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京都〈誠光社〉店主・堀部篤史さんによる、“読む本棚”案内

  • 2025.12.16
〈誠光社〉店主・堀部篤史

書物の中に本棚を読む、というのは、どこか合わせ鏡の中に足を踏み入れるような、活字の深淵を覗き込むような話である。本棚に収められた本の中に本棚がある、その無限性から多くのビブリオマニアが連想するのはボルヘスであろう。

『バベルの図書館』で著述される、コンマやピリオドなども含めた25種の文字を組み合わせて構成された、中にはまったく無意味な文字の羅列も含む、ありとあらゆる可能性の書物が存在する図書館はまさに天文学的な存在。クリストファー・ノーランの映画『インターステラー』で五次元に通じる書棚からボルヘスの選集がこぼれ落ちた、あの気の遠くなるようなイメージだ。あり得る書物という無限の可能性をすべて呑み込む図書館とはまさに宇宙そのものである。

『みすず書房旧社屋』潮田登久子/著
言わずとしれた『バベルの図書館』収録。限定された文字数、限定された紙幅の中で考え得るあらゆる本が並ぶ図書館という、数学的な思考法が幻想的なイメージにつながるあたりが面白い。岩波文庫/935円。

ボルヘスの可能性をもう少し矮小化して考えてみても、この世界に少なくとも50冊以上が並ぶ蔵書に、同じものが二つとして存在するのかどうか。それは宇宙規模の図書館を反転させた、人間それぞれの知性や関心の個別性を表すようでもある。

有償の書物を入手し、並べるという行為には2通りのベクトルが考えられる。一つは、内田樹が『街場の読書論』で綴ったように、「他者からこう見られたいという欲望」が駆動し、選書した結果表れる自我の外部化。もう一つは、自分自身の関心事や興味、得た知識を可視化するためのマッピング、つまり思考の整理整頓である。

例えば作家や学者のように、書物から書物を生み出す仕事を持つ人間にとって、書棚とはデスクの延長であり、ペンの一部でもあるだろう。自分自身の脳内の延長ともいえる。

ロラン・バルトやサガン、レヴィ=ストロースらフランスの作家や思想家たちにその執筆スタイルや環境を聞いたインタビュー集『作家の仕事部屋』において「右側の壁には古典の書棚、左の壁には、専門別に分類された批評ないし《参考書》の書棚。

『愛のゆくえ』リチャード・ブローティガン/著
「これは完全に調和した、みずみずしくも、アメリカそのものの、美しい図書館である」で始まる、初期村上春樹にも多大なる影響を与えた一冊。あたたかい胎内のような、図書館の甘いイメージ。ハヤカワepi文庫/946円。
『伝奇集』J. L. ボルヘス/著
東京・本郷三丁目に佇む木造2階建てモルタル造りのみすず書房旧社屋は、住み継がれてきた住宅のような佇まい。資料を支え軋みを上げる本棚。潮田さんの写真は淡々としながら人の気配が濃厚。幻戯書房/3,630円。

隣室の四方の壁面は現代のエッセーや小説でびっしり埋まっています」と語る作家エルヴェ・バザンなどは、機能主義的な書棚の極北か。本棚の整理整頓が創作への助走だとすれば、本棚未満のアイデアの整頓も仕事術であり、書棚そのものの縮小版と言えるのではないか。

買い物やTODOリストから、物価、箇条書きの手紙など、アーティストたちが遺したありとあらゆる「リスト」を紹介した『Lists』などは、具体的に書物のリストを扱っておらずとも、「頭の中の本棚」を垣間見るようで面白い。記憶しきれないものを箇条書きにし、俯瞰、その一つ一つを順番に消化していく。この作業がいまだに古びることなく受け継がれているのだとすれば、電子書籍がどれほど普及しようとも紙の本と書棚がなくならない一つの理由として考えることもできるのではないか。

『Lists To-dos, Illustrated Inventories, Collected Thoughts, and Other Artists' Enumerations from the Smithsonian's Archives of American Art』Liza Kirwin/著
ピカソがアーモリー・ショーのために推薦したアーティストたちからジョゼフ・コーネルの買い物リストまで。
『Lists To-dos, Illustrated Inventories, Collected Thoughts, and Other Artists' Enumerations from the Smithsonian's Archives of American Art』Liza Kirwin/著
さまざまなリストと本棚を重ね合わせれば、電子・紙の差異にまで意識は及ぶ。Princeton Architectural Press。

作家の書棚を覗き見することは、その作品の本質に別のアプローチで触れるようで、その作家のファンであればあるほど楽しい。ジョン・ウォーターズの書棚などは、その蔵書のみならず、本棚のあちこちに仕掛けられたキッチュなオブジェ類も含めて彼の作品そのものである。食品サンプルのようなフェイクフードがあちこちにディスプレイされたさまは、場違いなものこそキッチュ、というジョン・ウォーターズ美意識全開。

『John Waters (Place Space)』Todd Oldham, Cindy Sherman/共著
モダンアート、殺人鬼関連、パルプノベルほか、堂々たるコレクションも気になるが、随所に置かれたフェイクフードがらしい。
『John Waters (Place Space)』Todd Oldham, Cindy Sherman/共著
バッド・テイストの帝王、ジョン・ウォーターズのお宅訪問写真集。Ammo Books。

『向田邦子 暮しの愉しみ』に収録されている「向田邦子が選んだ食いしん坊に贈る100冊」には、編集的な観点から自分の仕事にも大きな影響を受けた。「食」というキーワードのもと、夏目漱石からロビンソン・クルーソー、レシピ本に数多くの食随筆まで、その引き出しの多さと、向田審美眼に貫かれたセレクトは見事である。実際には向田さんの書棚はかなり雑然としていたようだが。

『せどり男爵数奇譚』梶山季之/著
古本屋の軒先本や他人の蔵書を安く譲り受け、高額で転売することで生じる差額によって糊口をしのぐ「背取り」と、ミステリーを混ぜ合わせたカルト作。稀覯本(きこうぼん)のために〇〇を捨てる主人公には驚愕。ちくま文庫/902円。
『向田邦子 暮しの愉しみ』向田邦子、向田和子/共著
『おそうざい十二ヵ月』に始まり、自著に終わる、「食いしん坊に贈る100冊」というテーマのもと並ぶ書影の数々を眺めているだけでうっとり。この選書が詰め込まれた「食の棚」を見てみたい。新潮社/1,540円。
『作家の仕事部屋』ジャン=ルイ・ド・ランビュール/著
ロラン・バルトからフランソワーズ・サガンまで、フランスの作家、思想家たちに、その創作環境についてインタビュー。書棚や資料の活用方法に関する著述も散見でき、仕事術として解釈することも。中公文庫/1,320円。

profile

〈誠光社〉店主・堀部篤史

堀部篤史(〈誠光社〉店主)

ほりべ・あつし/1977年京都府生まれ。〈恵文社 一乗寺店〉に勤めた後、2015年に独立し、〈誠光社〉を開業。著書に『90年代のこと 僕の修業時代』『街を変える小さな店』などがある。店舗では、レコードの販売も行う。
HP:https://www.seikosha-books.com/

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