった。

今月のヒコロヒー

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ヒコロヒー

ひころひー/松竹芸能所属。世界観や台詞(せりふ)で魅了するコントで活躍するピン芸人。DVD『best bout of hiccorohee』発売中。テレビ朝日『キョコロヒー』等に出演中。短編小説集『黙って喋って』が発売中。

X:@hiccorohee0016
Instagram:@hiccorohee

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