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人々は失敗の発生頻度を過小評価しており、失敗した人を責めやすい

  • 2026.4.26
Credit:canva

仕事でミスをした人や、学校や職場でうまくいかなかった人を見たとき、私たちはつい「なんでそんなことが出来ないの?」と責めてしまいがちです。

しかしその反応の奥には、「そのくらい普通なら出来るはずだ」という感覚が潜んでいます。

この感覚は、本当に現実に則しているのでしょうか。

アメリカのノースウェスタン大学(Northwestern University)ケロッグ経営大学院の研究チームは、人々が社会や日常生活で起きる「失敗の起きる頻度」をどの程度正しく認識しているのかを調べました。

研究チームが注目したのは、失敗の頻度によって、失敗した人がどう見えるだろうか、という点です。

もし失敗が実際より珍しいものとして見えていれば、失敗した人は「普通より劣った人」として見られやすくなるかもしれません。

そして調査の結果、人々は多くの領域で、「失敗がどれくらいの頻度で起きているか」を実際より低く見積もる傾向があることが示されたのです。

研究チームはこの認識のズレを「失敗ギャップ(failure gap)」と呼んでいます。

この研究の詳細は、2025年10月に科学雑誌『Journal of Personality and Social Psychology』にオンライン掲載されています。

目次

  • 失敗の発生頻度を見誤ると、低評価しやすくなる
  • 正しい失敗率を知ると、人の失敗を責めにくくなる

失敗の発生頻度を見誤ると、低評価しやすくなる

研究チームの出発点は、「人々は失敗や問題の多さを正しく把握しているのか」という問いでした。

これまでの心理学研究では、人々が所得格差などを実際より小さく見積もることが示されてきました。また、人は自分自身の将来について、悪いことが起きる可能性を低く見積もりやすいことも知られています。

つまり多くの人は、物事を楽観視する傾向があるのです。

研究チームは、こうした傾向が社会全体や日常生活で起きる失敗についても起きており、人々が失敗の起きる頻度を実際より少なく見積もっているのではないかと考えました。

そこで研究チームは、失敗を「望んだ結果や目標に届かなかった出来事」と広く定義し、教育、医療、犯罪、経済、環境、恋愛、買い物、スポーツ、薬の効果など、30以上の領域を対象に、参加者に「失敗の起きる頻度」を予想してもらう調査を行いました。

たとえば参加者は、「大学生のうち、期限内に卒業できない人はどれくらいいるか」「市販薬を飲んでも十分な効果を得られない人はどれくらいいるか」「恋愛関係はどれくらいの割合で破局するか」といった質問に答えました。

研究チームはその予想を、公的統計や既存研究などから得られる実際の値と比較しました。

その結果、参加者は多くの領域で、失敗の起きる頻度を実際より低く見積もっていることがわかったのです。

調査を行った30以上の領域を平均すると、実際には失敗が約61%の頻度で起きていた一方、参加者の予想は約41%にとどまっていたのです。

この結果は、単に「人は数字を当てるのが苦手」という話ではありません。

もし単なる誤差であれば、ある場面では実際より高く見積もり、別の場面では実際より低く見積もる、といったばらつきが出るはずです。

しかし今回の研究では、教育、医療、犯罪、経済、恋愛、買い物など幅広い領域で、失敗の起きる頻度が実際より少なく見積もられる傾向が確認されたのです。

この偏りを分かりやすく示す例が、スポーツの調査です。

リーグ戦では、あるチームが勝てば、必ず別のチームが負けます。

そのため、リーグ全体で見れば勝ちと負けは釣り合い、敗北率は50%になるはずです。

ところが参加者は、プロホッケーチームの敗北率を平均して約44%と見積もりました。

つまり、勝ちと負けが必ず釣り合う場面でさえ、人々は「負け」の頻度を現実より少なく見積もっていたのです。

研究チームは、この認識のズレを「失敗ギャップ(failure gap)」と呼んでいます。

失敗ギャップとは、失敗が実際に起きている頻度と、人々が思っている頻度との間にあるズレのことです。

このズレが重要なのは、失敗した人に対する世間の評価に影響する可能性があるからです。

失敗が珍しく見えると、失敗した人は「誰でもやる失敗をした人」ではなく、「普通ならできることができない劣った人」として見られやすくなる恐れがあるのです。

正しい失敗率を知ると、人の失敗を責めにくくなる

なぜ人々は失敗の起きる頻度を低く見積もるのでしょうか。

研究チームは、その原因の一つとして、失敗に関する情報が成功に比べて共有されにくいことに注目しました。

私たちは日常的に、他人の成功や順調な生活を目にします。

就職した、昇進した、子どもが学校でうまくやっている、商品がよかった、旅行が楽しかった。こうした話は、本人にとっても周囲にとっても語りやすいものです。

一方で、失敗を語ることには心理的な負担があります。

自分の失敗を話すと、自分の能力が低く見られるのではないか、責められるのではないか、と感じることがあります。

他人の失敗について話す場合でも、相手を傷つける、場を気まずくする、悪口のように聞こえる、といった不安が生じます。

論文では、こうした理由から、失敗は成功に比べて共有されにくくなり、その結果として人々が失敗の頻度を低く見積もる可能性があると論じています。

この考えを検討するため、研究チームはニュース記事、SNS、オンラインレビューなども分析しました。

ニュース記事の分析では、Nexis Uniというニュースデータベースを使い、研究で扱った領域について、成功と失敗がどれくらい報じられているかを調べています。

その結果、失敗は実際の発生頻度に比べて、共有情報の中で少なく扱われている傾向が確認されました

とはいえ、私たちは普段、事故や事件、不祥事などのネガティブなニュースはよく目にしています。そのため、「失敗はむしろ多く報じられている」と感じる人もいるでしょう。

論文はこの点について、失敗が報じられる場合には、より大きく、感情的で、深刻なものが取り上げられやすいと説明しています。

つまり、劇的な失敗は目立つ一方で、日常的でありふれた失敗はあまり可視化されない可能性があるのです。

大きな医療事故は報じられても、薬が期待ほど効かなかったという程度ではニュースになりません。

有名企業の倒産は話題になっても、小さな店が閉じたり、個人が事業を続けられなかったという問題は散発的な特集がたまにある程度でしょう。

このような情報の偏りが積み重なると、「普通はうまくいく」という感覚が強まり、失敗した人は特殊な事例に見えてしまう可能性が高まるのです。

研究の後半では、この認識のズレが社会的判断にどう関わるかも調べられました。

研究チームは、参加者や現場の意思決定者に、問題や失敗の実際の頻度を知らせ、判断がどう変わるかを検討しました。

その結果、失敗の実際の頻度を知ると、例えば職場で「失敗した人」を否定的に見る傾向が弱まり、厳しい罰が与えられにくくなり、支援への支持が高まる傾向が見られたのです。

ただし、これは「失敗率を知れば、人は必ず優しくなる」という単純な話ではありません。

研究が示しているのは、失敗の実態を知ることが、失敗した人だけを責める見方を弱め、制度や環境にも目を向けるきっかけになり得るということです。

たとえば、産後の体調不良が一部の人だけに起きる珍しい問題だと思われていれば、職場は「その人の事情」として扱いやすくなります。

しかし、それが多くの人に起きる問題だと分かれば、休暇制度や復職支援の設計を見直す理由が生まれます。

同じように、大学を期限内に卒業できない人が想像以上に多いと分かれば、本人の努力不足だけでなく、学費、生活環境、支援制度の問題にも目が向きやすくなります。

ただ、この研究には注意点があり、論文では「失敗ギャップ」は文脈に左右されると述べられています。

ある失敗がどれくらい語られやすいかは、時代や文化、社会運動、組織の雰囲気によって変わります。

実際に論文では、#MeToo運動以降に語られやすくなった性的被害に関する領域では、通常の失敗ギャップが弱まる、あるいは逆方向になる結果も示されています。

また、この研究の参加者は主に西洋圏のため、日本社会で同じ傾向がどの程度見られるかは、別途調べる必要があります。

ここから先は論文が直接検証した内容ではありませんが、日本でも、受験、就職、職場復帰、子育て、介護、メンタルヘルスなどの場面で、「普通はできるはず」という空気が判断に影響する可能性はあります。

失敗は、誰かが話さなければ見えません。そして見えない失敗は、しばしば「珍しい失敗」として扱われます。

この研究は、失敗した人を責める前に、まず「その失敗は本当に珍しいのか」と問い直すことの大切さを示しています。

元論文

The failure gap.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/pspa0000468

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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