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私の本棚の、主。落語家・柳亭小痴楽

  • 2026.4.23
織山朋 イラスト

息子にも手渡したい旅をする興奮と喜び

よく私たちは“名は体を表す”“字は人を表す”“書は人なり”などなど……日本人特有の考え方なのかもしれないけれども、その人となりを別の視点から得ようとする文化がある。私はこの諺(ことわざ)の考え方がとても好きだ。親からもらった名前に恥じぬ様に生きる。また、自分が見るにしても人に見てもらうのにしても字を丁寧に書くことは自他に対して親切でいられる。そしてこの考え方は家にも言えること。自分が住むにしろ誰かを招くにしろキレイでありたい。

“本棚は体を表す”。本棚にも持ち主の生涯や、その心が鏡となって表れる。イラストではあるが、私の本棚をご覧いただきたい……とっ散らかってるねぇ〜!きったなっ!なにが家の中は“キレイでありたい”だよ!どの口が!カッコつけやがって!……イラストで良かった。しかし言い訳の様だが、昔はカテゴリ別、作者の五十音順に神経質なまでにキチンと並べていたのだ。ここ数年、仕事が忙しくなり嬉しい悲鳴に反して心と時間に余裕が持てなくなってのこの状況。まさに今の私の頭の中、そのままの本棚である。

とかくいろんな本を読む。エッセイからは人の感性を得て、現代モノから創造性を感じ、ノンフィクションモノではリアルな人と人との出会いや対話を覗かせてもらい、時代小説では仕事柄、言葉使いや文化が勉強になる。これらは、落語に対する姿勢にも影響してくれていて、私は古典落語をやるのだが、新たに作られる、所謂(いわゆる)、創作落語も好きになれ、漫談、講談、浪曲、漫才、コント、すべての芸事が好きになれている。ただ、未だに昔の純文学が苦手である……古典落語家なのに……。二十歳の頃、狭い部屋に本が溢れ、一度すべての本を処分した。翌日には大後悔。それから数年をかけて、思い出せる限りの本を買い戻した。それらは、今の自分の物事の捉え方や考え方、その道を作ってくれた物語たち。私自身も忘れずにいたいし、欲を言えば、いつか大きくなった息子に見せてあげたい。

そしてそのうちのひとつが、十五歳の頃に出会った沢木耕太郎先生の『深夜特急』である。頭の中にとんでもない衝撃が走った。この本を読んでから私の人生の中で本というものが、とても大事なものになっていった。職業柄、日本全国を飛び回り落語会をやらせてもらっているが、落語家だった父もそうで、全国各地落語会があると家族旅行をくっつけて、幼い私の視野を広げてくれた。そんな私が『深夜特急』に出会い、旅というものに夢を持つようになるのは自然なことだった。なかなか休みも取れないので、さすがに海外は年に一度行けるか行けないかで国内ばかりだが、今まさに私は家内と五歳になる息子を連れて父と同じことをしている。行く先々でのいろんな人たちとの出会いや優しさに触れ、都会では中々見られない緑や青や土色を捉えた息子の目は、とても澄んでいて眩(まぶ)しい。

最後に私が『深夜特急』から学び、二十年以上自分の芯となり続けている言葉を紹介したい。沢木先生が感じた「分かった気になっていたが結局は、何も分からないことが分かった」。あらゆる物事に向き合う時、常にこの言葉を忘れずにいる。

インドのデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスで旅をすることを思い立った26歳の著者の実体験を綴ったベストセラー紀行小説シリーズ。1巻の香港・マカオ編、2巻のマレー半島・シンガポール編を皮切りに全6巻からなる。新潮文庫/693円〜。

profile

柳亭小痴楽(落語家)

りゅうてい・こちらく/1988年東京都生まれ。五代目柳亭痴楽の次男として生まれ、16歳で入門。2019年に真打昇進。毎週日曜放送のNHKラジオ第1『小痴楽の楽屋ぞめき』ではパーソナリティを務めている。

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