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「この納豆の容器、洗えばお皿になるでしょ」と主張する義母→薄暗い義実家で出された料理に箸が止まった

  • 2026.6.23
「この納豆の容器、洗えばお皿になるでしょ」と主張する義母→薄暗い義実家で出された料理に箸が止まった

薄暗い台所の出来事

結婚して十五年。義実家との関係は穏やかで、義母は私にやさしく接してくれる。

それでも、訪ねるたびに小さな違和感が積もっていった。

玄関を入っても、家の中はいつも薄暗い。昼間なのに電気はついていない。

「電気、つけましょうか」

そう言うと、義母はやんわり首を振った。

「もったいないでしょ。目が慣れれば見えるから」

口癖は、もったいない。最初は倹約家なのだと微笑ましく思っていた。

物を大切にする姿勢は、本来なら見習うべきものだ。けれど、その日の台所で見たものが、私の中の何かを変えた。

流しの脇に、洗って伏せられた白い容器がいくつも並んでいた。

最初は保存容器か何かだと思った。よく見ると、それは納豆の空きパックだった。底の溝に乾いた白い筋がうっすら残っていて、それを何度も使い回しているのだと気づいた。

「義母さん、これは……」

「この納豆の容器、洗えばお皿になるでしょ」

義母は当たり前のように言って、その一つに煮物を盛りつけた。

出された料理に箸が止まる

食卓に並んだのは、薄暗い明かりの下で輪郭のぼやけた小鉢たちだった。

私は箸を持ったまま、手が動かなくなった。

差し出された漬物の袋に、見覚えのある印字がある。賞味期限は、ずいぶん前の日付だった。

「これ、大丈夫ですか」

「平気平気。ちょっと過ぎたくらい、もったいないもの」

義母は笑っていた。悪気はひとつもない。だからこそ、背筋がすっと冷たくなった。

子どもに取り分けられた皿も、洗い回した容器だった。プラスチックの縁は、長年こすられて細かく白く曇っている。それでも子どもは何も知らずに箸を伸ばし、義母はその様子を満足そうに眺めていた。

お下がりやもらい物に囲まれて育つ孫を見て、義母は嬉しそうにうなずく。

新しい物を買うという考えが、この家にはそもそもないのだと思い知った。

(この感覚は、私には一生わからないのかもしれない)

帰り際、義母はにこやかに袋を差し出した。

「これ、まだ食べられるから持って帰って」

中身は、やはり期限の切れた缶詰だった。受け取った手のひらが、ひんやりと汗ばんでいた。

悪い人ではない。むしろ優しい。それでも、薄暗い家の中で淡々と積み上げられていく価値観の隔たりに、私はただ立ちすくむしかなかった。

「ありがとうございます」

そう返すのが、精一杯だった。

※GLAMが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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