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「私の時代とは違う」仏レジェンドが“エネルギッシュでマシンのような”現代サッカーに感じる本音…マケレレ独占インタビュー②

  • 2026.3.27

フランス・リーグアンに属するパリ・サンジェルマン(PSG)は2026年4月、日本の5都市(※千葉は同年8月開講予定)に同クラブのアカデミーを設立する。元フランス代表でクラブOBでもあるクロード・マケレレ氏が『Qoly』の単独取材に応じ、自身の若手時代や「マケレレ・ロール」と呼ばれて重宝されたチェルシーでのキャリアを振り返ってもらった。

キャリアを描くために若手選手がすべきこと

画像: PSG
PSG

――PSGアカデミーが日本の5都市で開講しますが、マケレレさんはナントでキャリアをスタートさせ、どのように自身のポジションを確立していったのでしょう?

私は積極的に自分を売り込んだわけではなく、ただサッカーをプレーしただけなんです。

私の情熱は常にサッカーと共にあり、プロの人々と楽しみ、彼らから多くのことを学びました。サッカーを「食べ、寝て、生きる」。それが私を助け、やがて夢を叶えてくれました。

やがて自分のプレーにクオリティがあることを理解し、私はチームに違いをもたらし、ゴールやアシストを決める。すると監督が、私を成功へと押し上げてくれたんだ。当時は「良いキャリアを築ける」とは思っていなかったけれど、良いキャリアにするために自分自身をプッシュし続けたんだ。

――困難に直面した時、どのように気持ちを切り替えていましたか?

それは難しい問題だけど、私は幼い頃から父親や母親から良い教育を受けていて、周囲にさまざまな形で支えてもらっていた。私の場合は、父のおかげで多くのチャンスを得られましたが、家庭の養育次第なんじゃないかな。

画像: キャリアを描くために若手選手がすべきこと

――お父様からはどのようなことを言われましたか?

父もサッカー選手だったので、フットボールには「法(掟)」があることを理解させてくれました。

どんな仕事にも掟はある。才能と情熱を持って、正しい方法でその掟に従えば成功する。掟を破り、飛び越え、何か違うことをすれば、成功は長続きしない。それが人生であり、当たり前のことでもあります。

特にフットボールは選手同士の競争が激しいので、一度タイミングを逃してしまえば、すぐに誰かに席を奪われてしまう。だから私はディテールに集中し、懸命に働き、耳を傾けた。また、幸運なことに、私には少しだけ才能があったので、それも自身の成長に役立ったのかなと思います。

ーー辛いことはありませんでしたか?

確かに、成長のために多くの「犠牲」も払いました。10代の頃は、友達と夜の街を歩き回ることもできたはずですが、そのような青春を過ごすことは叶いませんでした。

でも、プロのスポーツ界に身を置くなら、1日でも早く大人になり、厳格な日々を生きなければいけません。それがプロのフットボーラーになるために、私の選んだ選択肢でした。ナイトクラブへ行くようなことは、現役が終わった後、十分なエネルギーと力を持ってからすればいいことだからね。それが後になって私を助けてくれたと思うよ。

「多くを語らずとも分かり合える」ジョゼ・モウリーニョとの出会い

画像: 「多くを語らずとも分かり合える」ジョゼ・モウリーニョとの出会い

――2003年にレアル・マドリードからチェルシーに移籍し、翌年監督に就任したジョゼ・モウリーニョとともにリーグ連覇(2004-05年、2005-06年)を成し遂げます。マケレレさんの献身的なプレースタイルは、やがて「マケレレ・ロール」と呼ばれるようになり、注目を集めました。

私のサッカーは「チームが勝つため」、「チームメイトの一部であるため」のものだと思っていて、チームメイトを支えるプレーを続けていると、やがて私自身も成功を収めることができたんだ。もしかしたら、私のプレーを見て「ただボールを奪って、キープしているだけだ」と感じる人も中にはいらしたかもしれません。ですが、その本質は、私が周囲にパスを出し、仲間に最高のボールを届け、ゴールをアシストすること。そいて、仲間に「俺がここにいるから安心しろ!」と伝え、きちんと理解してもらうことにありました。

自身が求められる役割を理解し、チームメイトのために尽くしたこと。そして、この守備的MFのポジションを愛し、全力で走り、楽しみながらプレーしたこと。これらの要素が揃ったからこそ、私は「最高の場所」に辿りつくことができたのかもしれません。

常にボールを失わず、走り続けなければならないポジションですから、確かに難しい局面もありますが、私の場合はキャリアを通じてそのようなプレーに徹し、ずっと磨き続けてきた。それに尽きるのかなと思います。

――ジョゼ・モウリーニョ監督とは、どのような思い出がありますか?

ジョゼと私はとても仲が良いから、本当に数え切れないほどのエピソードがあるんだ。

ジョゼは、単なるチームの監督ではなかった。お互いにどのようにプレーすべきかを話し合いながら日々過ごしていたし、多くを語らなくても、視線を交わすだけで、お互いが何を考えているか分かった。我々は深く繋がっていたと思うよ。彼は多くの経験を私に授けてくれたので、本当に感謝しているよ。

――現代のサッカーは、現役時代のマケレレ選手のようなハードワークやプレスが重要になっています。今のサッカーのトレンドをどう見ていますか?

私の時代とは違うフットボールだね。現代のサッカーはとてもエネルギッシュで、すべてが「マシン」のようだと思っている。

20年くらい前のバロンドール受賞候補を見ると、リストに載っている20人全員が、「最高の選手」と呼べる存在だった。今は20人いても、最高レベルの選手は2人くらいなんじゃないかな。私と同世代を過ごした多くのプレーヤーは「純粋な才能」を持ち併せていたと思っているよ。

当時の選手達は巧妙にゲームの流れを読んでいたし、監督も我々に多くを語る必要はなかった。でも、今は違う。若手はマネージャーの言うことを、時には間違った方法で、時には良い方法で聞いている。

だけど、デンベレやエムバペのような「ビッグプレーヤー」はいつの時代も予知能力に優れていて、指示を聞かずとも的確なプレーができるんだ。だけど、彼らのような特別な選手は、現代ではそこまで多くはないんじゃないかな。私の時代は才能を感じられる選手がゴロゴロいたから、かつてのサッカーにノスタルジーを感じることもあるよ。

北中米W杯はフランスが優勝「それ以外はありえないよ」

画像: 北中米W杯はフランスが優勝「それ以外はありえないよ」

――今年6月には北中米W杯も開催されます。王座奪還を目指すフランス代表の現状をどのように捉えていますか?

現在のフランス代表には、非常に素晴らしい選手が揃っているので、控えの選手も含めて全員に注目しているよ。フランス代表にとっての最大の敵は、自分たち自身。もし彼らが一つになれば、決勝まで簡単に勝ち進めるだろう。

――マケレレさんの優勝国予想を聞かせてください。

もちろんフランスだよ(笑)。フランス以外はあり得ないよ。

――マケレレさんも2006年のドイツW杯に出場し、PK戦の末に準優勝で終わりました。

ドイツ大会(2006年)の決勝で敗れたのは、本当に辛かったよ。イタリア代表との決勝は、私たちが勝つに値したと思うけど、残念ながらサッカーとはそういうものだ。

イタリア人には非常に経験豊富な選手と、非常に優れた監督がいた。彼らは私たちの強さを正確に把握していて、真っ向から太刀打ちできないと分かっていた。だから、勝つためにPK戦に持ち込む必要があったんだ。イタリア代表は、私たちのことをよく研究していて、どうやって私たちを追い込み、敗北へ導くかを知っていた。

私たちも良かったけれど、多くの若い選手がプレーしていて、PK戦に臨んだのは経験の浅い選手達だった。もちろん悔しさはあるけれど、それでも2006年のワールドカップはフランスにとって、クオリティにおいても、スペクタクルにおいても、最高のものだったと思うよ。

取材:白鳥 純一 通訳:大川 佑 取材協力:PARIS SAINT-GERMAIN STORE TOKYO

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