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「一生の宝になる経験ができました」──「1球も投げてないから要らない」と泣いた甲子園球児の心を動かした、“記念タオル”がつなぐ絆とは

  • 2026.4.2

甲子園出場を決めた球児たちが、支えてくれた家族や恩師、仲間に感謝を伝えるために作る「記念タオル」。その多くを手がけているのが、明治32年創業、大阪府吹田市に本社を構えるタオル製造企業・神野織物株式会社だ。

同社には毎年、全国の甲子園球児から特注タオルの製作依頼が舞い込む。選手の親御さんたちと直接やり取りをするなかで、一枚のタオルを通じたさまざまなエピソードが日々寄せられている。

「甲子園に出場すると、記念タオルを作る文化があるんです」。そう語るのは、神野織物の代表取締役・辻良岳さんだ。

今回は辻さんに、印象に残っている球児たちのエピソードを、タオル作りの裏側とともに語ってもらった。

甲子園に出場すると、記念タオルを作る文化があるという 【画像提供=写真AC】
甲子園に出場すると、記念タオルを作る文化があるという 【画像提供=写真AC】

最後の大会で、後輩たちが広げてくれたタオル

2025年の第97回選抜高等学校野球大会(春の甲子園)に出場した浦和実業学園高校の投手・角國純也選手は、小児喘息を克服して野球に打ち込んだ。中学時代は父親と二人三脚で歩み、厳しい環境のクラブチームで心身を鍛え上げた。

しかし高校進学後に肩を痛め、イップスに苦しむ。甲子園のベンチ入りは果たしたものの、試合でマウンドに上がることはなかった。

「角國選手のお母さまから伺ったのですが、最初は『試合で投げていないし、活躍していないからタオルなんて要らない』とご本人はおっしゃっていたそうです。しかし、周りから求める声が次々と届き、スタメンのメンバーも続々と注文するなかで、ご本人も心が動いたのでしょう。『後輩のピッチャー陣に配ろう』と、最終的に30枚のタオルをご注文いただきました」(辻さん、以下同じ)

そうして出来上がった30枚のタオルは、自身の思いとともに、苦楽を共にした後輩投手陣へと託された。

「高校最後の夏の地方大会で、スタンドにいる後輩投手陣が全員でそのタオルを広げて応援してくれたそうです。引退の日にも、みんなでタオルを掲げて写真を撮ったと、お母さまから喜びのご報告をいただきました。純也選手ご自身も、自分の分のタオルを1枚だけ封を開けずに『一生大事にする』と大切に保管されているとお聞きしました」

甲子園のマウンドには立てなかったが、彼が野球に打ち込んだ日々は確かな誇りとなって残った。

「お母さまは、『結果的に、一生の宝になる経験ができました。本人は孫の代まで語り継ぐと言っています』とおっしゃっていました。試合に出られなかった悔しさもあったはずですが、タオルを通じて先輩と後輩のつながりが目に見える形になり、私たちにとっても心温まるお話でした」

神野織物が手がけた記念タオルのデザイン(浦和実業学園高校の投手・角國純也選手) 【画像提供=神野織物】
神野織物が手がけた記念タオルのデザイン(浦和実業学園高校の投手・角國純也選手) 【画像提供=神野織物】

記念タオルが教えてくれた、息子の成長

同じく浦和実業学園高校で主将を務めた小野蓮選手は、2025年の第97回選抜大会での甲子園初出場を牽引した。小学生のころは、親から勉強を教わるときに「野球に例えてもらうとすんなり理解できた」というほどの野球好きだったそうだ。

中学時代からチームの戦術を考えることに長けており、高校ではけがで思うようにプレーできない時期もあった。だが、監督の横で考えを共有し、実質的なコーチ役としてもチームに貢献していた。そんな彼の大舞台に際し、父親は当初「甲子園タオル」の文化を知らなかったとか。

「チーム内でタオルの話題が出て、お父さまは『ゴルフのホールインワン記念みたいなものか』と驚かれたそうです。調べていくうちに弊社のホームページにたどり着き、さまざまなデザインがあることを知って驚かれたとお話しされていました。小野選手ご自身も、センバツの交流の場で他校の選手たちから『出たんだからタオルちょうだいよ』と言われ、初めてその意味を実感したそうです」

手元に届いた真新しいタオルは、遠方から駆けつけてくれた祖父母や、日ごろから温かく見守ってくれた近所の人たちへと贈られた。

「祖父母にタオルを渡す際、小野選手は『遠いところまで来てくれて。しかもベスト4まで行っちゃったから、いっぱい来させちゃったね』と声をかけたそうです。お父さまは、息子さんの周囲への気遣いの言葉を聞いて、甲子園を通じて成長して帰ってきたと感じられたとおっしゃっていました。親御さんにとって、タオルはお子さんの成長を実感するきっかけにもなっているようです」

浦和実業学園高校の元主将・小野蓮選手の記念タオル 【画像提供=神野織物】
浦和実業学園高校の元主将・小野蓮選手の記念タオル 【画像提供=神野織物】

一枚のタオルが呼び戻した、幼なじみとの約束

2025年の第107回全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)に出場した高崎健康福祉大学高崎高等学校(以下、健大高崎)の外野手・石田雄星選手は、幼稚園のころは野球ではなくサッカーをやっていたそう。小学校入学と同時に野球を始めたものの、最初は車から降りてこないほど嫌がっていたが、親のサポートや先輩の優しさに触れて実力を伸ばしたという。

中学時代は、親が送迎できない日には片道1時間半かけて自転車で練習に通うほど野球に没頭。高校では1年生から出場を果たした。完成したタオルは、多くの中学時代の仲間や恩師へと配られた。

「そのなかには、託児所のころからずっと一緒だった幼なじみのお友達もいたそうです。小学校で別の学校になり、中学でもサッカーと野球、それぞれ違う道を歩んでいて、お互い気に掛けてはいたものの連絡を取っていなかった。石田選手が『タオルを届けに行きたい』と、年末で帰省していたその子の家へ直接足を運んだそうです」

久しぶりの再会。お互い照れくさそうにニコニコと笑い合っている姿を見て、お母さまは心の中で「大きくなったなぁ」と深く感慨にふけったそう。

「赤ちゃんのころから知っている仲だからこそ、言葉は少なくとも心が通じ合っていたのでしょう。タオルを渡したことが近況報告のきっかけになり、『お互いの最後の試合を見に行けたらいいな』とお母さまは密かに願っているとお聞きしました。石田選手は、憧れだった健大高崎の1つ上の先輩で元主将の加藤大成選手ともタオルを交換し、今でも寮の部屋に飾っているそうです」

健大高崎の外野手・石田雄星選手の記念タオル 【画像提供=神野織物】
健大高崎の外野手・石田雄星選手の記念タオル 【画像提供=神野織物】

“感謝の気持ち”を可視化する、タオルの役割

甲子園という大舞台の裏で、球児たちはタオルを通じて、これまでの歩みを振り返り、周囲への感謝を伝えている。神野織物には、そんな彼らの思いを形にするためのノウハウが蓄積されている。

「『甲子園タオルを考えてくれた方、本当にありがとう』。石田選手のお母さまのこの言葉が、今でも強く印象に残っています。私たちが作っているのは一枚のタオルですが、そこには選手たちのこれまでの努力や、支えてくれたご家族への感謝の気持ちが詰まっています」

注文のきっかけはさまざまだが、タオルが手元に届いた瞬間から、新しいコミュニケーションが生まれていく。

「昔の仲間との再会をあと押ししたり、他校の選手との新しいつながりを生んだりする。言葉だけでは伝えきれない思いを、目に見える形で残すことができるのが、タオルのいいところです。これからも、球児たちの大切な節目に関わらせていただけるよう、一枚一枚丁寧に作り続けていきたいですね」

【画像提供=写真AC】
【画像提供=写真AC】

球児たちの晴れ舞台である甲子園。その裏側では、今年も彼らの思いを乗せた無数のタオルが、全国各地の家族や恩師、仲間の元へと届けられ、大切に飾られている。

やがて訪れる彼らの集大成、夏の大会に向けてもまた、新たな感謝と絆を形にするタオルが作られるはずだ。

その一枚一枚にはきっと、勝敗だけでは語れない等身大の物語が詰まっているのだから。

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