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「在日として生きることは簡単じゃないから」30年続く交換授業から見える大切なこと

  • 2026.4.25

ハングルが並ぶ教室で

国家どうしの争いや、異なるルーツがある人たちへの攻撃があいつぐなか、何十年にもわたり交流をつづけている場所があります。
在日コリアンの子どもたちが通う道内唯一の朝鮮学校です。
日本人と国籍や民族をこえた交流に、分断を越えるヒントをさぐります。

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札幌市清田区にある、北海道朝鮮初中高級学校。

先生が話しているのは日本語ですが、教室に貼られているのはハングル文字。
この日は、日本の公立学校で教える先生たちとの「交換授業」が行われていました。

参加した日本の公立学校の高校教員は、「学問の世界では分け隔てなくみんな一緒なので、こういう機会があれば参加したいと思って参加しました」と話します。

北海道朝鮮初中高級学校の朴大宇校長は、「民族教育はこういう教育をしているというのをどんどん発信していきたい。わからないがゆえに差別や偏見が生まれる場面もたくさん見て来た。そうではないということを知らせていきたい」と、その意義を語ります。

差別や偏見をなくしたい

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現在、この学校には6歳から15歳まで、27人の在日コリアン4世、5世が通っていて、民族の歴史や文化、朝鮮語を学びます。入学してから、初めて朝鮮語を学ぶ子どもたちも少なくありません。

好きなアニメやスポーツは、日本の学校に通う子どもたちと変わりません。

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朴大宇校長は、「在日コリアンとして生きていくのは簡単なことではないので、何か自分で得た答えがあれば堂々と生きていける」と話します。

毎年開かれているこの「交換授業」も、2025年で30回目を迎えました。
日本の教員が教壇に立つのは、朝鮮学校の中でも札幌が全国でも初めてだったといいます。

授業中、日本の教員が「みんなじゃんけんぽんってなんていうの?」と問いかけると、生徒たちは「どーるがっぽ!」と元気よく答えます。
2026年は20代や30代の日本の教員も教壇に立ちました。

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20代の北海道朝鮮初中高級学校の教員は、「国と国が対立する構図を人と人の対立として落とし込もうとするのを感じるけど、支援してくれる日本の方たちがたくさんいることを身をもって実感した」と語っています。

自分のルーツを誇りに

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函館港から帰国する人 (1959年・北海道同胞歴史資料館貯蔵)

太平洋戦争が終わるまでの間、日本は朝鮮半島を植民地支配しました。
職を求め、あるいは強制連行により日本に渡った朝鮮の人たちのうち、生活上の理由などから、帰国しない道を選んだ人たちもいました。

朝鮮の文化を学ぶことができる場所を作ろうとする動きが全国で強まり、道内では1961年に朝鮮学校が創立されました。

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しかし、1994年には東京で女子生徒の制服が切られるなど、朝鮮学校への攻撃の声はいまやSNSにも広がっています。

卒業生であり元教員の李慧娘さんは、長女を朝鮮学校に通わせています。
娘には、自分のルーツに誇りを持てる経験をしてほしいと考えています。

「日本の社会で成長する過程で、朝鮮人として生まれたくなかったと思うかもしれない。安心して学校生活を送ることがより自己肯定感を持てる」

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しかし、朝鮮学校は高校無償化の対象外です。
運営費は、学費のほか在日コリアンや日本の支援者からの寄付金で賄われているのが現状です。

30年続く平和のバトン

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長沼町 2025年5月

「朝鮮学校を守ろう」を合言葉に、日本人と一緒に続けてきたイベントは他にもあります。

空知地方の長沼町ではかつて、ソビエトや朝鮮半島の有事を見据えミサイル基地の建設が予定されていました。

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長沼町

1976年、日朝の平和を願う日本の団体がここで育ったお米を朝鮮学校へ贈りました。
それ以来、お米や野菜の寄贈が続いています。

実際に収穫を体験した中級部の生徒は、「汚くなったけどやってよかった」「いつもよりお米もおいしく感じるかな」と笑顔を見せます。

学校はコミュニティとして大きな役割に

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2025年の夏、学校のグラウンドには、全国の朝鮮学校の卒業生や日本人の支援者らも集まりました。

イベントを主催したOBの崔輝勇さんは、「人と人の関わり合いを大切にしながらコミュニティを広く深くしていくことが青年たちができる役割だと思っている。母校はいつでも帰ってこられるふるさとだと思っているので、これからも大事にしていきたい」と思いを口にします。

国籍をこえ、人と人が生み出す「平和」は、目を凝らすと私たちの目の前に存在しています。

日本で暮らす外国の方も、外国で暮らす日本人たちも、自分たちが住む地域にコミュニティをつくり、安心できる環境の中で暮らそうとする傾向があります。
朝鮮学校の姿からは、まさに学校がコミュニティの場として大きな役割を果たしていることが見えてきます。

札幌のように地域の日本人との交流が長く続いているのは、全国の朝鮮学校でもめずらしいことなのだといいます。

外国人に対する排斥の動きが高まっている今。
日本人と新しく暮らし始めた外国人が地域でどう交流していくか。朝鮮学校は、ひとつのヒントになりそうです。

地域に共に生きる仲間として、何ができるか。
そばにいる誰かを思うように、ひとりひとりが考えていきたいですね。

取材・文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部あい

※掲載の内容は、HBC「今日ドキッ!」放送時(2026年3月17日)の情報に基づきます。

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