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ヤマザキマリさん「漫画だけでは子どもなんか育てていけない」10足ものわらじを履き続けるその真意

  • 2026.3.17

ヤマザキマリさん「漫画だけでは子どもなんか育てていけない」10足ものわらじを履き続けるその真意

『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』(主婦の友社刊)で、「表現」と「自由」の深い関係について語ったヤマザキマリさん。「表現とは? 自由、自信、普通とは?」新刊から一部抜粋してご紹介します。「自分の作品をどうしたら好きになれるのかを教えてほしい」という聴講生の質問に、ヤマザキマリさんはどう答えたのでしょうか。

音楽家だから音楽だけをやればいいわけじゃない。そして、同業者と比べないこと

尾崎(聴講生 ミュージシャン・22歳) 孤高のヒーローの話がとてもおもしろかったです。僕は音楽をやっていて、作詞、作曲、編曲すべて自分でやっています。ライブもやっているんですけど、対バンをすると、みんながバンドを組んでやっている中、僕一人だけカラオケを流して歌っているんです。どうしてもほかの人と比べたくなっちゃったり、自信がなくなったりする。

僕はヤマザキさんのように、暗いバックボーンがないし、テクニックも全然なくて、どうしても自分の作品を好きになれないんです。自分で書く詞が全部情けないなとか、どうしても何か好きになれません。ヤマザキさんは人の作品と比べて、どうやって自分の作品を見ているのか、自分の作品をどうしたら好きになれるのかを教えてほしいです。

ヤマザキ 自分の作品、好きかな。よくわからないですね(笑)。

ただ、毎回みなさんに楽しんでもらおう、私は海外に長く暮らしていてこんな知識を持っているので、それをみなさんにも提供したい、こんなおかしいこと、笑えることがあるからそれを知ってもらいたい、という意欲に突き動かされているだけのような気がします。創作をやり続けていけるのは自分がそれに向いているからであり、好きだからやっている、という感覚ではありません。

私は油絵をやめて漫画というスキルを選んだけれど、漫画だけでは食べていけないので10足のわらじを履いていました。漫画だけでは子どもなんか育てていけない。まずは自分には絶対無理だと思っていた事務職を体験し、それから見もしないテレビのリポーターになる、イタリア語を教える先生として大学を3校かけ持ちしました。そんなことをしているうちに、じつは自分は人前でしゃべるのが意外と向いているのかもしれないということに気がつき、実際、今もこのようにしゃべる仕事を続けています。

いろいろなことをやるといいと思いますよ。今、音楽で表現しなくてはと、出力口を一つだけに絞っているからおそらく苦しいことになっていると思うんです。私の事務職じゃないですけど、試しにまったく関係ない仕事を1回やってみるとそこから動線が引かれてくるかもしれない。

何かを形にして出してみたいのであれば、手段を変えてみたらどうでしょう

昔、赤塚不二夫さんが手塚治虫さんに「どうやったら先生みたいな素晴らしい漫画を描けるようになるんですか?」と聞いたことがあるそうです。そうしたら手塚さんは、「良い小説を読み、良い音楽を聴き、良い演劇を見る。漫画から漫画を学んではいけない」というような感じで答えたそうです。至言ですね。

みなさんが何かでありたいと思ったときに、すでにそれを生業にしてる人を目標にしたり比べてみたりすると思うのですけど、それとは全然関係ない感受性を耕すことが必要だということです。

あなたに音楽家として生きていけるスキルが備わっているのであれば、あなたがたとえどんな仕事をしてみようと、どこで何をしようと、最終的には結果として実るときがきます。

ただ、その結果が音楽ではないものかもしれない。それならそれでいいじゃないですか。あまり手段にこだわりすぎてはいけない。真の表現者は、どんな手段で表そうと表現者です。

あなたは今、あなたの中にあるその出したいものを一つの手段という出力口に絞っているせいで苦しくなっている可能性もあります。何かを形にして出してみたいのであれば、手段を変えてみたらどうでしょう。文章を書く、写真を撮る、絵を描いてみる。何でもいいので自分が普段やりそうもないことをやってみるという多元性が、そのジレンマを解決してくれるカギになるかもしれません。私も結局、いまだに何足ものわらじを履き続けていますから。

※この記事は『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』ヤマザキマリ著(主婦の友社刊)の内容を、ウェブ記事用に再編集したものです。

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