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レギュラー番組12本、「授乳中だから」と断っても復帰を切望され…“子連れ出勤批判”から40年、アグネス・チャン(70)が振り返る「論争が起きたワケ」

  • 2026.5.7

1987年、歌手のアグネス・チャンさんが生後数カ月の長男を連れてテレビや講演の仕事に復帰したことから始まった「アグネス論争」。それから40年、女性の働き方は変わったのか。

アグネス・チャンさんと、女性学の第一人者・上野千鶴子さんが当時を振り返る共著『報われない社会で、それでも生きる』(Gakken)より一部を抜粋し、掲載する。


山口百恵の生き方がもっとも美しいとされた時代

上野 アグネス論争の時に乳飲み子だったご長男も、今ではすっかり大人ですね。

アグネス はい。もう39歳になりました。

上野 アグネスさんは?

アグネス 70歳です。長男が結婚して子どもができたので、お婆ちゃんになったんですよ。

上野 あの頃30代だった私も後期高齢者。時の流れを感じますが、アグネス論争当時、芸能界では、女性は出産したら表舞台から姿を消すというのが一般的でしたよね。

アグネス 出産以前に、結婚したら女性は芸能界を引退するという風潮でした。

上野 人気絶頂だった山口百恵さんが結婚と同時に引退したことによって、日本のフェミニズムが20年遅れたと嘆いた人もいたくらい。

アグネス 百恵さんの生き方が最も美しい女性の生き方だと考えられていた時代でした。私も百恵さんを見て、自分の仕事を犠牲にしても愛する夫を支え、家庭第一に生きるという選択をする女性がいてもいい。それはそれで素敵な生き方だと思ったのを覚えています。

アグネス・チャン

上野 同じ頃に結婚した松田聖子さんは引退しませんでした。

アグネス そうですね。私が結婚したのも同じ頃だったので、3人はよく比べられていました。百恵さんは引退して専業主婦の道を選んだ、聖子さんは引退はしなかったけれど、出産後は親御さんなど周囲の人に子どもを見てもらうことにした、私の場合は子連れで仕事場へ行ったということで。

上野 百恵さんは引退したのだからと徹底してプライバシーを公開しませんでしたが、聖子さんは妊娠している姿をメディアで見せました。

アグネス そうですね。私と聖子さんは妊娠中に同じ育児雑誌で連載していたんです。

上野 ということは、その頃からアイドルと呼ばれる若い歌手の妊娠や出産が隠すことではなくなってきていたと言えそうですが。

アグネス 今にして思えば聖子さんや私は、出産後も仕事に復帰する歌手の走りだったんですね。

「授乳中なので復帰を待ってほしい」レギュラー12本を抱え…

上野 そうした時代的な変化の中で、アグネスさんがゼロ歳児である息子さんを職場に連れて行ったということが問題になったわけですけれど、もしかしたら物議を醸すかもしれないと想定していましたか?

アグネス いいえ。あんなに大きな波紋を呼ぶとは想像もしていませんでした。自分の子育てが話題になるとは思えませんでした。

上野 ですよねぇ。

アグネス 結婚して出産した頃、私はとても忙しかった。テレビとラジオで12本のレギュラー番組を抱えていました。

上野 人気絶頂だったと。

アグネス もちろん自分は恵まれていたと感謝していたし、周囲の人達の期待に応えたいと思っていました。でも、妊娠がわかってとても嬉しかったのです。結婚できて、子どもを授かって、今までにない喜びでした。母がその時カナダにいたのですが、初産ということもあって母に助けてほしいと思い、カナダで産むことを決めました。

上野 カナダで出産したのですか?

アグネス そうです。初めてのことだらけで不安だったので、産後も母の手を借りながら、しばらくはカナダで暮らすつもりでした。でも日本のテレビ局から「もうアグネスさんの冠番組に代役を立てて放映するのは限界なので戻ってきてほしい」「視聴率が落ちるとスポンサーが離れてしまうかもしれない」といった連絡が連日のようにくるようになって。

上野 そうだったの。

アグネス 「授乳中なのでもう3カ月くらい待ってほしい」と伝えましたが、「帰ってきてくれないなら番組を続けることはできない」という切羽詰まった話だったのです。仕事をくれる方はみんな恩人、その人達を裏切ることはしたくなかったです。困惑した末に「テレビ局に息子を連れて行ってもいいですか?」と提案したら「どうぞどうぞ」って、どこのテレビ局の人もそう言いました。それで、日本に戻って仕事を再開することにし、授乳するために子連れで楽屋入りするようになったんです。

編入したトロント大学では児童心理学を学び、母親と子どもの絆を強める授乳期におけるスキンシップも理解していました。子どもが無意識のうちに養う「自分は大切にされている」という安心感が自己肯定感を高め、良好な対人関係を築くための力になると認識していたので、授乳期を他者に委ねるという発想はなかったのです。

「アグネスが正しかった」発言を撤回した、大物先輩歌手

上野 アグネスさんとしては母乳育児をしたいということが先にあって、その条件が叶うならとテレビ局の申し出を受けた。にもかかわらず端で見ていて批判する人達が現れ、クレームがついたということでしたね。

アグネス はい。芸能界の先輩である歌手の淡谷のり子先生もその一人です。淡谷先生は芸に厳しい方で、淡谷先生にも娘さんがいるのですが、そのことは公表しませんでした。ご自分の妹さんに娘さんを預け、ご自分は芸に打ち込むことを選んだと、淡谷先生が話してくださいました。

上野 アグネス論争後に淡谷さんと話をする機会がありましたか?

上野千鶴子

アグネス はい。アグネス論争から5年くらい経過した頃でした。淡谷先生は、「娘は私とは話もしてくれなくて随分と寂しい思いをさせたし、自分も寂しい思いをした。アグネスが正しかった」と言ってくださったんです。

上野 それはそれは。今の話を聞いてとても嬉しいです。

アグネス 淡谷先生が、女性が仕事を続けていくためには犠牲にしなくてはいけないことがあって、それがあたりまえだった時代を生きるのは厳しかった。でも時代が変わって、アグネスのように子育ても仕事もあきらめないという生き方が許されるようになったのは女性として嬉しいと言ってくださった時、思わず泣いてしまいました。

上野 淡谷さんが「アグネスが正しかった」と考えを変えられたことに関しては、今の話を聞くまで、私も含めて誰も知らなかったかもしれません。私としては、淡谷さんのこの撤回発言を聞けただけで、この対談をした意味があると思うくらい価値のある情報だと思います。

「それなら私も産めたのに」同業者に冗談っぽく言われることも

アグネス 2人目の子どもを出産して、やはり子連れで職場復帰した時のことです。当時のマネージャーが男性だったので、歌番組の音合わせなどの時には、同行してくれていた親戚に子どもの面倒を見てもらうようにしていました。

親戚がトイレに行っている間マネージャーが子どもの面倒を見ることになり、彼が息子を抱えながら、バンドに譜面を配ったことがありました。それを見た先輩女性歌手の方が、「どこでこんないい人を見つけたの? こういうマネージャーがいたら私も産めたのに」と冗談っぽく言ったことがありました。

上野 子どもを抱えた男性が仕事場にいるなんて考えられないという時代だったということを物語っていますね。

アグネス 先輩女性歌手の方の心の中に、若い頃に仕事をするために、結婚も母親になるのもあきらめざるを得なかったという、一抹の寂しさがあるのを感じとって胸が苦しくなりました。

上野 仕事の成功と引き換えにした女性としての幸せがあったと。

アグネス アグネス論争以降、その空気が変わったと感じています。芸能界では、子連れで楽屋入りしてもいいという空気感が生まれていました。MEGUMIさんとか三船美佳さん、原日出子さんといった若い世代のタレントさんは子どもをテレビ局などに連れてくることができました。「アグネスさんのおかげで仕事を続けながら子育てをすることができました」と言われました。

今では母親になったことを活かして発信するママさんタレントも大勢います。アイドルも女優さんも演歌歌手も、母親になってマイナスになることがないようになり、アグネス論争には意味があったんだと私は思えるようになりました。

文=上野千鶴子、アグネス・チャン
写真=文藝春秋

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