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「両親そろってないと子供がかわいそう」と信じていた私→参観日のあの一言で自分の愚かさを知った

  • 2026.3.17
ハウコレ

ママ友のことを「かわいそう」だと本気で思っていました。シングルマザーなんて、子供がまともに育つわけがないと信じて疑わなかった私の目を覚ましたのは、あの参観日でした。

「恵まれた家庭」が私のすべてだった

夫は安定した企業に勤め、私は専業主婦。一軒家に住んで、子供には習い事もたくさんさせている。私はそんな自分の暮らしに誇りを持っていました。

というより、そこにしか誇れるものがなかったのだと、今ならわかります。

保育園であるママ友と知り合ったのは、3年ほど前のこと。シングルマザーで正社員として働きながら、5歳の息子くんを一人で育てていると聞きました。最初に思ったのは、「大変そう」でも、すぐに別の感情が湧いてきました。

「私のほうが、ちゃんとしている」

その優越感が、心地よかったのです。

何度も繰り返した言葉

「シングルで育児とか、子供がかわいそうだよね」

私は何度もそう言いました。心配しているふりをして、本当は自分の立場を確認したかっただけ。彼女の頑張りを見るたびに、なぜかざわざわした気持ちになって、それを打ち消すように「でも片親じゃ足りないよね」と結論づけていたのです。

「運動会、パパいないとさみしいよね」「お迎えいつも遅いけど、息子くん泣いてない?」

他のママたちにも言いました。「やっぱり両親そろってないと情緒に影響出るらしいよ」と。息子くんがお友達に駆け寄って一緒に転んだだけのことを、「乱暴」だと話を広げたこともあります。

ママ友がどんな気持ちだったか。そんなこと、考えもしませんでした。自分の「正しさ」を守ることに必死で、相手の痛みなど見えていなかったのです。

参観日の朝

参観日の日、私はいつものようにママ友たちと教室の前のほうに座りました。少し遅れて彼女が入ってきたとき、私はつい隣のママに耳打ちしてしまいました。

「珍しいね、来られたんだ」

自分でもいやな人間だと思います。でも、もうそれが癖のようになっていたのです。

そして…

プログラムの最後、子どもたちが「おうちの人へのメッセージ」を発表する時間になりました。

うちの子は「ママいつもありがとう」と短く言って照れくさそうに戻ってきました。可愛いな、と思いながら見ていました。

そして息子くんの番。あの子はまっすぐ見て、大きな声でこう言いました。

「ぼくのママは、せかいでいちばんがんばりやさんです」

教室がシーンと静まりました。

「ママはおしごともして、ごはんもつくって、いっぱいあそんでくれます。ぼくがないてたら、ぎゅってして"だいじょうぶだよ"って言ってくれます」

そして、満面の笑顔でこう言ったのです。

「ぼくはママのこどもで、いちばんしあわせです!」

「かわいそう」なんかじゃなかった。あの子は、こんなにも満たされていた。 私が「足りない」と決めつけていた家庭で、あの子はちゃんと愛されて、まっすぐ育っていた。

そして気づいてしまいました。うちの子は、あんなふうに私のことを話してくれるだろうか。私は毎日、あの子にどれだけ向き合えているだろうか。習い事の送迎や塾の成績ばかり気にして、ただ「ぎゅっとして大丈夫だよ」と言ってあげたことが、最近あっただろうか。

周りのママたちが目を潤ませているなか、私はうつむくことしかできませんでした。

帰り道、一人のママが「今まで何も言えなくてごめんね」と声をかけていました。その言葉は、本当は私が言わなければいけないものでした。

あの日から、何か言いたくなるたびに、息子くんの声が頭に響きます。「ぼくはママのこどもで、いちばんしあわせです」私が「かわいそう」と呼んでいた子の、あの誇らしそうな顔が。

いつか、ちゃんと謝れる自分になりたい。まずは自分の家庭を、自分の子供をちゃんと見つめ直すことから始めようと思います。

(30代女性・主婦)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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