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レオナルド・ダ・ヴィンチのDNAを回収できたかもしれない

  • 2026.1.7
レオナルド・ダ・ヴィンチのDNAを回収できたかもしれない
レオナルド・ダ・ヴィンチのDNAを回収できたかもしれない / Credit:Biological signatures of history: Examination of composite biomes and Y chromosome analysis from da Vinci-associated cultural artifacts

アメリカのロックフェラー大学(Rockefeller University)を含む複数の研究機関による国際共同研究によって、レオナルド・ダ・ヴィンチにゆかりがある絵画や手紙の表面から微量のDNA断片を採取して解析することに成功しました。

採取されたDNAには人間だけでなくカビや細菌、植物、ウイルスなど様々な生物由来のかけらが混ざっており、この“生物のごった煮”からレオナルド・ダ・ヴィンチ本人に由来する可能性もあるY染色体(男性から息子へ受け継がれる遺伝情報)の手がかりが検出されたのです。

作品の中にしみ込んだ微量なDNAから、絵がたどってきた環境や人の手の歴史を読み解こうとする姿勢は、「本当のダ・ヴィンチ・コード」を科学で探ろうとする試みと言えるでしょう。

私たちは本当に、名画から歴史上の天才のDNAをすくい上げられるのでしょうか?

研究内容の詳細は2026年1月6日に『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 「汚れ」から「証拠」へ──文化財に残るDNAの見方の転換
  • 「本当のダ・ヴィンチ・コード」はどこまで科学で読めるのか
  • 名画は「絵の具+DNA」のアーカイブになりうるか

「汚れ」から「証拠」へ──文化財に残るDNAの見方の転換

「汚れ」から「証拠」へ──文化財に残るDNAの見方の転換
「汚れ」から「証拠」へ──文化財に残るDNAの見方の転換 / Credit:Canva

私たちが毎日さわっているスマートフォンの画面には、指紋や皮脂だけでなく、その日どこに行き、何を触ったかという「生活の痕跡」がびっしり残っています。

掃除をさぼった机の上やキーボードも、目には見えないだけで、細菌やカビ、花粉、そして自分の細胞が積もった“生物のごみ置き場”になっています。

何百年も前の絵や手紙も、実はそれと同じです。

画家が描くときに触れた指、工房で支えた弟子の手、修復作業の手袋、展示室の空気やホコリ、それらが少しずつ紙や絵の具にしみ込み、文化財は「環境DNAの貯金箱」になっていきます。

一方で、従来、文化財に残ったDNAは「汚れ」扱いでした。

保存や修復の世界では、カビや細菌は作品を傷める「敵」として、いかに減らすかが重視されてきたのです。

しかし近年、「その汚れこそ歴史の証拠になるのではないか」という発想が生まれました。

紙や絵の具に紛れこんだDNAを調べれば、どんな植物の花粉が舞っていたのか、どんな人たちが触れてきたのか、どんな微生物が住みついていたのかという、“もう一段深い歴史”が見えてくるかもしれません。

論文ではこれを「歴史の生物学的署名」と呼んでいます。

とはいえ、ここには大きな壁があります。

文化財から取れるDNAは「低バイオマス(量がとても少ない)」で、現代の人や実験室からの混入にとても弱いのです。

しかしあえてその困難に挑む研究者たちがいました。

調査対象となったのはレオナルド・ダ・ヴィンチです。

研究者たちは絵画などダ・ヴィンチゆかりの品からDNAを読み解ければ、本人の肉体に触れずに“遺伝子の声”を聞くこともできると考えたのです。

果たしてダ・ヴィンチ由来の品々から、彼のDNAを回収するという偉業は達成されたのでしょうか?

「本当のダ・ヴィンチ・コード」はどこまで科学で読めるのか

「本当のダ・ヴィンチ・コード」はどこまで科学で読めるのか
「本当のダ・ヴィンチ・コード」はどこまで科学で読めるのか / Credit:Biological signatures of history: Examination of composite biomes and Y chromosome analysis from da Vinci-associated cultural artifacts

ダ・ヴィンチのDNAを探すことなど可能なのか?

研究チームは、ダ・ヴィンチが描いたとされる赤チョークの素描「幼子イエス(Holy Child)」(1470年代頃の作品)をはじめ、レオナルド・ダ・ヴィンチの先祖による書簡(手紙)や、同時代の別の巨匠による絵画を対象に選びました。

それらの表面を綿棒で優しくこすり、付着している生物由来の物質を採取・回収したのです。

そして特殊な前処理でできるだけ多くのDNA断片をまとめて読み取るメタゲノム解析(混ざったDNAをまとめて読む方法)を行いました。

その結果、驚くほど多様な生物種のDNAが名画から検出されました。

細菌、菌類(カビ)、植物、ウイルスといったあらゆる分類群のDNA断片が含まれており、それらの組成比は作品ごとに少しずつ異なっていたのです。

これは、絵の材質や保管環境、保存処理、誰が触ったかといった違いが作品ごとに反映されているためだと考えられます。

例えばダ・ヴィンチ作とされる素描「幼子」からは、スイートオレンジ(ミカン属)のDNAが他の作品に比べて相対的に多く見つかりました。

スイートオレンジはダ・ヴィンチが生きた当時、フィレンツェの名門メディチ家がこぞって栽培し愛好していた外来植物です。

実際、ダ・ヴィンチは若い頃にメディチ家の保護下で活動し、フィレンツェのサンマルコ庭園(彫刻や芸術修行のための庭園)によく出入りしていた記録があります。

絵に付着したオレンジ由来の痕跡は、作品がかつてメディチ家の庭園に運ばれた際に付いた花粉やほこりだったのかもしれません。

名画は絵の具だけでできているわけではなく、こうした微生物や植物の“生体ログ(生活の記録)”をも纏(まと)っているのです。

さらに研究チームは、検出された人間由来DNAに注目し、その中から男性に特有のY染色体断片を抽出できないか詳細に調べました。

なお、人間の男性由来のDNAを新たに混入させないよう、サンプル採取やDNA抽出では汚染対策を徹底し、対照サンプルも含めて作業手順に特に注意が払われました。

すると対象となった16件のサンプル中、5件でY染色体の手がかりとなる配列断片の組み合わせが十分に得られました。

そしてその5件のうち、ダ・ヴィンチ関連とされる絵画「幼子イエス」の複数の綿棒試料および、ダ・ヴィンチの先祖の手紙のサンプルでは、いずれもE1b1系統(E1b1bを含む)と呼ばれるY染色体ハプログループ(父系由来の遺伝集団)が示唆されました。

系統記号だけではピンと来ないかもしれませんが、論文では「幼子」と先祖の手紙の複数サンプルでE1b1系統が一貫して示唆されたと述べられています。

簡単にいえば、「絵から見つかったY染色体の型」と「先祖の手紙から見つかったY染色体の型」が同じグループに属しているかもしれない、ということです。

これが事実ならば、絵画に付着していた人間のDNA(Y染色体のもの)は、ダ・ヴィンチ本人のものという可能性も見えてきます。

ただ「ダ・ヴィンチの作品から本人のDNA発見!」とまでは言い切れません。

このE1b1系統のDNAは地中海世界では珍しくないからです。

そのためダ・ヴィンチと全く無関係の男性DNA(E1b1系統)が偶然、ダ・ヴィンチの先祖の手紙に加えてダ・ヴィンチの作品の至る場所にも付着していた、という可能性もあります。

論文でもE1b1系統が検出されたからといって、それが歴史上の人物に由来するのか近年の取扱いによるものかを区別する決定打にはならないと、慎重に述べられています。

とはいえ、「幼子イエス」の複数箇所の綿棒サンプルと先祖の手紙という独立した資料の両方から、一貫してE1b1系統の信号が検出されたことは特筆すべきでしょう。

いくつもの独立した綿棒試料と古い家系資料に共通するパターンが共通という結果は、そのDNAがダ・ヴィンチ本人のDNAのかけらを捉えたのかもしれないというロマンにつながります。

(※少なくとも謎のE1b1系統の持ち主がダ・ヴィンチゆかりの品々(さらに先祖の手紙にまで)に集中してDNAを残して回ったという予測よりはロマンがあるでしょう)

名画は「絵の具+DNA」のアーカイブになりうるか

名画は「絵の具+DNA」のアーカイブになりうるか
名画は「絵の具+DNA」のアーカイブになりうるか / Credit:Canva

今回の研究により、「名画は絵の具だけでできているわけではない」ことを裏づけるデータが得られたと言えるでしょう。

綿棒一本でルネサンス期の芸術作品から微量DNAを回収し、その中に作品ごとの異なる“生物学的指紋”と、作者の家系につながるかもしれない手がかりが潜んでいることが示唆されました。

名画を、DNAが詰め込まれたタイムカプセルのように読む最初の試みのひとつと言ってもよさそうです。

もちろん、検出されたDNA片が本当にレオナルド・ダ・ヴィンチ本人のものかどうか断言はできません。

研究者たちも、さらなるレオナルド関連資料(ノートやスケッチ、絵画)の分析や、レオナルド家の現存する子孫とのY染色体比較を経て初めて、今回のDNAがダ・ヴィンチ家のものと結論づけられる可能性があると述べています。

加えて、超微量DNAの解析では現代の汚染や分析上の錯誤を除去することが難しく、系統や出所の議論には慎重さが求められます。

それでも研究者たちは、今回得られたデータセットは今後の保存科学研究における有用なベースライン(基盤)になると評価しています。

名画や古文書からDNAを読み解くことで、これまで年代記や美術史だけではわからなかった“物質的な旅路”が浮かび上がる可能性があります。

例えばDNA分析により、「この絵は過去にどの地域に所蔵されていたのか」「この手紙に触れたのは誰か」といった謎に答える道が開けるかもしれません。

こうした手法は将来的に美術品の真贋判定や、歴史的遺物の由来解明への応用が検討されています。

もしかすると未来には、美術館で名画の裏側をそっと綿棒でこすり、付着したDNAから作品が歩んだ環境や作者の痕跡を読み解くことが当たり前になっているかもしれません。

それはまさに、本物の「ダ・ヴィンチ・コード」を科学が解き明かす瞬間と言えるかもしれません。

元論文

Biological signatures of history: Examination of composite biomes and Y chromosome analysis from da Vinci-associated cultural artifacts
https://doi.org/10.64898/2026.01.06.697880

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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