1. トップ
  2. エピソード
  3. 「あいつには相当金をつかってやったのに!」とキレるママ友。キーホルダーを配り歩いてた理由に絶句

「あいつには相当金をつかってやったのに!」とキレるママ友。キーホルダーを配り歩いてた理由に絶句

  • 2026.6.26

頼もしすぎた肝っ玉ママの登場

子どもが幼稚園に通い始めた頃、送迎の門前にやけに声の大きいママがいた。

40代後半、髪をひとつにまとめ、豪快な笑い方と、誰彼かまわず話しかける距離感の近さが、最初は妙に頼もしく見えた。

彼女は登園のたびに、大きなバッグからお菓子の小袋を取り出して配って歩いた。

若いママを何人もつかまえては、近所のファミレスへ連れていく。

会計はいつも自分が持つと言って譲らない。

「あなたたちはいいから」と笑う背中が、まるでみんなの母代わりみたいだった。

ある日、ガチャガチャでとった小さなキーホルダーを、彼女は園庭で配り始めた。

「これいらないからあげるよー!ネームホルダーにつけてよ!」

軽い口調に押されて、私もひとつ受け取った。子どものリュックに揺れる安いプラスチックの飾りを見て、なんとなく胸がざわついた。

なぜ全員に同じ品を配るのか、その時はまだ気づかない。

一人ずつ消えていったママたち

半年ほど経った頃から、グループから一人、また一人とハブられるママが出始めた。

気がつくと挨拶も返されなくなり、誘いの輪からも外されている。共通点は、肝っ玉ママから受けた施しに、お返しやお礼を返していないことだった。

はっきり聞いてしまったのは、お迎え後のベンチでのこと。声を潜める素振りもなく、彼女はこう吐き捨てた。

「あいつには相当金をつかってやったのに!」

笑い飛ばすような口調なのに、目だけが据わっていた。

お菓子もファミレスもキーホルダーも、見返りの請求書として配られていた。配られた側がそれを覚えていないと、ある日いきなり敵に回される仕組みだった。背筋が冷えた。

マーキングされていた朝

翌朝、私は子どものリュックに揺れるキーホルダーを見つめ直した。

同じものを下げた子が、何人も登園してくる。

彼女の視界の中で、私たちはひと目で「貸しのある相手」として識別されていた。マーキングという言葉が、頭の中でぴたりと音を立ててはまる。

その日から、私はお礼の品とちょっとした手土産を、目につく頻度で渡すようにした。

本当はもう関わりたくない。それでも、ハブられる側に回った瞬間の冷たさを、目の前で何度も見てしまったあとでは、踏み外す勇気が出てこなかった。

豪快な笑い声がいまも園庭から響くたびに、足が止まる。配られた小さなキーホルダーは、引き出しの奥にしまった。あの安いプラスチックの揺れが、いまでも背中を冷やす朝がある。子の手を強く握り直して、門の前を通り抜けるしかなかった。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる