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『ボタニスト植物を愛する少年』ジン・イー監督インタビュー/新疆の小さな村で育った若手監督が語る、故郷の風景と思い

  • 2026.5.11

『ボタニスト 植物を愛する少年』
©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms


新疆(しんきょう)ウイグル自治区の広大な草原を舞台に、少年の日常を詩的に綴った映画『ボタニスト 植物を愛する少年』(5月15日より全国順次公開)。少年の目と心を通して映し出される風景は、美しく尊くて、観る者を癒やします。そんな自然の中で生きる少年の成長と、近代化の波のなかで失われゆくものへノスタルジーが心を揺さぶる本作は、50代の女性にもぜひ観てほしい一作です。

主人公は、カザフ族の13歳の少年アルシン。小さな村で祖母と暮らすアルシンは、植物を集めて観察しながら日々を過ごしています。彼にとって植物は、ただの自然ではなく、失踪した伯父が教えてくれた大切な世界観でした。彼の穏やかな日常は、北京から逃れてきた兄とのかかわりや漢民族の少女メイユーとの淡い恋をきっかけに、少しずつ揺らぎ始めます。

監督・脚本を務めたのは、本作が長編映画デビュー作となる新鋭、ジン・イー。キャストには演技経験のない素人俳優たちを起用し、素朴で実直な演技を引き出しました。本作は第75回ベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門・国際審査員グランプリを受賞したほか、東京、釜山など世界各国の映画祭で高い評価を得ています。中国現代映画を担う若手監督の一人として期待されているジン・イー監督に、オンラインでインタビューを行いました。

©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

都会でやりきれない思いを抱えたとき、故郷の風景に慰められました

――新疆を舞台に植物を愛する少年を主人公にした物語を撮ろうと思ったきっかけは?

ジン・イー監督(以下、ジン・イー):新疆は私の故郷です。小さな農村を出て、都会で学んだり働いたりする生活のなかで、やりきれない思いを抱えたこともありましたが、そんなときには故郷の風景を思い浮かべて自分を慰めていました。それまでは農村の風景が当たり前にあったので特に何も思わなかったのですが、そこから離れて初めて私が少年時代を過ごした環境が貴重なものであったと気付いたのです。農村の風景、ゆるやかな時間の流れ、植物が自分に寄り添ってくれるような感覚、そういった自然と共に生きる生活を描きたいと思いました。

ジン・イー監督

――映画で描かれているのは2010年代前半と思われますが、その頃、ジン・イー監督は20歳前後です。監督自身の個人的な体験や思いを、アルシン少年やその兄に投影されたのでしょうか。

ジン・イー:はい。2015年辺りを描いていて、私は映画の中のお兄さんと同じぐらいの年齢でした。実際、その頃から新疆はかなりのスピードで発展し、新疆の中でもはずれに位置するこの小さな村はその発展の波にさらされながらも伝統的な生活や文化を残していました。私自身が体験した新しいものと古いものが同居している状況を描いています。

©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

あれはカザフ族の伝統的な保存食で、私も食べていました

©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

――農村で静かに暮らす少年とおばあちゃんがいて、一方で兄は都心に出たものの戻ってきており、模索しながら生きている若者を描いた青春映画としての感動もありました。また、やはり本作の大きな魅力は、自然の美しさを収めた詩的な映像です。個人的には、戸棚のガラス戸に映る少年の顔など、光、影、反射などを使った絵画のような映像も印象深いです。監督は本作が長編デビュー作ということですが、美しい映像はいつどのように学ばれたのでしょうか。

ジン・イー:私は農村の美しい風景に囲まれて育ちましたが、一方で現代の芸術作品にも興味があって多くの絵を鑑賞していました。そのような体験が影響しているのかと思います。また、撮影監督を務めてくださったリー・ヴァノンさんの技術のおかげでもあります。私にとっては当たり前だった風景ですが、ヴァノンさんが撮ることで、「こんなにもきれいだったのか」と再認識できるような映像になりました。そして、あえて曖昧に撮っているシーンもありますが、それにも意図があります。人の記憶というのは曖昧なものですし、はっきり描かないことで観る人の記憶を呼び起こすような映像にしたかったのです。

©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

――映像でいえば、アルシンが鞄から何か白いものを取り出して、メイユー(少女)と二人で分け合って食べる微笑ましいシーンがありました。あれは何ですか?

ジン・イー:私自身も小さい頃によく食べていたものですが、牛乳を発酵させて干して固めた栄養価の高い保存食で、ヨーグルトよりもさらに酸っぱいんです。カザフ族の伝統的な食べ物でもあります。遊牧民はなかなか食べ物に恵まれないときもありますが、これ一つあれば一日は腹を空かせずに過ごせるといわれていて、昔から重宝されています。

――たしかに少女が酸っぱそうな顔をしていました。少年少女役の二人をはじめ全員が演技経験のない俳優とのことですが、とても自然な演技でした。ちなみに、馬の声をあてていた方も素人なのですか? いい声でしたが。

ジン・イー:彼は俳優ではなく、プロの司会者なんです。子ども向け番組で司会をしていた方ですが、有名人ではありません。

アッバス・キアロスタミ監督の影響を多く受けています

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――ところで監督は、高校時代にチャン・イーモウやチェン・カイコーといった中国語圏の巨匠やイランのアッバス・キアロスタミ監督などの作品と出合い、影響を受けたそうですね。

ジン・イー:今挙げてくださったなかでは特にキアロスタミ監督の作品から多くの影響を受けています。特に『風が吹くまま』(1999年)が好きです。イランと新疆は自然の風景が似ていて、人々の習わしも通じたものがあります。

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――メイユーは漢民族の少女ですが、この設定にしたのは、民族問題に対してのメッセージを込めているのでしょうか。

ジン・イー:本作は主にカザフ語で進みますが、現地ではカザフ語だけでなくウイグル語など他の言語も使われているように、異なる民族がそれぞれの文化や習わしを持ちながら生活しています。アルシンとメイユーも異なる民族ですが、対立ではなく、二種類の植物が同じ場所で育っているさまを表現しています。本作に関していえば、政治的な問題を取り入れる意図はなく、純粋に異なる民族の二人の子どもの交流を描きたいと思いました。

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――映画祭やプロモーションでさまざまな国に行かれたと思いますが、特に印象に残っている異国の風景はありますか?

ジン・イー:風景とは違ってしまいますが、東京国際映画祭で上映されたとき、中学生たちが観てくれて、その後に3時間にわたって意見交換をしていた姿です。さまざまな意見や映画に出てきた植物などをボードに書きながら熱心に話し合ってくれていました。

――長編2作目も期待されていますが、今後の予定や目標を教えてください。

ジン・イー:次回作は構想を考えているところで、舞台は再び新疆にするかもしれませんし、他の場所かもしれませんが、内容としては、人の心の動きと、人と人との交わり、それに風景を絡めたものになると思います。

<PROFILE>

ジン・イー(Jing Yi)

1994年、中国・新疆生まれ。北京電影学院卒業。カザフ族をはじめとする多民族文化が共存する新疆地域で育った経験を背景に、辺境性、記憶、民族的アイデンティティ、自然と人間の関係性、時間の流動性といったテーマを繊細に掘り下げる新世代の映画作家。長編デビュー作『ボタニスト 植物を愛する少年』(2025年)が第75回ベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門でグランプリを受賞。

『ボタニスト 植物を愛する少年』

中国西北部・新疆の草原に暮らすカザフ族の少年アルシンは、植物を観察し記録することで世界と向き合っている。ある日、漢民族の少女メイユーと出会い、彼の静かな日常は少しずつ変化していく。広大な自然を背景に、言葉にならない感情や揺らぐ時間を見つめながら、現実と幻想が交錯する詩的な世界が静かに広がっていく。

監督・脚本:ジン・イー
出演:イェスル・ジャセレフ、レン・ズーハン、ジャレン・ヌルダオレット、サルヘト・エラマザン、ソンハト・ジョマジャン
配給:リアリーライクフィルムズ

2026年5月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

©2025 MONOLOGUE FILMS ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

構成・文

ライター 中山恵子

中山恵子

ライター。2000年頃から映画雑誌やウェブサイトを中心にコラムやインタビュー記事を執筆。好きな作品は、ラブコメ、ラブストーリー系が多い。趣味は、お菓子作り、海水浴。

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