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なぜそのモチーフを描くのか? 今井麗・佐藤翠・山口幸士・松川朋奈・浅野友理子・今井俊介、6人の表現の原点

  • 2026.4.19

 

【今井 麗】 Symbol: TOYS

今井麗《Melody》(2023)、カンヴァスに油彩、80.3×100㎝。バナナの上に黄色いクマが載るというユーモラスな光景に惹かれて始まったシリーズ。小さなサイズからスタートし、次第にサイズは大きくなり、モチーフの存在感と迫力も増していった。 © ULALA IMAI. PHOTO: KEI OKANO, COURTESY OF NONAKA-HILL
懐かしい記憶と、愛すべきユーモア

何気ない一瞬か、それとも物語の始まりか。画家・今井麗の作品に繰り返し描かれる黄色いクマのぬいぐるみ。その身近な姿は、チャーミングな名優のような風格を感じさせる。

「たまたま蚤の市で出会ったこの黄色いクマは、私に力や強さ、エネルギーを感じさせる絵を描かせてくれました。体は藁(わら)でできていて、立たせると、内側に少し曲がった腕の影響でボディビルダーのようなポーズを取っているようにも見えるんです。でも実際は、手のひらに収まるほど小さく、くたびれたぬいぐるみで、何かに寄りかからないと立つこともできません。私はそのギャップに魅入られています」

黄色いクマのほかにも、サルやガウンを着たクマ、有名なキャラクターなど、さまざまなおもちゃたちが今井の作品には登場し、ときに共演して一つの場面をつくり出していく。

「モチーフの組み合わせを描くようになったのは、祖母のガラスケースがきっかけでした。海外旅行のたびに集めていた小物たちを収め、人生の記憶が凝縮されたたたずまいに強く惹かれました。そこからつながった『gathering』シリーズでは、脚本のない即興舞台のように、役者に見立てたおもちゃを組み立てています。配置や光によって物語は変化し、“決まった”と感じる瞬間に舞台の幕が下りる。完成した作品には、どこか懐かしい記憶と、意外な組み合わせの愛すべきユーモアがあります」

制作をする際は、カメラを固定して、納得がいくまでおもちゃたちの配置を何日も検討するときもあれば、日常のなかで完璧な構図に出合うときもある。「私は家族と過ごすリビングダイニングの一角で絵を描き続けてきました。床には画材や洗濯物、子どもたちのおもちゃが入り交じり、制作の合間にキッチンで夕食の下ごしらえをしながら筆を動かすこともあります。雑然とした日常のなかで、ふと絵画的な場面に出合い、その瞬間をiPhoneで撮影して構図を考えるのですが、夢中になるあまり、しょっちゅう鍋を真っ黒に焦がしてしまいます」

バナナの上に黄色いクマがちょこんと横たわる。その何気なさに、なぜか目が離せない。「絵には、ただのぬいぐるみや物に命を吹き込むマジックがあります」

ULALA IMAI
今井 麗:
1982年、神奈川県生まれ。多摩美術大学油画専攻卒業。身近なモチーフを描く絵画で注目を集め、国内外の美術館に作品が収蔵される。近年ではKARMA(ニューヨーク)、ザヴィエ・ハフケンス (ブリュッセル)で個展を開催。また、上海ビエンナーレ、アスペン美術館(米国コロラド州)など国際的な舞台でも発表を続ける。

【佐藤 翠】 Symbol: CLOSET

佐藤翠《Viola Petals Closet Ⅳ》(2024)、カンヴァスにアクリル絵の具と油彩、130.3×194㎝ © MIDORI SATO, COURTESY OF TOMIO KOYAMA GALLERY. PHOTO: KENJI TAKAHASHI
色彩で開かれたクローゼット

リズミカルに並ぶハンガーにかけられた洋服は、色の帯となって縦へと淡く流れていく。佐藤翠は、抽象と具象のあいだを行き来しながら、クローゼットを描いてきた。

「描くときは、一つの大きなクローゼットのイメージを連作として描くことが多いです。その一部を切り取るように描くこともあれば、一つのイメージから次々と描きたいものが広がっていくことも。展示したときに空間全体が大きなクローゼットになるようなイメージもあって。そのイメージが外へ外へと広がるうちに、私自身も新鮮さを求めて、場面や色が変化していくんです。その感覚が連作としてつながっているのだと思います」

クローゼットを描こうと思ったのは、大学時代のフランス留学にさかのぼる。自分にしかできない表現を模索するなかで、アートと同じくらい好きだった洋服を扱えないかと考えた。そこで目に留まったのが自身のクローゼット。

「最初は具体的に描いていましたが、少しずつ抽象的なアプローチも取り入れていきました。絵画構成としても、抽象と具象の両方からアプローチできることに気づいて。描きながら画面がクリアに立ち上がったとき、これで自分だけの絵が描けるかもしれない、と手応えを感じました」

佐藤翠《Various Petals Closet》(2024)、カンヴァスにアクリル絵の具と油彩、130.3×194㎝ © MIDORI SATO, COURTESY OF TOMIO KOYAMA GALLERY. PHOTO: KENJI TAKAHASHI

クローゼットは次第に色彩と構成が主役となり、自由な色面へと変化していく。「はじめは閉ざされた空間としてのクローゼットを想定していたので、光をあまり意識していなかったんですが、抽象的なアプローチのなかで光や大きな色面が重要になっていきました。やがて“ 部屋”という設定自体も取っ払って、もっと自由に画面をつくっていいんじゃないかと思うようになり、背景に空が出てきて内と外が混ざり合うような展開になっていきました。クローゼットに見えなくてもいいんじゃないかと思うこともありました。でもそこから美しい風景やドレスを見たりするなかで、具象的な追求に戻ったり、行ったり来たりですね」

ときに空や雲、花が画面に現れるのも、その延長上にある。日常のなかで出合った色や景色が、クローゼットの中へと溶け込む。「画面をつくるなかで『ここにこの色やマチエールがほしい』『あの景色や花を入れたい』 と考える感覚は、実際にクローゼットを整える楽しさとどこか通じている気がします。美しく並んでいる状態を追求すること自体が、制作の喜びでもあるんです」

佐藤が思い描くクローゼットは、いまも変化の途中にある。「最近は、また実際の自分のクローゼットを描いてみてもいいんじゃないかと思って。原点に戻るというより、そこから次の展開が見えるんじゃないかと。実際の素材感や色を拾いながら、マチエールの幅を広げてみたい。いまは少し具象性を取り入れて、どう変わっていくのか試しているところです。すべては私のなかでつながっていて、いままで描いてきたものから派生して、次へ次へと続いていくようなイメージです」

MIDORI SATO
佐藤 翠:
1984年、愛知県生まれ。名古屋芸術大学絵画科洋画コース卒業(在学中にフランスのディジョン国立美術大学へ交換留学)。東京造形大学大学院造形学部修士課程修了。VOCA展大原美術館賞受賞。大原美術館に作品が収蔵。小説の装画や、ファッションブランドとのコラボレーションなど活躍の場を広げている。

【山口幸士】 Symbol: CITY

すべて、山口幸士の川崎を描いた作品。これらの視点には写真家や映画監督からの影響もあるという。「写真家の清野賀子さんの写真が好きで、初めて見たときにグッときたんです。あと展示では、ジョナス・メカスの写真をオマージュしたことがありますね」と山口は言う。 © KOJI YAMAGUCHI
スケートボードから見てきた街

山口幸士は、生まれ育ち、現在も生活する川崎の街を描き続けている。「20代半ばから10年ほど、スケボーで移動しながら“スケボースポット”と呼ばれる街中の階段や広場の風景画を油性ペンで細密に描いていました。でも怪我をきっかけにスケボーから離れるようになって、そこから、身の回りの風景を描こうと思うようになったんです」

祖父が油絵の画家だったこともあり、自然と油彩へと移行した。やがて、スケートボードに乗っているときの身体感覚をそのまま絵に取り入れようと、風景を“流す”ように描き始める。「スケボーに乗っていると、景色って流れていくじゃないですか。それを描けないかなと思った。あと、自分は目があまりよくなくて、メガネを外すと視界がフラットになるというか、一回概念が外れる感じがあるんです。そういうこともあって、風景をぼかす描き方にたどり着きました。滑っていた風景の記憶とか、時間の経過も自然と絵に反映されている気がします」

© KOJI YAMAGUCHI
© KOJI YAMAGUCHI

描く前にまず街を徘徊する。「今日は北に行ってみよう」と、思いつきで歩きや自転車で移動し、気になった場所をスマートフォンで撮影した写真をもとに描くこともあれば、事前に川崎の歴史を調べ、その場所にじっくり腰を据えて描くこともあるという。

「NYで生活していたことがあるんですけど、ずっとよそ者な感覚があって。そんな自分がその街を描いても薄っぺらい気がしていました。川崎に戻ってきたときに、自分が知らないことがまだたくさんあると知り、街の歴史を調べるようになりました。登戸(のぼりと)には戦時中に秘密兵器や偽札をつくっていた施設があったり、多摩川が昔は暴れ川だったり、少年たちの事件が起きていたり。そういう背景の場所にカンヴァスを持って行き描くこともあります。でも、単純に光がきれいだなと思った場所を描くこともある。だから、いろんなことが混じってます。“何もないけど、何もある”みたいな。うまく言葉にできないのですが、大きなことも小さなことも日常の延長にあって、だからこそ描いている気がします」

© KOJI YAMAGUCHI
© KOJI YAMAGUCHI

一方で街を徘徊しながら描くその姿勢には、いまもスケーターとしての態度が色濃く残る。手すりや階段から“滑れるスポット”を探すように、“描けるスポット”を探しているようだ。

「街を面白がるっていうのが、スケーターの基本的な視点なんですよね。それはいまも変わらないです。静物画で有名なジョルジョ・モランディが好きなんですが、彼の『わたしたちが実際に見ているもの以上に、もっと抽象的でもっと非現実的なものは何もない』という言葉があるんです。コップを描くときに、その“コップ”っていう概念を一回外して見る。それってスケーターが街を見る感覚と近いなと。『 あ、スケーターじゃん』って思ったのも好きな要素です」

日常生活を送る街。その風景を、メガネを外し、抽象的にまなざしてみる。そうして描かれた景色は、ときには誰かの個人的な記憶とも重なる。「展示に来てくれた人のなかには、この風景をどこかで見たことがあると語ってくれる人もいます。その人にとっての見方や思い出を重ねてもいい。自由に想像したり、そこには余白があるというか。人の数だけ街の見方があるのも面白いなと思います」

KOJI YAMAGUCHI
山口幸士:
1982年、神奈川県川崎市生まれ。2015年から3年間ニューヨークでの活動を経て、現在は川崎を拠点に活動。主な個展に、NDK Recycle Factory(神奈川)での「小さな光」(2022)、T&Y Projects(東京)での「Koji Yamaguchi」(2023)などがある。

【松川朋奈】 Symbol: HANDS

© TOMONA MATSUKAWA. PHOTOS: OSAMU SAKAMOTO, COURTESY OF KOTARO NUKAGA
松川朋奈《From the outside, it probably looked like nothing was wrong.》(2026)、カンヴァスに油彩、2枚組、80×53㎝。※1 Hearst Owned
手はその人の人生を語る

街やバー、SNSを通じて出会った女性たちへのインタビューをもとに、語られた記憶を写実的に描く松川朋奈。彼女の作品には、たびたび手が印象的に描かれる。

「手は本当にその人となりが表れるものだと思っていて。正直、顔よりも手のほうが、その人のことを語るんです。特に女性はマニキュアを塗ったり指輪をしたり、個性が出やすいパーツでもあります。基本的に顔は描きません。顔は化粧をしたり表情をつくったり、人に見せることを前提に整えられるけれど、手はもっと正直。その人らしさがそのまま出る。取材中も、その人の手の動きや身振りをよく観察するようにしています」

松川の描く手の皺(しわ)や血色、皮膚の質感からは、そこに生きてきた時間や年齢がにじみ出る。最近の連作《From the outside, it probably looked like nothing was wrong.》では、ひとりの女性の手を、それぞれ異なる時間のなかで描き分けた。

「取材相手の女性が、お母さまの形見分けに立ち会わせてくれたことがきっかけでした。正直、親子関係がうまくいかないままお母さまが亡くなってしまって、彼女はとり あえずワンピースを受け継いだんです。ただ、それを着ることもできなくて、リメイクして花瓶を置く布に仕立て直しました。そこから先を描いたのが右の絵(上の2点組の作品の※1)です。もう一方の絵では人差し指にあった指輪が、外れています。この指輪は母親が買ってくれたもので、彼女にとっては形見のような存在。でも同時に、どこか呪縛のようでもあって、なかなか外せなかったと言います。ワンピースを生活のなかに取り込むことで、母との関係にひとつ区切りがついたみたいで、それで指輪を外せたと話してくれました」

描かれた白いカーネーションには「亡き母にささぐ」という花言葉があるが、そうした背景を、松川は普段あえて語らない。「実際の出来事をもとにしていますが、私のなかではもっと普遍的な話に転化したい。だから特定の個人に直接つながる部分は描き込みすぎず、見る人の想像に委ねたい。彼女の“受け入れたいけど受け入れられない気持ち”は、きっと誰にでも起こり得ることだと思うから」

松川朋奈《She Loves The Way They Love Her.》(2024)、カンヴァスに油彩、80×53㎝。 © TOMONA MATSUKAWA. PHOTO: OSAMU SAKAMOTO, COURTESY OF KOTARO NUKAGA

ほかにも、夫と喧嘩して家を飛び出し、大雪の夜にひとり古びたホテルに泊まった女性のエピソードを描いた作品がある(上の作品)。偶然部屋に落ちていた一冊の本が、彼女の心情と重なった瞬間、少し動揺したようにも見える手を描いた。

「その日はいいホテルが空いていなくて、古いホテルに泊まったらしいんです。ベッドのそばに、ひとりの時間に聴くためのレコードを紹介する本があって、背表紙の“ひとり”という言葉がそのときの気持ちとリンクした。本の中から見つけた曲の歌詞が、自分のことを見透かされているみたいだった、と。夫との関係を見つめ直すきっかけになった出来事を描き、その歌詞をタイトルにしました」

ドラマティックな出来事も、本人にとっては些細な話だったりするという。「人から見たらドラマみたいな出来事でも、自分ではそう思っていなかったりする。日常のなかにこそ物語があると思うんです。普段は話さないような気持ちに、どこかで共感してもらえたらうれしい。SNSでは外向きの顔を出すことが多くて、疲れている人も多いと思うから。人の内側を描くことで、少し安心してもらえたらいいなって思います」

松川朋奈は今日もまた、誰かの話に耳を傾け、その手を見つめる。

松川朋奈《And before I knew it, almost 8 years had passed.》(2025)、カンヴァスに油彩、60.8×41.2㎝。母との関係がこじれた娘が、母との思い出を問われて語った“母の手”を描いた。 © TOMONA MATSUKAWA. PHOTO: OSAMU SAKAMOTO, COURTESY OF KOTARO NUKAGA

TOMONA MATSUKAWA
松川朋奈:
1987年、愛知県生まれ。多摩美術大学油画専攻卒業。作品は森美術館、大原美術館、京都国立近代美術館、愛知県美術館、ジ ャピゴッツィ・コレクション(スイス とアメリカ)に収蔵。近年は個展とグループ展をパリで成功させ、国外でも活躍の場を広げている。国内では「LOVE ファッション―私を着がえるとき」(2024)に参加。

【浅野友理子】 Symbol: PLANTS

浅野友理子《綯い交ぜの庭》(2021)、パネルに和紙、油彩、岩絵の具、水干絵の具、170×324㎝ © YURIKO ASANO. PHOTO: MICHIHIRO SAGA, COURTESY OF SNOW CONTEMPORARY
植物と人の関わり合いを描く

東北を中心に国内外のさまざまな土地を訪れ、人と植物の関係を調べる。その地に伝わる伝統や小さなエピソードを拾い上げ、浅野友理子は植物を描いてきた。

「昔から植物の種子などの造形が好きで描いていましたが、いまの制作方法のきっかけは大学が山形にあったことです。身近にあった山菜や木の実を食べ、採集文化や保存食の伝統を調べたりするなかで、その土地に伝え継がれる知恵を聞くのが面白くなって。それをもとに描けないかと思いました」

住んでいた東北の風土を調べると、厳しい寒さのなかで培われた知恵に出合った。冬に食べ継がれてきた植物の種や根、球根。知らなかった食文化への関心は東北と同緯度にある韓国へと広がった。

「日本の東北地方と韓国の種や植物の根の食文化には共通点が多いことを知りました。例えば韓国で食べられている高麗人参は東北ではオタネニンジンとして食べられてきた歴史があります。そうしたリサーチを経て描いたのが《くちあけ》でした。最初は土地で出会った人を中心に描いていたのですが、途中で塗りつぶして、別の絵を上から描き直しました。だから作品をよく見ると、一度描いた人らしき影が残っているんですよ。絵画としてはうまくいかない気がして、要素を削っていまの画面になりました。ただ、ときには説明的に描くこともあったり、言葉も添えたり、ケースバイケースですね」

浅野友理子《くちあけ》(2019)、パネルに和紙、油彩、岩絵の具、240×390㎝、大原美術館所蔵。 © YURIKO ASANO, COURTESY OF SNOW CONTEMPORARY

完成した画面では、枝葉や蔓(つる)が躍動し、種子や根が人の手によって紡がれ、開いた大きな口へと吸い込まれていく。

「植物と人の関係性や歴史を調べたうえで、あらゆる時間軸を意識しながら、絵のなかで動いているように見せたい。だから、躍動感は常に意識しています。変化していく感じを出すために、色や線の強さ、タッチ、画材もいろいろ試しながら、絵の具をぶつけることで、土地の物語を力強く表現しています。出合ってすぐ描くこともあれば、体験から数年たって、別の土地での体験とのつながりに気づいて描くこともあります」

浅野は一時期、移動の過程で集めた植物の種子を、コロナ禍で移動が制限されていた頃に自宅の庭で育てていた。《綯(な)い交ぜの庭》はその記録だ。「現場で種をもらったり交換したりして集めたもので庭をつくっていたことがありました。こんにゃく芋を育ててみたり、山に生えていた野いちごを試しに植えたら庭中に広がったり(笑)。いい加減な庭なんですけど、芽吹く瞬間をじっくり観察して、そこから描きました」

描かれた植物のそばには、どれも保存瓶がうっすらと添えられている。そこには、それらを育てる人の気配がある。「植物を描いているけれど、やっぱり人が好きなんです。でも作品を重ねるごとに植物そのものの本能にも惹かれるようになって。 そういう変化も含めてこれからもつくっていきたいと思います」

YURIKO ASANO
浅野友理子:
1990年、宮城県生まれ。東北芸術工科大学大学院修士課程修了。植物と土地の関係性を主題に制作を行う。国際芸術祭「あいち2025」など国際展への参加をはじめ、国内外で個展・グループ展を開催。各地でのフィールドワークを制作の基盤としている。2026年、第3回絹谷幸二芸術賞大賞を受賞。

【今井俊介】 Symbol: FABRIC

2022年、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催された個展「今井俊介 スカートと風景」の展示風景。奥にある絵画の柄を起点に、布でつくった立体作品を制作した。 © SHUNSUKE IMAI. PHOTO: COURTESY OF HAGIWARA PROJECTS
スカートから始まった布のような絵画

ヴィヴィッドなストライプや水玉模様の絵画を描き続ける今井俊介の原点は、ふと目に留まった一枚のスカートの柄にある。33歳、画家を辞めるかもしれないという瀬戸際の時期だった。

「当時は何を描くのか悶々としていて、本当に迷走していました。友達からカメラでも買ってみたら? と言われて、身の回りの気になるものを撮影していたんです。エルズワース・ケリーが写真でやっていたように建物の影を撮ったり、ああいうことをやってみようと思って。それで助手をしていたムサビ(武蔵野美術大学)の大掃除の日に、一緒にいた学生のスカートが急に目に入ってきたんです。カラフルなチェック柄で、それが本当に綺麗で。許可を取って柄を撮影させてもらって、写真を見返したときに『絵画になるな』と思ったんです。きっとこの経験がなかったら、もう絵は描いていなかったと思います」

今井がスカートの柄から描いた「フラッグシリーズ」の第1作、《untitled》(2011)。 SHUNSUKE IMAI. PHOTO: COURTESY OF HAGIWARA PROJECTS

撮影したスカートの柄を、構図はそのままに、グラデーションや影を無視して色と形だけで塗り分ける。そうしてシリーズの第1作(上の作品)が完成した。その後、布店に通い、同じように描こうとする、が。

「布屋さんに行くと、『これは絵になるかな』と探し始めちゃうんですよね。それって本末転倒で、絵を描くために何かを探している自分が嫌になって。その頃、展覧会の誘いが来たので、構造的にどうやったら視覚的に同じことができるかを考えた。それでストライプが一番歪みがわかると気づきました」

PC上でストライプを設計し、出力し、壁に歪ませて貼り、再び撮影する。そうして“歪んだ構造”を絵画へと描き起こす方法が生まれた。

「当時は布を描いている感覚はなく、ただストライプを描いていました。でも発表したら『旗だ』って言われて、それで便宜的に『フラッグシリーズ』と呼ぶようになりました。でも、たなびいている様子を描いているんだから、たしかに旗でもあるなって。考えてみると、旗も絵画と似ている。一枚の布で、向こう側は空虚で、表層ですから」

以来、布を意識するようになったという。「カンヴァスの布の上に旗のようにたなびく布を描くと、描かない部分は白い地のまま残され、近づくと画面からもう一枚の布がふわりと浮かび上がるようにも見えてきたりする。この現象も面白いなと思いました」

その後、布は平面を超えて、立体へと展開し、ファッションブランドとの協働などへも広がっていくが、2022 年の個展「今井俊介 スカートと風景」では再び洋服を描いた。

「たまたま妻と買い物していて、洋服屋さんでパッと目に入った柄があったんです。普段僕が描かないような柄で、『これは僕が描かなきゃいけない』と。ストライプもつくり続けるとワンパターンになることもあったので、洋服って布が裁断されたり、ドレープによって柄の連続性が途切れたりして、それがあらためてすごいなと思いました。僕のスタート地点はスカートで、そこから絵画になって、その絵画をもとに洋服をつくったりもしてきた。最近では、ぐるぐる回っている感じが、自分の特徴なのかなと思います」

一度、古布や着物を描いたこともあったが、その後は布を直接のモチーフにしていない。「重要なのは布そのものじゃないんだと思うんです。柄でもない。布の“あり方”というか。平面でストライプをつくるときも、あまり考えずに歪ませて、それを描く。描こうとしたものが歪んで見える。『ああ、こういう見え方もあるんだ』って発見する。その作業が重要なんです。だから僕は、作風を大きく変えることなく、これからも一枚の薄い布のような絵を描き続けていくと思います」

SHUNSUKE IMAI
今井俊介:
武蔵野美術大学大学院油絵コース修了。クンストフェライン・グラフシャフト・ベントハイム(2019、ドイツ)、HAGIWARA PROJECTS (2021、東京)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 (2022)、東京オペラシティ アートギャラリー(2023)での個展歴がある。

From Harper's BAZAAR art no.5

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