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かけおち・青木マッチョのエッセイ連載「青木マッチョの三十年史」【第12回】「思い出の地、大阪/消防士時代のプライベート編②」

  • 2026.5.12

>>「中学時代①」はこちら

お疲れ様です。かけおちの青木マッチョです。

前回、消防士時代のプライベートの過ごし方を書かせていただいたわけですが、今回は大阪編です。すみませんがぬらりひょんも岡八郎も出てきません。

なぜ大阪編を分けるのかというと、もちろんプライベートで滞在した時間が長かったこともありますが、やはり自分は大阪が好きで、尊敬の念さえ持っているからです。

出身である名古屋駅周辺をうろついた時間よりも、大阪の地を歩いた時間の方が確実に長かったと言い張れます。言い張りましょうか?

名古屋も別にめちゃくちゃ素晴らしい街なのですが、隣の芝は青く見えるといいますか、とにかくひっそりと人と違うことをしたいという欲求が強かった自分は、周りのみんなが名古屋出身だからって名古屋で遊ぶのなら、自分は大阪で遊びますけど?みたいな性格でした。ただのひねくれものです。

みんながゲームの「リズム天国」をやってるなら「大合奏!バンドブラザーズ」をやりますし、「太鼓の達人」が流行っているなら「ドンキーコンガ」をやりますし、みんながマリオで遊んでるなら「メイド イン ワリオ」をやるし、YouTubeを見てるならニコニコ動画を見るし、その後ニコニコ動画が流行ってきたら逆にYouTubeを見るし、ギターをやるぐらいならドラムをやるし、みんなが一緒に外で遊ぶなら、自分はひとりで家でインターネットをやりますし。あえてね。あえて。ひねくれてるから。

ですが大阪と出会ったのはちゃんときっかけがありました。

自分が消防士1年目の冬、毎日怖い先輩や上司に怒られている中、自分にとって救いみたいな存在の優しい上司と先輩から、休みを合わせて大阪に行かないかと誘われたんです。

ちなみにここで出てくる「上司」は、定年間近のおじさんで、とても明るくひょうきんな楽しい人です。「先輩」は歳が23ぐらいでテンションが自分に近く、話す内容も面白く、優しい大好きな先輩です。ちなみに前章で自分がやらなかった職場のみんなにコメントをもらうノートを徹夜で書いてくれたのもこの先輩です。

自分はそれまでの人生で、しっかりと大阪に行った覚えはなく、そもそもそんな年上の人と旅行に行くなんてことがなかったのでかなりドキドキしていました。でも、優しい上司と先輩と行くから安心はしているので、緊張とも違う感覚なのですが。

そして当日、12月12日です。10年ほど前の出来事ですが、今でもしっかり日付は覚えています。自分の人生に関わる大事な日にちというのはいつまでも覚えているもので、自分でも驚いています。自分の誕生日ぐらいはっきりと覚えています。大阪側は覚えていないでしょうね、ふんっ。

で、その日上司は先に大阪に行っているということだったので、先輩と名古屋駅に集合して2人で大阪に向かいました。

乗る電車は、近鉄の「アーバンライナー」というものです。

この電車、名古屋から2時間程度で行けるし指定席でかなりくつろげるのですが、いろいろと方法を駆使すると(細かくその方法を書いていいのかわからないため失念いたします)2000円ちょっとで乗れるんです。

このアーバンライナーという電車、車と同じぐらい身近な乗り物になります。なぜならこの日を境に6年近くしょっちゅう乗ることになるからです。

アーバンライナー、車内はとにかく居心地がいいです。移動時間が2時間というのもちょうどいい。新幹線だと早すぎて、なんか大阪に行くという実感が湧く前に到着してしまいます。逆に在来線で乗り継いで行ったり、バスで行ったりすると長すぎて飽きてしまいます。

座り心地も、新幹線に比べたら気持ち座席が広い気がしますし、なぜかいつもそこそこ空いていました。

将来は子供にアーバンちゃんとライナーちゃんと名付けたいです。それほど好きです。アーバンライナーが。自分はずっと何を言ってるんですか。でもアーバンライナーって名前かっこいいですy(以下略

そのアーバンライナーで難波駅に着き、先輩と難波の夜を歩きます。

上司に指定された時間まで少しあったので、先輩と串カツを食べに行きました。

その串カツも美味しすぎて感動したのを覚えています。自分の中で串カツといえば、味噌串カツしかなかったものですから。

まずあのパリッとした衣が美味しすぎて。具材なしでも絶対美味いじゃんと思いながら食べていました。

あの串カツ特有の、サラサラした少し甘いソースとの相性も抜群でしたし、こんな美味いもの食べたことない!と大興奮で食べました。ちなみに今でも串カツは大好きです。

そこである程度の時間を潰した先輩と自分は、上司が飲んでいるという指定された居酒屋に向かいました。

聞くところによると、その上司は吉本の芸人さんと仲がいいらしく、一緒に飲んでるとのことでした。

当時、芸人を目指そうなど全く思っていない自分は、初めて芸人さんと話すことと、誰がいるんだろうという不安でかなり緊張していたと思います。

そしてお店に着くと、そこにいたのは見慣れた顔の上司と、新喜劇の吉田ヒロさん、今別府さん、太田さん、大島さんでした。思ったより多かった。

実は名古屋には関西のテレビ番組の電波も入っており、新喜劇もほぼ毎週見ていた自分は大興奮……のはずでしたが、流石に緊張が勝っていました。

正直緊張しすぎて飲み会の内容はほとんど覚えていないのですが、唯一覚えていることといえば、自分と今別府さんに彼女がいないということでヒロさんに(楽しく)お説教されたぐらいです。

余談ですが、その10年後に自分が新喜劇にゲストとして出させてもらった際、今別府さんと偶然すれ違って軽く挨拶したのですが、覚えているはずないだろうと全くその話は出しませんでした。向こうは絶対に気づいていないと思いますし、でも自分だけが覚えている状況、なんだかエモいなと思いました(エモいって言葉便利ですね)。今別府さん彼女できたかなあ。

できてなかったらまた一緒に怒られましょうね。

そのほぼ記憶にない芸人さんたちとの飲み会も終わり、そこからも先輩からは沢山のことを教えていただきました。

つるとんたんの器のデカさ、アムザ(カプセルホテル)の過ごしやすさと安さ、大阪のショーパブの楽しさなど……。

その日を境に、自分は大阪という街に完全にハマります。

言っちゃえば、その先輩が今の自分を作り上げた恩人でもありますし、戦犯でもあります。

大阪にハマった自分は、それから連休は基本的に1人で大阪旅行に行くようになりました。大阪の色々な観光スポットを見に行ったり、名物料理を食べ歩いたりしました。

通天閣やあべのハルカス、USJ、NGK、大阪城、万博公園、アメリカ村、梅田スカイビル、IKEA(当時は愛知になかった)、などの定番は一通り行きましたし、箕面の滝、福島駅の飲み屋街、金剛山など少しニッチなところにも行きました。

とにかく大阪にいる時間が楽しくて楽しくて……。

西成も大好きでした。特に理由もなく、西成の町を夜中にぶらぶら散歩することもありました。いろんな人がいて、名古屋にはない雰囲気と匂い、自分はそういった「そこでしか感じられないもの」が好きなのかもしれません。

夜、USJのハリウッド・ドリーム・ザ・ライドというジェットコースターに乗りながら大阪LOVERを聴いて少し泣いたこともあります。流石にレゴランドのジェットコースターに乗りながらスガキヤのCM曲を聴いても泣くことはありません。

本当に、名古屋に顔向けできないぐらい大阪にいたと思います。

串カツもいろんな個人店に行きました。ある串カツ屋では注文するタイミングをミスって店主さんから怒られたりもしました。それでも美味しかったですけど。

お好み焼きもいろんなお店で食べましたし、豚まんも大好きでした。序盤でも言いましたが捻くれているので、551ではなく二見の豚まんばかり食べていました。でも本当美味しかったんですよ、二見の豚まん。この前仕事で大阪行った時に調べたらもうなくなってました。

たこ焼き制覇もしようと、大阪中のたこ焼き屋さんを駆け巡ったりもしました。

駆け巡った結果、NGK近くの名前は忘れたたこ焼き屋さんが一番好きだったんですが、この前調べたらこちらももうなくなってました。自分は飲食店の死神みたいです。

そして外せないのが、ショーパブです。

普通のショーパブ要素ももちろんあるのですが、そのショーパブは真ん中にステージがあって、定期的にお客さんがそこに上がってゲームをしたり、盛り上げたりしてめちゃくちゃ楽しい、というか面白い空間だったんです。

今になって知りましたが、吉本の芸人もかなりの数がそこのボーイとしてバイトをしていたみたいです。そりゃ面白いわけです。

「初ステージはどこ?」と聞かれたら、無限大でもなく神保町でもなく、自分は迷わずそこのショーパブの名前をあげると思います。

そこのステージで激ムズのゲームをやって、みんなが失敗するくだりがあったんですが、自分がガチで攻略して成功させた時のあの歓声は今でも忘れることができませんし、それまで人前に出て歓声を浴びるなんて経験がなかった自分にとって、今思うと人生の分岐点だったような気もします。

そこでステージの盛り上げ方を知りましたし、人前でウケる気持ちよさも知りました。

もちろんお金を払っているので、お店は無理にでも盛り上げてくれると思うのですが、その経験から少し自信をつけさせてもらったのかもしれません。

自分はもうお店に行きすぎて、ある日同期が初めてそのお店に行った時に入り口で「名古屋で消防士やってます」と言ったら、すぐさま「じゃあ青木さん知ってますか!?」と聞かれたぐらいそのお店では名が知られていました。

その時仲良かったボーイさんと一緒にジム行って筋トレしたり、別のボーイさんから最近NSCに入ったと連絡をわざわざいただいたりと、プライベートでも少し関わりを持ったほどです。ちなみに女性キャストとは全くプライベートの絡みがありませんでした。LINEを交換して、半年に1回だけ返事をしてくれる女性がいたぐらいです。

そんな経験も含めて、もう全てひっくるめて大阪が好きすぎて、後輩を連れて行くこともありました。

自分は基本的に後輩という生き物がかなり苦手なので(自分に自信がなく、変に近づいて裏で悪口言われてたら嫌だから近づきたくない)、そんなことなかなかないのですが、大阪だったら楽しんでくれるはず!と確信があったので、直属の後輩はほとんど連れて行ったと思います。

最初に自分に大阪を教えてくれたあの先輩みたいになりたくて。

今でもその大阪旅行が引き継がれていることを祈ります。

そんな過去がありましたが、もう大阪に行き尽くした!と自分の中で区切りをつけて上京してきました。大阪が北海道ぐらい広かったらまだ上京できてないかもしれません。

ですが、やはり自分はまだ大阪が大好きです。

ダラダラとこの文章を通して自分が何を言いたかったかというと、大阪での仕事どうかお待ちしております!!!!ということです。

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