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「韓国文化通信」Vol.40 ミュージシャン・Lee Heemoon

  • 2026.6.22
イ・ヒムン

──ヒムンさんの音楽の源泉について教えてください。

僕が音楽を好きになったのが80年代。当時はアメリカと日本のビジュアルカルチャーが韓国でも大きな影響を与えていたと思います。マイケル・ジャクソンやマドンナなどを筆頭にポップ音楽をよく聴いていました。衣装とかはデヴィッド・ボウイなんかも好きで見ていましたね。

音楽だけというよりは、ビジュアルやパフォーマンスも含めたショーに興味があったのだと思います。大学に行って本格的に歌をやりたいと思っていたんですが、あまりうまく行かなくて。軍隊に行ったり、日本に留学したりしていました。

──日本ではどんなことを学んでいらしたのでしょうか?

語学を1年くらい学んだ後に、エンターテインメントを送り出す側になろうと思って、学校を探したんだけどそんな学科はなくて(笑)。当時はミュージックビデオが流行っていた時期で、僕もすごくよく観ていた。

マドンナの「Frozen」(1998年)を撮影したクリス・カニンガムにすごく影響を受けて、こういうミュージックビデオを作る人になりたいと思いプロモーション映像科という学科があった専門学校に入学して、2年通いたくさんのMVを制作しました。賞をいただいたり、楽しかったですね。

ここでも、音楽そのものはもちろん、その楽曲の世界をどう映像で作り上げるかを意識していて。それは今、舞台の演出をする際にも生きている考え方だと思います。その後韓国に戻ってMV監督の下で仕事をしていたのですが、民謡歌手である母の後輩のイ・チュンヒ先生との再会をきっかけに民謡の世界に足を踏み入れることになりました。

──それで20代の後半になって、ソウル芸術大学の国楽科民謡専攻を受けて民謡に専念されることに。

そうです。最初はMVの監督をしながら通おうと思ったのですが、そんなに甘い世界ではありませんでした(笑)。でも、この年で自分で決めて大学に入ったのに中途半端ではもったいない。民謡一本と決めて真剣に練習に励みました。おかげで自分の中心になっているのは民謡だと胸を張って言えます。

──その後、派手な衣装で民謡を歌われたり、セッションバンドのCADEJOと共演をしたり、大人数の編成の賑やかなバンドOBSG(オバンシングァ)を結成されたり、様々な新しい試みをされています。

僕は遅れて伝統民謡の世界に入ったこともあり、システムに馴染むのが難しくて、デビュー当時はたくさんのストレスを抱えていました。

その時に出会ったのが、現代舞踊のアン・ウンミ先生でした。例えば、僕が派手な服を着て民謡の舞台に上がったりすることに対して、よくない評判がありました。でも、アン・ウンミ先生は僕の活動に対して、常に「ノムチョア(とても良い)!」と言って褒めて励ましてくれました。その言葉にすごく救われたので、僕も悩んでいる若い子たちに対して、同じように対応するようにしています。

伝統そのものはそんなに難しいものではないのに、伝統というシステムの中で難しくなっていく。それにわかりやすく楽しい表現をするのがアン・ウンミ先生。子供が観ても楽しくて面白いと思う感覚、それが一番いいと思う。僕も様々なスタイルの公演をしてはいるけど、民謡が大好きだし、民謡の良さをできるだけ大勢の人に伝えたいという感覚があります。その気持ちはずっと変わりません。

韓国は常に新しいものが要求される。歌がうまい民謡歌手もたくさんいるし、伝統音楽から新しい音楽を作る人もたくさんいる。だけど僕には伝統音楽がある。アイデアが浮かばない時は、伝統に立ち返って修業をする。すると新しい何かが浮かぶんです。

OBSGが〈KEXP〉のスタジオライブに出演し、最新楽曲「DOHWA」を披露!公式YouTubeにて公開中。Photo by @iamcarloscruz_

──今はどんな公演の準備をされているのでしょうか?

下半期はたくさんの公演を予定しています。OBSGの韓国全国ツアーなどで地方を回り、12月には、京畿民謡をモチーフにした特別な公演を〈セジョンSシアター〉で行う予定です。

Lee Heemoonが選ぶ、今の韓国を知る人物

舞踊家、振付家。1988年にAhn Eun-Me Companyを設立後、91年にNYに移り、ピナ・バウシュとの交流を深めた。2001年に韓国に戻り、自国の歴史や社会問題を調査し作品に昇華させるなど、習慣にとらわれない挑発的な踊りで伝統と現代の対比に挑む。代表作に『北朝鮮ダンス』などがある。Instagram:@ahneunme

profile

Lee・Heemoon

イ・ヒムン/1976年韓国・ソウル生まれ。京畿民謡歌手。国家無形文化財団第57号京畿民謡履修者。イ・ヒムンカンパニー代表。母は民謡歌手のコ・ジュラン。伝統音楽(国楽)の継承者として、また韓国の音楽界の開拓者として、オリジナルのスタイルで表現活動を続けている。

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