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20年後、日本の首相がベトナム人でもおかしくない…「グローバルな時代、英語くらい話せなければ」の末路

  • 2026.3.4

日本で過熱する英語教育は本当に必要なのか。ベンチャーキャピタリストの原丈人さんは「文化は言語によって伝わっていく。英語教育が過熱し、日本語の重要度が下がっていけば、日本の文化、伝統が大幅に傷つけられた状態になる」という――。

※本稿は、原丈人『THE BEST WORK 「最高の仕事」を生きる』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

私たちの言葉は「思考」と深く結びついている

あなたは、この記事を日本語で読んでいるはずだ。日本語以外の言葉を使うことはできるだろうか?

一方、外国語が使える人に質問がある。あなたは人生の大きなテーマや自分の考えをまとめるとき、頭の中で何語を使っているだろうか?

私は海外で活動している以上、外国語はわかるけれども、自分の考えをまとめるときに使うのは「日本語」で、文章を書くときに気持ちを乗せられるのも、読むときに文章の奥行きまで想像できるのも日本語だ。

言葉は私たちの「思考」と深く結びついている。

半分が脳の形が描かれた、イラストの電球を持っている手
※写真はイメージです
父が9歳の私を香港に連れて行ったワケ

9歳のとき、私は両親に連れられて初めての外国である香港へ行った。

「メリークリスマス」のネオンサインがきらめくクリスマスの尖沙咀(チムサーチョイ)のにぎやかな情景は、子ども心に強く焼き付いた。

父はどうして9歳の私を香港に連れて行こうと思ったのか。私が中学生になって英語を習い始めた頃、その理由を話してくれた。

「英国の植民地下にある香港で、アジア人がいかに英国人から差別されているか。その現実を見せておいたほうがいいと思った」

父によると、香港の後、私をベトナムにも連れて行く予定だったそうだ。ところが、ときはベトナム戦争が激化する直前。ケネディ政権による北ベトナムへの空爆が開始されたことで中止にするしかなかったという。

父がベトナムで見せたかったのは、アメリカが支配している南ベトナムの現状。つまり、あの旅行で英米が強い影響力を発揮しているアジア諸国がどんな状況にあるのか、子どもながらに感じ取ってほしいという思いがあったのだ。

「香港人なのに香港に住めないなんて、おかしい」

そう聞かされて思い起こすと、きらめくだけではない香港の記憶がいくつもよみがえってくる。

例えば、「香港人立ち入り禁止」の看板。

街の至るところで香港人が入ってはいけない場所が存在していたのだ。子どもだった私には「立ち入り禁止」を示す看板の詳細はあまりわからなかったが、白人がいかに香港人を支配していたかは明確に感じ取れた。

また、香港島には「荷李活道(ハリウッド・ロード)」と呼ばれる有名な道路がある。当時、この道路よりも標高が高い場所には、香港人の居住は禁止されていたそうだ。

「香港人なのに香港に住めないなんて、おかしい」と9歳ながらに衝撃を受けたことを覚えている。

当時の香港の指導者層は英国人。街で行われている西洋式の煌きらびやかなクリスマスは、英国人と観光客向けのものだった。香港人は貧しく、身なりにも暮らしぶりにも歴然とした差があった。

でも、それ以上に9歳の私にとって衝撃的だったことがある。

子どもたちが広東語と英語を話すことだ。

自分と年の変わらない子どもたちが、ふたつの言葉を使っている!

英語を話せる子どもと出会ったのはこれが初めてで、大人たちは英語が話せないのに子どもはバイリンガルが当たり前になっていることに驚いた。しかし、その素朴な驚きは大人になるにつれ、苦い記憶になっていった。

九龍のショッピングストリート。1978年3月、香港
九龍のショッピングストリート。1978年3月、香港(写真=LBM1948/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)
言語を奪えば、文化を破壊できる

香港をはじめ、英国の植民地だったインド、ビルマ、セイロン、マラヤ、シンガポール、カリブ海地域のジャマイカ、バルバドス、トリニダード、ガイアナ、バハマ、アフリカのガーナ、シエラレオネ、ナイジェリア、タンザニア、ケニア、ウガンダ、スーダン、ガンビア、南アフリカ、ローデシア(ジンバブエ)、エジプトなどはどこも英語を「使わされる」ようになった歴史があると知ったことが、苦い記憶になった原因だ。

白人に国を押さえられると、自国の言葉が奪われ、征服した国の言語である英語やフランス語、スペイン語に「上書き」されていく。

言葉が奪われると、文化も奪われるのだ。

ある国を植民地にしようと考えたら、その国の「言語を奪う」のが一番の早道だ。

フィリピンが今も貧しいのは、大航海時代にスペインの植民地となり、元々あった言語をスペイン語に上書きされただけでなく、さらにその後、米西戦争でアメリカに植民地化されて英語に上書きされたからだ。

第二次世界大戦の始まった頃にフィリピンはアメリカ領としてマッカーサーが駐在していたわけだから、当然、公用語は英語だった。島々にあった独自の文化は失われ、今のフィリピンでは英語の他にタガログ語をベースに人工的につくられたフィリピノ語が使われている。

元々、本土と島々で使われていたかつての言語は奪われ、彼ら独自の文化が失われてしまったのだ。

公用語を英語にすることで失われるもの

日本は、英語を含めた外国語を押しつけられたことのない、世界的に見て稀な国だ。四方を海に囲まれていたおかげで外国に征服されることがなく、細かなニュアンスや機微までを伝えられる「自国の言語」がしっかりと残っている。

私も含めて日本人が英語で喋ると、微妙なニュアンスが言葉になりにくい。自分が感じていること、気持ちの変化などを的確に言い表すのに母国語以上の表現手段はないのだ。

もしも幕末に日本人が他国から言語を奪われていたら、途上国になっていたかもしれない。

ところが、学習指導要領が改訂され、小学校でも英語の授業が行われている。訳知り顔の大人たちは、「グローバルな時代、英語くらい話せなければ……」と言うだろう。

公用語を英語にしてしまった大きな会社もある。文化は言語によって伝わっていく。社内公用語を母国語ではない言葉にしたら、その会社の社風は途切れる。後進にしっかり伝えることができなくなり、独自性は失われていく。

わざわざ自ら相手の母国語に合わせてしまうというのは、銃を使うカウボーイに刀で向き合うようなもの。相手の土俵で戦うことになってしまう。

小学校の英語の授業
※写真はイメージです
日本で英語教育が始まった意外な真相

以前、私は世界銀行の総裁だった北欧系アメリカ人と、英語で議論したことがある。そのとき彼は、こちらの主張に対して二重否定、三重否定のような英語のテクニックを使って反論してきた。

そこで、こう詰め寄った。

「私はあなたの国の将来が心配で、わざわざあなたの母国語である英語を使って話しているのです。ですが、もしこれ以上、二重否定や三重否定、あるいは私が聞いたことのないような難しい英単語を使うならば、ここからは私は日本語で話します。通訳をつけてください」

彼は相当に驚いた様子で、黙ってじっと私を見ていた。しばらくして、「申し訳なかった」と詫びて、私にも理解できるレベルの英語で議論を進めてくれた。さらにその後も彼は、私の活動をずっと応援してくれるようになった。

「世界共通語としての英語」を学ぶことは必要だ。しかし、思考回路までが英語化してしまうと、英語を母国語とする者にとっては使い勝手のいい人間として映ってしまうことがあるのだ。

英語が公用語に近づけば近づくほど、ビジネスの分野でも、ソフトパワーの分野でも日本の良さが薄れ、奪われていくことになってしまう。

「グローバル」の名のもとに日本語を軽視して英語教育に力を入れることで、誰が得をするのか? 私たちが知らず知らずに取り入れたものの裏側には、「そう仕向けた人」が必ずいるものだ。

アメリカはときに巧妙に、ときに強引にこれを行う。他国に対して規制緩和や法律改正、言語の受け入れまでを要求する。こうして文化を奪う。

そしてもうひとつ、文化の断絶につながるものがある。「移民」だ。

外国人の移住が増え続ける日本

日本では2022年以降、移住してくる外国人の数が毎年16万3791人増加していく(国立社会保障・人口問題研究所の予測)。2020年の日本の人口に占める外国人比率は2.2%だが、2070年には10.8%まで上昇。つまり、外国人の比率が現在の50人に1人強から10人に1人強に高まっていく。

これは現在のアメリカやイギリス、フランスに近い水準だ。

政府は少子化対策、労働人口減少の対策として外国人に永住権を与える制度改革を進めている。そこで「日本語の独自性」が外国人の永住の妨げ、移民との共存共栄の壁になるという声も上がっている。

今後、英語を準公用語にしようとする動きは強くなるかもしれない。小学校からの英語教育には外国人比率の高まる社会への「準備」の意味もあるのだろう。

しかし、この変化を受け入れた先にあるのは、英語でのスピーチがうまい人が選挙で勝つ未来だ。15年後、20年後の日本の政治家の多くが移民になるかもしれない。

さまざまな人々をミニチュア人形で再現
※写真はイメージです
日本の文化や伝統が傷つけられる

実際、移民を受け入れ続けた結果、想像を超えた状態になっているのがイギリスだ。

イギリスのリシ・スナク前首相はヒンズー教徒で、両親はともにインド系。東アフリカからイギリスに移住している。

アイルランドのレオ・バラッカー前首相もインド系で、父がムンバイから移住してきたインド人医師で、母がアイルランド人看護師だ。

スコットランドのハムザ・ユーサフ前首相は、同国で主要政党を率いる初のイスラム教徒で、彼の祖父母は1960年代にパキスタンからスコットランドに移住している。

原丈人『THE BEST WORK 「最高の仕事」を生きる』(サンマーク出版)
原丈人『THE BEST WORK 「最高の仕事」を生きる』(サンマーク出版)

彼らの場合はまだ移民した先の公用語である英語を話すから、文化の共有もできるのだろう。しかし、日本がこのままの移民政策を進め、幼少期から英語教育に比重を置いた場合、永住権を取った外国人の多くは日本語を深く学ぶことなく、英語で暮らすことになる。

そのときに生じる「文化的な断絶」は大きな問題になるはずだ。

私は20年後、日本の首相がベトナム人か韓国人か中国人かアメリカ人かインド人になったとしても驚かない。

日本語が衰退して、英語が公用語になる国。そんな国にしていいのだろうか?

言葉は文化。日本語の重要度が下がっていったとき、日本の文化、伝統が大幅に傷つけられた状態になる。ところが経済団体は、働く人がいないから移民をいれなければしょうがないと言い、アメリカ留学を経験した政治家は「グローバルスタンダード」になびいていく。

原 丈人(はら・じょうじ)
ベンチャーキャピタリスト
1952年、大阪生まれ、慶應義塾大学法学部卒。財務省参与、国連政府間機関特命全権大使、ザンビア共和国大統領顧問、米共和党ビジネスアドバイザリーボード名誉共同議長など国内外で公職を歴任。2013年から日本の内閣府参与。

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