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【猫の実話】「何事もほどほどがいちばん」そう教えてくれたのは、うちの猫

  • 2026.3.16

【猫の実話】「何事もほどほどがいちばん」そう教えてくれたのは、うちの猫

「猫がいてくれるから」がんばれる。救われた。毎日が楽しい……。そんな猫たちとの暮らし、出会いや別れなどの実話を集めた本が話題です。その中から、エピソードをひとつ紹介しましょう。飼い主さんに「ありのままの自分」でいいことを気づかせてくれました。そして、飼い主さんの気持ちを推しはかって行動してしまう、かしこい猫の話です。

飼い主のことが大好きな猫

泣いていると猫が近寄ってきて、なぐさめてくれた。
こんな話を猫の飼い主からよく聞きます。

猫が本当に、飼い主の気持ちに寄り添ってくれるならうれしいですよね。
はたして猫にはそんなふうに、人間の気持ちを読みとる能力があるのでしょうか?

よくいわれるのは「猫は変わらない日常を好む」ということです。
変化のある日々より、いつもと同じ平穏な毎日が、猫には幸せということを表している言葉ですね。
猫は変化に敏感で、見慣れないものに警戒心を抱きます。
だから、泣いている飼い主に近づくのは、心配しているわけではなく、いつもと違う様子が気になっているのではないか……。

その一方で、猫は人間の気持ちを敏感に感じとっている、という説もあります。

最近の研究では、大多数の猫は、おもちゃで遊んだりごはんを食べたりする以上に、飼い主とのふれ合いを好むという結果も報告されました。飼い主のことが好きでよく観察しているなら、気持ちを感じとっても不思議ではありませんよね。

このお話に出てくる猫は、飼い主さんの動向に敏感で、忖度までしてしまうという猫。でも、猫らしい自由さで、飼い主さんを変えていったそうです。
「がんばりすぎなくていい」ということを教えてくれた猫のエピソードです。

名前 とらじろう
年齢 4歳
性別 オス
種類 アメリカン・ショートヘア
性格 聞き分けがよい、内弁慶
特技 腹時計が正確なこと、おもちゃを投げると前足でキャッチする
好きなもの 子猫のころから遊んでいるけりぐるみ
あなたにとって猫とは何ですか? 気づきを与えてくれる小さな妖精

猫を飼って意識改革

うちには、「とらじろう」という猫がいる。
虎縞の猫かと思われそうだが、とらじろうはアメリカン・ショートヘアだ。

何が名前の由来かというと、映画『男はつらいよ』の主人公「フーテンの寅さん」こと車寅次郎にちなんでいる。
とらじろうを飼うときに、自分で名前をつけたほうが猫への愛着が増すかなと思って任せたら、夫は想像以上に真剣に考えて、考えて……とらじろうになったのだった。

今考えると、この「フーテンの寅さん」がとらじろうの名前の由来だったというのは、なかなかすごいことかもしれない。
映画の寅さんも気ままで破天荒だが、うちのとらじろうもその自由さで、私のこだわりの強い神経質な性格を変えてくれたのだ。

とらじろうを飼ったのは、結婚してペット可のマンションに引っ越した際だった。
ずっと猫が飼いたかった私は、引っ越してようやく飼えると思い、夫に相談してみた。
夫は動物を飼ったことがなかったが、その分、ペットに憧れを持っていたようで、二つ返事でオーケイ。じゃあ、さっそく猫を飼おう!ということになった。

保護猫をもらうことも考えたのだが、夫婦とも初めて猫を飼うので、もしかしたら保護猫団体の審査に通らないかもしれない。
そんなことなどいろいろと考えた結果、ペットショップから迎えようという結論になった。盛り上がっていた夫が「今すぐ、猫と暮らしたい!」と熱望したためもある。

そうして出会ったのが、子猫だったとらじろうだ。ペットショップで人が近寄っても爆睡していたその肝っ玉ぶりにひかれたのだ。

とらじろうとの生活は、思った以上に順調だった。
元気いっぱいでやんちゃで、ちょっと噛みグセや引っかきグセもあるとらじろうだが、猫にしてはびっくりするほど聞き分けがよかったのだ。

たとえば、調理中、とらじろうがキッチン台にのってきたとき。危ないので「ダメ、降りて」と私が言う。すると、とらじろうはちゃんと降りてくれるのだ。

遊んでいるときに興奮して私の手をかじったときも、「痛い、やめて」と言えば、ヤバい!という表情をしてすぐにやめる。

私の膝の上で熟睡しているとき、「ちょっとどいて」と起こされても、素直に移動してくれる。実家の猫は勝ち気なお嬢様タイプで、「どいて」とソファから動かそうものならシャーッと怒ったが、とらじろうはそんなことが1回もない。
なんて育てやすい猫なんだ、と感動したものだ。

もうひとつ、とらじろうの猫らしくない点がある。

夫はとらじろうとよくパペットで遊んでいるのだが、そんなときはとらじろうも野生の本能全開。パペットを噛みまくって、獲物を仕留めた気分になっている。

あんまり楽しそうに遊んでいるので私も仲間に入りたくて、そっと近づくと、私に気づいたとらじろうが、気をつけのような姿勢でピッと固まってしまうのだ。そのままパペットをヒラヒラさせても、文鎮のように動かない。

このナゾの行動を夫と推測した結果、とらじろうは私にいちばんなついているので、夫と仲良く遊んでいる姿を私に見られると、「まずい!」と申し訳なく思って固まるのではないか、という結論になった。

まるでご主人さまに忠誠を誓う犬が、ほかの人にシッポを振っているのを見られたかのようなバツの悪い表情。私はまったく気にしていないのに。
我が家ではこれを、「とらじろうの忖度」と呼んでいる。

と、従順さや忖度ぶりなど、とらじろうの〝猫らしくない〟部分ばかりふれてしまったので、「どこがフーテンの寅さん譲りなんだ?」と思われたかもしれない。でも、もちろんとらじろうは、〝猫らしい〟部分もたくさん持っている。

とくに感じるのは、やはり自由な暮らしぶりを見たときだ。好きな時間に好きな場所で寝ている姿、かまってほしいときはそう主張し、ひとりでいたいときはさっさと離れていく。自分の気持ちに素直に生きている様子は、まさに猫だなぁと思うのだ。

腹時計の正確さにも驚かされる。食事時間になると、どんなに熟睡していてもパチッと目を覚まして、「ごはんでしょ?」という顔で近づいてくる。

忙しくて、ごはんの準備を後回しにすると「なんで?」という顔で訴えてきて、鳴いたり甘噛みしたりして、いろいろな手を使うのもおもしろい。

私はイラストを描く仕事をしていて、前述のように、こだわりが強いタイプだった。
たとえば、イラストの仕事。クライアントが気づかないようなミリ単位の線にまでこだわってしまい、その調整だけで一日終わってしまうこともあった。

ひとつのことを納得いくまで突き詰めなくては気がすまない。自分のすべての能力を、そこに集中させてしまうのだ。それが功を奏することもあったが、仕事の効率は上がらないし、常に肩肘を張っているので、とても疲れてしまう。

自宅のインテリアも同様で、デザインや色味にかなりのこだわりを持っていた。
配置も、家具が映える位置を考えてセッティングし、少しでもずれると気になってしかたない。潔癖の気もあるので、ホコリが落ちているのも許せない。
自分を気持ちよくするためのこだわりなので有意義だと思っていたけれど、仕事同様、そういった生活に疲れている自分にうっすら気づいていたと思う。

そしてこだわりが強い分、イライラすることも多かった。
夫が物を片づけてくれなかったり、部屋が汚れていたり、思ったイラストが描けなかったりすると、ナーバスになりがちでイライラが抑えられないのだ。

ところが、とらじろうが来て生活が一変した。
彼は聞き分けがいいが、遊びたいときには私が仕事中でもかまわず、「ニャッホー」と声をかけてくる。ついそちらを見てしまい、集中力が途切れる。
さらに、とらじろうから声をかけられなくても、ふと「何をしているのかな」と彼の様子が気になってしまい、見に行ってしまう。
集中が途切れる、気をとられるというとマイナスなイメージだが、こだわりが強すぎる私には、いい気分転換になるのだ。

インテリアに対しても、意識が大きく変わった。
猫を飼っている方ならご存じだろうが、猫は換毛期でなくても毛が抜ける。どんなに掃除をしても毛はふわふわ漂っているし、ソファや洋服にもくっつく。

遊び回るとらじろうのおかげで、フローリングやソファにも傷がついている。いつだってきれいにピカピカにしておく、というわけにはいかなくなった。
何より、とらじろうの安全を優先したため、インテリアの細かい配置にこだわることもなくなった。とらじろうがぶつかってケガをするほうがイヤだった。

そうして変わった生活は、予想もしない快適さだった。
仕事は根を詰めすぎず、息抜きも適度に。インテリアも完璧じゃなくても、私たち夫婦ととらじろうが心地よく暮らせれば問題ない。

イライラもだいぶ減った。イラッとしたり落ち込んだりと、感情がマイナスに波打つことは今でもあるが、そういうとき、とらじろうは察しが早い。「どうしたの?」というような顔で私をじっと見てくる。とらじろうの怪訝そうな顔に気づいてハッと我に返り、深呼吸をするようになった。これだけでだいぶイライラも落ち込みも解消できる。

そんなふうに「何事もほどほどがいちばん」と思えるようになったのは、とらじろうのおかげだ。私は今、そんな生活がとても楽しい。

とらじろうと暮らすことで、「ありのままの自分」が見えてきた。そして、そういう自分を素直に受け止められるようになり、「がんばりすぎない」「ほどほど」が気持ちいいことに気づいたのだ。
コロナ禍を経験した今だからこそ、マイナスな気分を持続させず、「がんばりすぎないこと」をよしとして生きる意味は大きいと思う。

いろいろな気づきを与えてくれたとらじろうに感謝しつつ、2人と1匹で楽しく、ほどほどに暮らしていきたい。

※この記事は『猫がいてくれるから』主婦の友社編(主婦の友社)の内容をWeb掲載のため再編集しています。

※2023年7月13日に配信した記事を再編集しています。

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