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「隣に人なんか越してきてない」――隣室から聞こえた叫び声が呼び込む因果の捻れたマンションの怪

  • 2026.5.2
写真はイメージです。写真:travelclock/イメージマート

今や人気ホラー作家たちがこぞって怪談のリライト記事を投稿するほどの人気を獲得している怪談ネットラジオ「禍話(まがばなし)」。2016年のスタートから実に10年の節目を迎えた生配信サービス「TwitCasting」の人気番組ですが、語り手であるかぁなっきさんが披露する実話怪談のキレは未だ衰えを知りません。

今回はそんな禍話から、エレベーターが使えない格安マンションに引っ越した女性が体験した奇妙なお話をご紹介します――。


「そのエレベーターは使えませんよ」

写真はイメージです。提供:アフロ

翌朝。Fさんはシャワーを浴びながら昨日の物音について思いを巡らせていました。

あの音、どうして行ったり来たりしていたのだろう。それに、そもそもエレベーターの稼動音が部屋の中にまでしっかりと響くものなのだろうか……。

いてもたってもいられなくなったFさんは身支度を済ませると、外廊下のエレベーターを見に行くことにしました。

【下記の期間、点検作業のためエレベーターは停止いたします。】

そこには以前と変わらぬボロボロの貼り紙がありました。

「……どうなってんの」

「初日にお伝えしていたけど、そのエレベーターは使えませんよ」

背後から聞こえた人の声に飛び上がってしまったFさん。

声の主は管理人さんでした。

Fさんは、不可抗力とはいえ不躾な叫び声をあげてしまったことを弁明すると、そそくさとその場を離れるため、行くつもりのなかったコンビニへ向かうことにしたそうです。

途中、管理人さんがその場を立ち去る足音が聞こえず、自分の背中をじっと見つめられているような視線を感じたそうですが、振り返ることはしませんでした。

その日以降も、不定期にエレベーターの稼動音が聞こえてきました。

それは必ず住民が寝静まった深夜にだけ起こり、何度も上や下の階を行ったり来たりしたあと、どこかの階で停まるのです。

けれど、Fさんの住む3階に停まることは決してありません。

隣室から聞こえてきた“言い合い”

1カ月が経ちました。

その夜、Fさんが疲れた足取りで3階までの階段を上り終えると、外廊下の向こうからくぐもった怒鳴り声が聞こえてきました。

「だから違う、それは関係ない! あーもう!」

声の主は隣人のHさんでした。

いけないとは思いつつも忍び足で近づきドアに耳を近づけると、電話越しに誰かとドア付近で言い合いをしているようだったそうです。

写真はイメージです。提供:アフロ

「もう、いいから! 切るよ!」

そう言い終わると彼女がドタドタとドアに近づく音が聞こえ、Fさんが慌ててその場をあとにしようとしたのも束の間、ドアがバンと勢いよく開きました。

「あ、あの、すみません……!」

「え? あ、ごめんなさい、き、聞こえてました……?」

「あー、ちょうど通りかかったときに……」

「ごめんなさい、大きな声出しちゃって。身内からだったんですけど……すみません、本当」

「いえいえ! 色々ありますからね……」

ペコペコと頭を下げながら自宅に帰ったFさん。

荷物を降ろして上着を脱いでいると、壁の向こうからHさんの怒鳴り声がまた響いてきました。

「自分もあのくらいの年頃は家族と衝突してばかりだったなぁ」

騒がしくはありましたが、Fさんの心にはそんな少し懐かしく微笑ましい思いも湧いてきたそうです。

隣人が放った“不可解な言葉”

「あれ……隣の声ってこんなに響くんだ。引っ越してきた時は全然――」

ドンッ!!

壁を殴りつけるような鈍い音。

居心地の悪い静寂の中でその声は聞こえてきました。

「だから、隣に人なんか引っ越してきてないって言ってるでしょ」

隣人Hさんの住む部屋は3階の角部屋。隣という言葉が指すのはFさんの住むこの部屋だけです。

お隣から響く不可解な言葉の意味に戸惑っていると、今度は何か重いものが崩れるように落ちるドドドドッ!! っという大きな音が響いたのです。

何かトラブルでも起きたのかと心配になったFさんは、思わず外に飛び出してHさんの部屋のドアを叩きました。

「あ、あの! 大きな音が聞こえたんですけど大丈夫!?」

しかし、Hさんからの返事は全くなく。不気味な静寂だけが辺りを包んでいました。

最悪の事態が頭をよぎったFさんは、ためらいつつもドアノブに手をかけました。

鍵のかかっていなかったドアは音もなく開き、リビングに続く廊下が見えました。

「え?」

次に目に飛び込んできたのは、リビングと廊下を隔てるすりガラスドアの向こうに見えた、複数の人影でした。

写真はイメージです。提供:アフロ

まるで、あの日と同じように飲み会を楽しんでいるように手を動かしていましたが、物音はしていません。

あの空間にさっきまで叫んでいたHさんがいる想像がつかない。そう思った時、Fさんの背筋に鳥肌が立ち、なぜか足元を見てしまったのです。

「えっ、うわ……」

玄関に靴がひとつもありませんでした。

そしてエレベーターはついに…

その場から逃げ出したFさんは、自室に戻るやノイズキャンセリング機能の付いたイヤホンを耳に詰め、冷蔵庫の中に入れておいてビールを3缶ほどがぶ飲みし、スマホで動画を流したままベッドに潜り込んだそうです。

心臓がバクバクと鳴り響いていたそうですが、アルコールが徐々に効いてきたのか、しばらくすると眠りに落ちてしまいました。

ウゥゥーーーン……ガコン。

あの音で目が覚めたのは、いつものように夜中の3時過ぎでした。

イヤホンは付けたままで、動画も流れたまま。なのに、なぜかエレベーターの稼動音は聞こえてくる。その事実がFさんを恐怖に陥れました。

ウゥゥーーーン……ガコン。

ポーーーン……。

写真はイメージです。写真:ideyuu1244/イメージマート

エレベーターの停止音が鳴り響いたのは、間違いなく3階でした。

ガーーッ……。

鈍く動くエレベーターのドア。

カッカッ…コッ…チリン! カッカッ…コッ…チリン! カッカッ…コッ…チリン!

そのおぼつかない足音が聞こえてきた時、Fさんは息が詰まるような恐怖を感じました。

その足音は、Fさんと同じ鈴の付いた杖をついて歩く音だったのです。

あの日、エレベーターが使えないことを伝えながら、不動産屋が申し訳なさそうに目線を送った鈴の付いた杖。

生来のハンデを支えてくれている杖と聞き慣れた鈴の音が、薄暗い廊下の向こうから自分ではない誰かによって鳴らされている。

カッカッ…コッ…チリン!

不可解な足音は隣の部屋に入っていくと、ガチャリと鍵を閉める音を鳴らしたのを最後に、ぷつりと聞こえなくなりました。

引っ越し当日、Fさんが見上げると…

写真はイメージです。提供:アフロ

それから数日して、Fさんは職場の友人の家に一時的に居候することに決め、友人に車で迎えに来てもらっていました。

「ごめんね……お父さんの軽トラまで借りてもらっちゃって」

「いいよ、気にしないで。次の往復で運び出せると思うから、ここで待ってて」

そう言って運び出しに向かう友人の軽トラを見送っていたFさん。

「おや、引っ越しですか」

振り返ると、管理人さんがいつの間にか背後に立っていました。

「あ、はい」

「エレベーターが使えないからねぇ……この生活にも慣れてきた頃かと思ったけど、お隣がエレベーターの向かいじゃ、流石にダメでしたか」

彼はにっこりと笑っていたそうです。

Fさんは退去する前にマンションをぐるりと回って、ベランダ側からHさんの部屋を眺めてみました。

ベランダには大量のゴミ袋がうず高く積み上げられていました。

Fさんは彼女の安否を確かめることはせず、すぐにそのマンションをあとにしたそうです。

文=むくろ幽介

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