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《人気絶頂期にスタンフォードへ》「留学しない?」と教授から“スカウト”が…アグネス・チャン(70)が明かす研究の中身「東大卒女性に手紙を書いて…」

  • 2026.5.7

1987年、歌手のアグネス・チャンさんが生後数カ月の長男を連れてテレビや講演の仕事に復帰したことから始まった「アグネス論争」。それから40年、女性の働き方は変わったのか。

アグネス・チャンさんと、女性学の第一人者・上野千鶴子さんが当時を振り返る共著『報われない社会で、それでも生きる』(Gakken)より一部を抜粋し、掲載する。


「アグネス論争」を目にした教授から“スカウト”された

上野 アグネス、その後、アグネスさんは1989年に渡米していますが、これは日本に嫌気が差して、半ば亡命するような形でアメリカへ行ったということだったのですか?

アグネス それは違います。アグネス論争における一連の報道が、アメリカの雑誌『タイム』で取り上げられたんです。スタンフォード大学のマイラ・ストロバー教授がその記事を読み、自身も仕事と子育ての両立に苦しんだ経験を持っていたので、アグネス論争に強い関心を寄せていたそうです。

ある日、マイラ教授はあるパーティーで、医者である私の姉の知人に出会います。その後マイラ教授から「アメリカに来ることがあれば会いたい」という連絡がありました。それで彼女を尋ねたんです。

上野 どんな話をしたの?

アグネス 「ジェンダー研究を学んだことはないですか?」と聞かれて、「ないです」と答えました。「私のもとで学びませんか? そうでなければ、この子連れ論争はただ芸能人が叩かれたということで終わってしまうでしょう」と。

上野 ああ、そこまでおっしゃったのですね。

アグネス 「あなたは論理的に反論できないでしょ?」と言われて、スタンフォードで博士号を取ることを勧められました。想定外の提案でした。

アグネス・チャン

当時私は結婚していて、子どももいるし、日本での仕事もあるので不可能だったので一度は断ったんです。その時にマイラ教授から言われた一言が胸に刺さりました。「あなたは女性であること、さらに芸能人であることもあり、世間からは軽く見られている。でもスタンフォードで学位を取れば、世間の人達は、今よりあなたの意見に耳を傾けるでしょう」というものでした。

上野 その言葉が胸に刺さったのは、アグネスさんご自身が自分は軽んじられていると思っていたからですか。

アグネス 自分だけでなく、女性であるだけで軽く見られる世の中。マイラ先生が言ったことは正論だと思いました。

上野 でも、現実的には日本を離れることが難しい環境にいたわけですよね。

アグネス そうなんです。夫に相談しました。「どこの大学だ?」と聞かれて「スタンフォードだ」と答えたら、夫がビックリして「そういうチャンスは二度と来ないから申し込むだけ申し込んでみたら? どうせ受かんないよ」と言われたんです。でも試験を受けて論文を書いて、受かったのです。決して日本から逃げたわけではなく、マイラ教授にインスパイアされて渡米したというのが本当のところなのです。

留学直前に妊娠。「やっぱり行けない」と教授に電話したが…

上野 日本での仕事が減るというリスクも厭わずに。

アグネス たくさんのレギュラー番組を持っていたんですけど休みました。代役を立てて、学期の間に日本に戻って仕事をできるだけ続けました。

上野 それだけのコストをかけても学ぶ意味があると考えたということですね。

アグネス はい。アグネス論争はどうして起きたのかを知りたかったのです。論争が女性差別が元だとしたら、女性学を学びたかった。そして本質的な問題と向き合って、世の中をもっと理解したかったです。

上野 闘うためには武器としての学問や学位が必要だと。

アグネス いや、闘うという発想はなくて、理解したかったです。それから、成長することで、私の後に続く女性達の役に立つことができるかもしれないという気持ちです。

上野 それにしてもよく決断しましたね。

上野千鶴子

アグネス 私も大胆なことをしたものだなと今更ながらに思います。実は留学の準備をしていた最中に2人目の子どもを妊娠していることがわかりました。

さすがにこれは行けないなと思ってマイラ教授に電話で「やっぱり行けません」と伝えたら、教授はしばらく黙っていて、そして「妊娠したのですか?」と聞きました。私はびっくりして、「わかりましたか?」と聞いたら、「多くの女性はそれを理由にして自分の夢をあきらめます」と言われました。それから「その子が大きくなった時に、ママはあなた達のために学ぶことをあきらめたと言える?」と。子どものせいにはしたくないと強く思って留学することを決めました。

スタンフォード大学には保育施設があり、キャンパスで乳母車を押している学生もよく見かけると言われました。1989年、34歳の時、2歳だった長男を連れ、大きなお腹を抱えて渡米し、マイラ教授のもと教育学、ジェンダー研究を学び始めたのです。大変でしたが、毎日が充実していました。1992年、大学院の博士課程を修了、学位論文を書き、1994年、スタンフォード大学の博士号を取得しました。その時は達成感に満たされ、嬉しかったです。

スタンフォード大卒女性と東大卒女性の違いは?

上野 学位論文が日本語訳されて『この道は丘へと続く』というタイトルで出版されています。私はタイトルからアグネスさんのエッセイだとばかり思っていました。そのせいで読む機会を逸しました。どうしてこんなタイトルにしたの?

アグネス 「この道は丘へと続く」というのはマイラ教授の好きな言葉なんです。女性の歩む道は上り坂に続く上り坂であり、まだまだ続くというような意味です。

上野 女性が社会の中で報われる日は遠いということですね。スタンフォード大学と東京大学を卒業した女性達のアンケートをもとに、その後を追った素晴らしい実証研究でした。読んでみて私は、これは貴重なデータだと驚嘆したのですが、なぜこのテーマを選んだのかが気になりました。アグネスさんなら「芸能界とジェンダー」といったテーマでもよかったのではありませんか?

アグネス 私は教育学部なので、教育に関するテーマの論文でなければいけないという縛りがあったのです。

上野 そういうことですか。納得しました。

アグネス 最高学府といわれる東大を卒業した日本女性が、日本社会の中で男性と同じように活躍できるのかどうか、家庭内では平等な立場にいられたかということに関心がありました。

上野 スタンフォード大卒業生1000人と東大卒業生1000人を対象に、比較研究しています。なぜ、このようなことができたのですか?

アグネス 実は、スタンフォード大のデータはマイラ教授に協力してもらいました。東大のデータは、当時卒業生の名簿を入手することができたので、それを見て一人ひとりに調査に協力してほしいと手紙を書きました。ただ、東大は女性の数が少なくて......。男性の卒業生は過去1年分、女性の卒業生は過去3年分の方にお願いしました。

上野 なにしろ女子学生比率2割の壁を越えませんから。当時は個人情報の管理がゆるやかで、東大卒業生の名簿が出回っていた時代です。今なら調査倫理の問題もあって、それだけの数のサンプルにアクセスするのが難しいですね。

最大の違いは「男女の家事分担」だった

アグネス データを集めるのが大変でした。ネットなどない時代で、しかも、文章で自分の場合について書いてもらうアンケート形式だったので、回答を読み分析していくのに時間がかかりました。

上野 気が遠くなるような作業ですね。

アグネス 女性の場合、なぜ途中で仕事を辞めたのかという質問に、文章が長くなってしまうケースが多かったです。たとえば、仕事を辞めた理由についても、夫の転勤とか子どもが生まれたといった事情や、仕事を止めたことを後悔しているということ、その理由が綴られていて、読みながら泣けてくるようなものもたくさんありました。夫と同じように学んだのに、彼は最初から大学の教員として雇われ、自分はずっと研究員の扱いだったとか。

上野 夫より自分の方が成績がよかったのに待遇は下という女性は珍しくありませんが、もしあの時、寿退社しなかったら......と考えたところで時間は巻き戻せません。それがわかるだけ切ないですよね。調査で聞かれるまで、誰にも言えずにいた人もいたかもしれません。アグネスさんから調査の依頼を受けて、堰を切ったように心情を吐露した人もいただろうなと想像します。

アグネスさんの研究では、「あらゆる点を考慮すると、スタンフォード大卒学生は東大卒学生よりもはるかに平等だった」という結論ですが、「いくつかの点ではどちらの卒学生もほとんど変わりがないことがわかった」と。両大学の「最大の違い」は家事分担をめぐるジェンダー間の違いだとあって、やっぱり、と思いました。日本の東大卒の男は家事分担していないのです。女性間の違いより、男性間の違いが大きいために男女格差が大きくなるのですね。

このことについては、最近でも、東大で教育社会学を教えている本田由紀さんらの共著、2025年に出版した『「東大卒」の研究』(ちくま新書)でも触れられていて、未だに状況は変わっていないことが浮き彫りになっています。

アグネス そうなんですか!

上野 アグネスさんが調査をした当時、東大卒の働く男女の収入は、日本の平均賃金より上だけれど、男女間の格差が極めて大きく、年齢が上がるほどどんどん格差が広がるという結果でしたね。今でも結果は同じです。

アグネス そうです。あれから40年近く経っても状況が変わっていないというのは残念ですね。今、大きなショックを受けました。

文=上野千鶴子、アグネス・チャン
写真=文藝春秋

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