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50年来の友人、セリア・バートウェルが語るデイヴィッド・ホックニー「彼と出会って、私の人生はずっと豊かになった」

  • 2026.6.24
photo: Nick Harvey

2020年2月、ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーでの「David Hockney: Drawing from Life」の開幕に合わせて、英国のテキスタイルデザイナー、セリア・バートウェルは、UK版『ハーパーズ バザー』のためにエッセイを寄せた。長年の友人であったデイヴィッド・ホックニーの肖像画のモデルを務めた経験を振り返りながら、その思い出をつづったものである。

6月11日、88歳で逝去したホックニーの訃報を受け、彼女の言葉をあらためて掲載する。そのテキストからは、世界を見つめる瑞々しいまなざしと、生涯にわたって創造を楽しみ続けたホックニーの姿が浮かび上がってくる。

デイヴィッド・ホックニー。2012年、ロンドンのロイヤル・アカデミーで開催された自身の展覧会にて。 photo: Oli Scarff

デイヴィッド・ホックニーが肖像画を描くとき、彼はいつも「相手を美しく見せるために描いているわけではない」と言う。制作中の彼は驚くほど静か。こちらはその表情のわずかな動きから何かを読み取ろうとするけれど、最後に目にするのは完成した絵だけ。音楽もなく、ただ静寂だけがそこにある。

正直に言えば、私は自分をミューズだと思ったことはない。ファッションの仕事は好きだったし、元夫のオジー・クラークとともに働いた時間も楽しかった。でも私はテキスタイルデザイナーであって、自ら何かを生み出す側の人間だ。「ミューズ」という呼び名には、いまひとつ実感が湧かない。私はモデルのような存在ではなかったし、そんなふうに見られることも想像していなかった。

だから、美術館で《Mr and Mrs Clark and Percy》を見ると、いまでも少し気恥ずかしい気持ちになる。あまりに個人的な作品だからだ。皆はよく、「彼は座り、彼女は立っている。その構図にはどんな意味があるのか」と訊く。でも私に言わせれば、理由はもっと単純だ。デイヴィッドは夫のオジーの足を描くのがあまり得意ではなかった。だから、あのふかふかのシャギーカーペットの中に隠してしまったのである。

2016年、『ハーパーズ バザー』のために撮影されたデイヴィッド・ホックニー。 photo: Christopher Sturman

デイヴィッドとはもう50年以上の付き合いになる。彼はこれまで本当にたくさんの人と出会ってきたけれど、長く付き合い続ける友人はごくわずかだ。だから、その一人でいられることを私はとても幸運に思っている。

初めて彼を見かけたのは1960年代後半のポートベロー・ロードだった。一緒にいた友人に「あの人は誰?」と尋ねると、「ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの学生で、とても頭のいい人よ」と教えてくれた。あれから何十年も経ったけれど、その印象は少しも変わらない。デイヴィッドは驚くほど聡明で、読書家でもある。知的な人、と言ってしまえば簡単だけれど、実際にはもっと特別な存在だ。自分自身の考えを持ち、いつだって周囲に流されることなく、自分の道を歩いてきた。

何よりもデイヴィッドは、自分の作品に語らせたいと願っている人だ。まさに本物のアーティストだと思う。たとえお金にならなくても、どこかの小屋で暮らしていたとしても、きっと彼は絵を描き続けるだろう。描かずにはいられない人なのだ。

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート時代には、朝8時にはアトリエに入り、夜まで制作を続けていたという。その情熱はいまも変わらない。友人として彼を尊敬しているけれど、突き詰めれば彼の人生そのものが作品のためにあるように思える。

お茶を飲みながら話しているときでさえ、彼は紙切れを見つけては何かを描いている。あるとき孫娘のスカーレットがその様子を見て、「この人、ずっと描いているのね」と言ったことがあった。私は「そうなの。たぶん、やめられないんだと思う」と答えた。

彼のスケッチブックが素晴らしいのも、その正直さゆえだろう。もちろん、すべての日が同じようにうまくいくわけではない。でも、そのなかに広がる表現の豊かさと多様さには、いつも驚かされる。

1980年、若き日のデイヴィッド・ホックニー。 photo: Aaron Rapoport

デイヴィッドの母親には5人の子どもがいた。子育てはさぞ大変だっただろうと思う。とても美しい人だったけれど、私が知る頃には重い関節炎を患っていて、小さな手はいつも痛みに苦しめられていた。デイヴィッドはそんな母親を何度も描いている。その素描はどれも驚くほど優しく、愛情に満ちている。きっと彼女は息子を誇りに思っていたはずだし、デイヴィッドもまた母親を深く敬愛していたのだと思う。

デイヴィッドが初めて雑誌のために手がけた仕事は、1984年に制作した私の店のフォトコラージュだった。『Harper’s & Queen』(注:現『Harper’s Bazaar』UK版)の特集「My Lovely Celia」のためのもので、ウェストボーン・パーク・ロードにあった店を撮影している。彼は店の外から何枚も写真を撮り、そのイメージを組み合わせて作品にした。完成した写真には、ショーウィンドウに映り込んだ彼自身の姿も見える。店は大通りから少し外れた場所にある、私にとって宝石のような存在だった。大家は「どうせ10分ももたないだろう」と言っていたけれど、私はそこで25年間店を続けた。その写真も額に入れて飾っていたのだけれど、いまはどこへいってしまったのかわからない。

私はてっきり、デイヴィッドは気候のよいカリフォルニアに落ち着くものだと思っていた。でも昨年からはフランスの美しい村で暮らしている。つい先日も彼のもとを訪ねてきたばかりだ。本人は「ごちゃごちゃしている」と言うけれれど、その不揃いな感じもまた魅力的だった。アトリエはもともとシードルを醸造していた納屋だったそうだが、見事に改装されている。壁には制作中の作品が所狭しと貼られ、どこに目を向けても興味を引かれるものばかりだった。

2016年、ロサンゼルスの高台に広がるハリウッド・ヒルズの自宅にて。『ハーパーズ バザー』のために撮影されたデイヴィッド・ホックニー。 photo: Christopher Sturman

デイヴィッドからFaceTimeがかかってくることがある。こちらはあまり人に見せたくない顔の日だったりして、「お願いだから音声だけにして」と思うのだけれど、彼はお構いなしだ。誰とでもFaceTimeをしたい人なのである。でも、それも彼らしい。彼はとてもモダンな人なのだ。iPadを使い始めたのもずいぶん早かったし、新しい技術への好奇心は人一倍強い。しかも、ただ使うだけではなく見事に使いこなしてしまう。その姿はまさに名人芸と言っていいほど。

“彼は本当にモダンな人。iPadで描き始めたのも、誰より早かった”

もちろん、これまでには言い争いもしたし、ちょっとした衝突もあった。でも今の彼ほど幸せそうな姿を、私は見たことがない。

先日も私は彼にこう言った。「あと15歳若かったらよかったのに、と思っているでしょう? そうしたら、いまのこの幸せな時間をもっと長く楽しめるのだから」と。

彼がそれを褒め言葉として受け取ったかどうかはわからない。けれども、私は本気でそう思った。いまの彼は、自分がいるべき場所で、自分がやりたいことをしながら、この上なく幸せそうに見えるからだ。

彼が声を上げて笑う姿を見るのは、本当にうれしい。まあ、少し風変わりな人でもあるのだけれど、私はそういう人が好きなのだ。

私は本当に幸運だったと思う。彼は私を温かく受け入れてくれた。そして彼と出会ったことで、私の人生はずっと豊かなものになった。彼の目を通して見たからこそ知ることのできた世界が、たくさんあるのだから。

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