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本物に触れた時、人は変わる──原田哲也が語る「才能と努力」の世界

  • 2026.6.12

趣味として始めたバイクも、突き詰めればやがて別の景色が見えてくる。世界最高峰の舞台で戦った原田哲也氏にとって、グランプリはまさにそんな場所だった。才能ある者たちが努力を重ね、その先を目指し続ける世界。本物に触れたからこそ見えた景色について振り返る。

※この記事は『RIDERS CLUB 2025年6月号(No.620)』に掲載された内容をもとに構成しています。

本物が教えてくれるもの

脚色しない。余計なことは言わない。見せびらかすことも、ひけらかすこともない──。今回の特集で取り扱った人やモノには、そんな共通項があった。徹底してシンプルで、分かりやすく、明快なのは、揺るぎない自信の表れだ。

自分の「好き」を飽きることなく純粋に追い求め、やるべきことを情熱的にやり続ける。そうやって積み重ねられた成果は、プレミアムと呼ぶにふさわしい風格を備える。

バイクは、単なる趣味にすぎない。若い頃の僕が仕事にしてきたレースも、ある意味では「遊び」だ。何かを生み出すわけではなく、消費する一方である。

だが、趣味や遊びも突き詰めれば突き詰めるほど容易ではなくなり、苛酷になっていく。そうして趣味や遊びとは思えないほどの苦労や苦悩を乗り越えると、本物になるのだ。そして、本物だけの境地に辿り着く。

'92年、全日本ロードレースを戦っていた僕は、世界グランプリにそれほど魅力を感じていなかった。しかし当時所属していたヤマハのモータースポーツ部長に「とにかく見てこい」と命じられ、ハンガリーGPとフランスGPを視察に行った。

そして、衝撃を受けた。グランプリへのフル参戦デビューを果たしたばかりのマックス・ビアッジが、縁石よりさらに外側を通ってタイムを稼ぐという、とんでもない走りをしていたのだ。しかもビアッジは、僕より年下だった。

「世界には、すごいやつらがいる。あいつらと戦ってみたい」

ビアッジへのライバル心が、大きなモチベーションになった。

「世界に行くためには、全日本でのチャンピオン獲得は最低条件だ」

そう思った僕は、帰国後、それまで以上に努力した。全日本ロードレースGP250クラスで3連覇していた岡田忠之さんをようやく倒し、王座を奪い取った。

日本GPではホンダが久々の表彰台を獲得し、マルク・マルケスが6年ぶりに王座に返り咲いた。能力のある人々のたゆまぬ努力が成果に結びついた時、笑顔が弾け、涙があふれる
日本GPではホンダが久々の表彰台を獲得し、マルク・マルケスが6年ぶりに王座に返り咲いた。能力のある人々のたゆまぬ努力が成果に結びついた時、笑顔が弾け、涙があふれる

意気揚々と世界グランプリに打って出ると、そこはまさに「とんでもない世界」だった。各国の選手権を勝ち上がってきた凄まじい才能の持ち主たちが、凄まじいほどの努力をして、さらなる高みをめざしていたのだ。

もともと高い能力を備えているライダーたちが、24時間レースのことだけを考え、レースにすべてを捧げている──。彼らの走りは、想像以上に研ぎ澄まされていた。

参戦初年度に運よくチャンピオンを獲得できたが、以降9シーズンを戦っても2度目のタイトルを取ることはできなかった。自分としてはやれるだけのことをやっていたつもりだったが、今になって振り返ると努力が足りなかったのだろうと率直に思う。

'02年に現役を引退した時、僕は32歳だった。多くの方たちに「まだまだやれるよ」と声をかけてもらえたし、実際、ありがたいことに複数のオファーもいただいた。

だが、僕の気持ちはまったく動かなかった。誰に何と言ってもらおうが、オファーがどんなに魅力的なものだろうが、「もう2度とあそこに戻りたくない」と強く思っていた。

引退の理由はいくつかあったが、はっきりしていたのは、もうグランプリを戦う気は一切ないこと、そして引退という決断をまったく後悔していないことだった。

グランプリでは、マシンも人もすべてが本物だった。本物は本当に素晴らしい。世界グランプリでの経験は、今も僕にとってかけがえのない財産になっている。

しかし、とことん本気であるがゆえに、本物は厳しかった。どんなに頑張っても足りなかった。どんなに努力しても、上がいた。相手は、本気の上に本気を積み重ねて、さらに本気を振りかけているのではないか、というぐらい、徹底的に本気の連中だった。

毎戦毎戦、まったく気を抜けない緊張状態が続いた。動く金額の大きさに比例して、プレッシャーも大きかった。「身を削る」とか「心を砕く」などという表現があるが、世界グランプリでは比喩ではなく、現実だった。

ライダーはもちろん、チームスタッフの誰ひとりとして手を抜かず、自分の仕事に自信を持っていた。お互いにリスペクトし合いながらも、お互いがライバルで、切磋琢磨を決して怠らない。プレミアム──最高峰クラスというのは、そういう凄まじい場だった。

そんなところで10年を過ごし、自分なりにやれるだけのことはやり切ったのだ。「もうたくさんだ」というのが本音だった。

それに、怖かった。いったんでも「辞めようかな」と思ったということは、自分の気持ちに迷いがあるということだ。そんな精神状態で全員が本気で戦っているグランプリの場に居続けることは失礼だと思ったし、迷惑をかけてしまう、とも思った。

僕自身が「本物のグランプリライダー」になれていたのかどうかは、自分では分からない。だが、本気だったことは間違いない。

子供の頃は大好きだったバイクなのに、見るのも嫌になっていた。そして引退して10年ほどは、ほとんどバイクに関わらなかった。完全に疲れ切っていたからだ。人生全体で見ればたった10年の出来事だが、信じられないほど濃密な時間だった。

こういう経験ができたのも、世界グランプリを視察させてもらえたからだ。実際に自分の目で見なければ、本物とはどういうものか、僕には分からなかった。行きたいと思うこともなく、今の自分もなかっただろう。

本物の人やモノを見て、感じて、知ることは、とても大事だと僕は思う。本物は、インスピレーションを与えてくれる。新しいアイデアをもたらしてくれる。人生の目標になってくれる。そして、自分自身の可能性を大きく広げてくれる。例えバイクが趣味や遊びだとしても、本物にはそれだけの力があるのだ。

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