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訪問介護中、看護師「奥さまがいらっしゃるから安心ですね」→直後、空気が凍りついたワケ

  • 2026.3.21
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

訪問看護の現場では、患者さんだけでなく、そのご家族とも関わる機会が多くあります。そしてその中で、「良かれと思ってかけた言葉」が、思いがけない反応を引き出すことがあります。

今回は、私が訪問看護の現場で経験した、「安心ですね」という何気ない一言が、家族の本音を引き出した出来事について紹介したいと思います。

「しっかり支えている奥さま」という医療者側の思い

訪問看護を利用している高齢男性のAさんはアルコール依存症と慢性疾患を抱えながら、自宅で生活している方でした。

同居しているのは奥さんで、二人暮らしです。訪問すると、奥さんはいつも同席していました。Aさんの薬を管理し、食事を用意し、体調の変化も丁寧に説明してくれます。

「今日は朝から少し食欲がなくて」「昨日は夜中に一度起きていました」

そんなふうに、Aさんの様子を細かく伝えてくれるのです。

私たち医療者から見ると、奥さんはとてもよく支えている家族でした。薬の飲み忘れもほとんどなく、生活リズムも大きく崩れていない。それは奥さんの支えがあってこそだと感じていました。

何気なく言った「安心ですね」

ある日の訪問。体調確認を終え、いつものように話をしていました。Aさんはその日も落ち着いていて、特に大きな問題はありませんでした。

私は奥さんに向かって、自然な気持ちでこう言いました。

「奥さまがいらっしゃるから安心ですね」

訪問看護では、よく使われる言葉です。家族が支えてくれている環境は、確かに心強いものだからです。しかし、その瞬間でした。奥さんの表情が、ほんのわずかですが変わりました。

笑顔はそのままなのに、一瞬だけ視線が下に落ちたのです。そして、何も言いませんでした。

私は「聞こえなかったのかな」と思い、そのまま話題を変えました。

「安心なんてしたことありません」玄関先での小さな声

訪問を終え、玄関で靴を履いていたときでした。奥さんが、私の後ろから小さな声で言いました。

「…看護師さん」

振り返ると、奥さんが立っていました。先ほどまでの明るい表情ではなく、少し疲れたような顔をしています。

そして、ゆっくりと言いました。

「安心なんて…したことありません」

私は思わず聞き返しました。

「え?」

奥さんは視線を落としたまま、静かに続けました。

「夜中に怒鳴られることもありますし」

「お酒を飲まないって約束しても、守られないこともあります」

声はとても小さく、どこか遠慮しているようでした。

「支えている家族」という見え方

Aさんのアルコール依存症は、完全に落ち着いているわけではありません。調子が悪いときには、飲酒してしまうこともありました。

そのとき、Aさんは怒りっぽくなり、奥さんに強い言葉をぶつけることもあるそうです。

「夜中に起こされることもあります。大声で怒鳴られると、近所にも聞こえるんじゃないかって…」

奥さんはそう言いながら、少し不安そうな笑顔を浮かべました。

「でも、普段は落ち着いてるから」「大丈夫です」

その言葉を聞きながら、私は胸の奥が重くなるのを感じました。私たち医療者は、これまで奥さんを「しっかり支えている家族」として見ていました。

それは間違っていないのかもしれません。実際、奥さんがいなければAさんの生活は成り立たなかったでしょう。

けれど同時に、その見方がBさんの疲れを見えなくしていた可能性もあったのです。

「安心」という言葉の重さと支える側の孤立

私はあの日、何の迷いもなく言いました。

「奥さまがいらっしゃるから安心ですね」

それは励ましや感謝、ねぎらいの気持ちも込めていたつもりでした。けれど、その言葉はもしかすると、「あなたが支えるのが当然」という意味に聞こえてしまったのかもしれません。

「安心ですね」と言われた瞬間、奥さんは言葉を失いました。なぜなら、自分は安心なんてしたことがないと感じていたからです。

訪問看護では、患者さんの状態を中心に考えることが多くなります。体調はどうか、薬は飲めているか、生活は保たれているか。

けれど、その生活を支えているのは、多くの場合家族です。そして家族は「支えている人」として見られることで、弱音を吐きにくくなることがあります。

奥さんは最後に、こんなことを言いました。

「看護師さんが来てくれる日は、少しほっとします」

その言葉を聞いたとき、私は思いました。

私の「安心ですね」という言葉が、もしかするとBさんを少しだけ孤立させていたのかもしれないと。

「安心ですね」という言葉の裏。誰の安心なのか。

あの日の出来事は、私に1つの問いを残しました。「安心ですね」と言ったとき、それは誰の安心だったのか。医療者から見た安心、制度として整っている安心、家族がいるという安心。

しかし、その家族自身は必ずしも安心の中にいるわけではありません。訪問看護の現場では患者さんだけでなく、家族の気持ちにも目を向けることが大切だと感じます。

あの日、奥さんが玄関先で打ち明けてくれた言葉は、私にとって忘れられない一言になりました。

それ以来、私は「安心ですね」と言いかけたとき、その言葉が誰かを追い詰めていないだろうかと自分に問いかけながら、ふと立ち止まるようになりました。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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