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キッコーマンのCMで一世を風靡した「天才子役」難病に苦しむも…プロ写真家へ転身した現在とは

  • 2026.8.3
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1984年撮影、間下このみ(C)SANKEI

かつてテレビやCMで多くの人を魅了した人気子役は、その後どのような人生を歩んでいるのでしょうか。子役として一世を風靡した後、新たな分野で才能を発揮している人物も少なくありません。今回は、昭和を代表する天才子役として知られた間下このみさんの現在に迫ります。芸能活動を経て写真の世界へ進んだ彼女は、現在プロのフォトグラファーとしてどのような活動を続けているのでしょうか。

昭和のお茶の間を虜にした「ガンバレ玄さん!」天才子役が放っていた圧倒的オーラ

1980年代、愛くるしい笑顔と子役の枠を超えた自然体な演技で、昭和のテレビ黄金期を象徴する存在となった間下このみさん。特に語り継がれているのが、キッコーマン「ガンバレ玄さん」のCMで見せた愛らしい姿です。「ガンバレ玄さん!」のセリフで一世を風靡した彼女は、ドラマやバラエティ番組、CMに引っ張りだことなり、お茶の間のアイドルとして日本中に笑顔を届けました。

しかし、幼少期から常に大人たちと「カメラの視線」に囲まれて育った経験は、成長とともに彼女のなかに新しい感性を芽生えさせます。

「見られる側」としてカメラの前に立ち続けるなかで、いつしか彼女の関心は「レンズの向こう側にある世界」へ。他者の作られたイメージを演じるのではなく、自らの視点と感性で世界を切り取りたい。その強い想いが、彼女を写真の世界へと引き寄せていきました。

芸能界から写真の世界へ フォトグラファーとして新たな才能を開花

写真家への道を歩み始めた彼女を待ち受けていたのは、人生最大の大きな試練でした。2000年代、妊娠をきっかけに発覚した指定難病「抗リン脂質抗体症候群」。血液が固まりやすくなる不育症の原因となる病であり、あまりにも深い絶望と悲しみを経験します。

それでも彼女は諦めませんでした。病気と真正面から向き合い、激しい治療とリスクを乗り越え、2007年に待望の第一子(長女)を出産。自身の闘病と出産を綴った著書や体験談は、同じ病や不妊・不育症に悩む全国の女性たちにどれほどの希望と勇気を与えたか計り知れません。

過酷な病を乗り越え、「当たり前に明日は来ない」「いま目の前にある命は奇跡そのものだ」と心から実感したこの体験が、彼女の写真家としての思想を決定づける揺るぎない背骨となりました。

2025年以降も写真活動を継続 SNSでは温かい反応が寄せられる

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2005年撮影、左手の薬指を嬉しそうに見せ、結婚を電撃告白した女優・間下このみ(C)SANKEI

2026年現在、間下さんは出張撮影や人物撮影を中心に、プロのフォトグラファーとして多忙な日々を送っています。彼女の写真が多くの家族や被写体から絶大な支持を集めている理由は、卓越した技術だけではありません。

幼少期からカメラの前に立ち続けてきたからこそ分かる「レンズを向けられたときの緊張感」。それを一瞬で解きほぐし、子供たちの自然な笑顔や家族の温かなまなざしを引き出す圧倒的なコミュニケーション能力です。

自身が命の重みと家族の尊さを知るからこそ切り取れるファインダー越しの世界。そこには、作為的な演出を超えた、被写体への温かな愛とリスペクトが溢れています。

SNSや個展などでも彼女の作品や発信は常に注目を集めており、「懐かしい」「今も変わらず素敵」「新しい道で活躍している姿がうれしい」といった声が見られます。

また、子役時代から知る世代だけでなく、現在の写真家としての活動を通じて新たに存在を知った人からも、作品への評価や応援の声が寄せられています。

芸能界で築いた経験を活かしながら、現在は写真という新たな表現方法で人と向き合っている点が、長年支持される理由のひとつといえるでしょう。

間下このみは子役から写真家へ 時代を超えて輝き続ける表現者

間下このみさんは、昭和のテレビ界を彩った人気子役から、現在はプロのフォトグラファーへと活動の場を広げています。

子役時代に培った表現力や人との向き合い方は、現在の写真活動にも生かされています。

芸能界で注目された過去だけではなく、新たな挑戦を続けながら自分らしい道を歩んでいる姿は、多くの人に勇気を与えているといえるでしょう。

2026年現在も、写真を通じて人の魅力や大切な瞬間を届け続ける間下このみさん。

時代が変わっても、多くの人の心に残る表現者として、今後の活動にも注目が集まっています。


※記事は執筆時点の情報です。

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