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東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「日々の自転車」

  • 2026.3.22
Pierre WITT / Getty Images

日本では古くから、人々が日々の気持ちを短歌に託して表現してきました。ここでは、現代の感性で日常を切り取った「令和の短歌」を、歌人の東直子さんが選び、毎回さまざまなテーマに沿ってご紹介します。今回のテーマは「日々の自転車」です。

子を乗せて走りしときの自転車の地面の堅さを星と思いぬ

山下 泉『光の肖像』(2025年)

【東直子さんの講評】

自転車という、人間の力でバランスを保って走り続けなければ安定しない乗り物とそれを支える「星」という視点が新鮮である。

私も子育てをしていたころ、毎日のように自転車に乗っていた。年子の兄妹を自転車の前後に乗せて、多摩丘陵を駆け抜けていた。いわゆるママチャリと呼ばれる型の安価な自転車だったのだが、3人分の重みによく耐えてくれたと思う。

さらに、そんなことができたのもこの地球という星の地面にしっかりとした堅さがあったからか、とこの歌を読んであらためて感心してしまった。

あたたかい春の日に自転車で自由に駆け抜けることができるのも、この星の安定が基本にあるからこそ、なのだ。

新しい自転車にまだ名前なくパネルの薄きシートをはがす

大口玲子『スルスムコルダ 短歌日記2024』(2025年)

【東直子さんの講評】

「まだ名前なく」とあるので、この人はいつも自転車に名前をつけるのだろう。新品の証拠であるシートをはがす瞬間のわくわくする気分。この歌が収められている歌集『スルスムコルダ』は、2024年の一年間の日記とともに綴られている。

この日の日記には「十三年間乗った赤い電動自転車は、一心同体というか体の一部というか、車社会の宮崎で運転免許を持たない私にとって欠かせない存在だった。四歳までは前乗せ、五歳からは後ろ乗せのチャイルドシートに小さい息子を乗せてどこまでも、五キロも六キロも走ったものだ」とある。

まだ名前のない新しい自転車に、子どもを乗せることはないだろう。自分だけの相棒とともにある日々が始まる。

青鷺の佇つにあらねど傾きのさまうつくしく自転車停まる

上川涼子『水と自由』(2025年)

【東直子さんの講評】

自転車は200年ほど前に発明され、今でも世界中の人々に使われている。いわば日用品だが、客観的な別視点で眺めればこのようにも見えるのか、とはっとさせられた。

青鷺は、野鳥の中でもおおぶりの鳥だが、市街地の水辺などでも見かけることがある。宮崎駿監督のアニメーション映画『君たちはどう生きるか』の中でも象徴的に描かれていた。青鷺の、目を光らせつつ微動だにしないその姿は、なにやら哲学的なことを考えているようだ。

その青鷺の佇まいと少し傾いた状態で停まっている自転車の姿とを重ねている。二つを結びつけているのは、うつくしさ。物言わぬ自転車も、思案に浸っているように思えてくる。

◾️短歌のNew Topics...『感情展—短歌で詠み、イラストで描く—』展

人気イラストレーターの Mika Pikazo(ミカ・ピカゾ)氏がクリエイティブディレクションを手掛け、「短歌」と「イラスト」で感情の深層を探るという没入感の高い企画展。東直子さんも参加者のひとりで、近代短歌へのオマージュなどを行っている。角川武蔵野ミュージアムにて 〜3月29日まで開催。

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文=東 直子 編集=吉岡博恵

『婦人画報』2025年4月号より

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