1. トップ
  2. 恋愛
  3. 人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡

人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡

  • 2026.1.5
人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡
人間の近くに住むことでクマは小さくなり攻撃性も低下した――DNAが示した進化の痕跡 / Credit:File:Orso bruno marsicano.jpg

イタリアのフェラーラ大学(UniFe)などで行われた研究によって、中央イタリアの村々の近くで人間と長く暮らしてきたヒグマが、ほかのヒグマよりも小柄で温厚(おんこう)な性質に“進化”していた可能性が報告されました。

研究ではこのクマのゲノムが調べられており、攻撃性の低下と関係が示唆されている遺伝子の近くに多くの遺伝子変異がおきていることが示されています。

人間との長い共存と駆除の歴史が、このクマたちの“性格”をDNAレベルで変えてしまったのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月15日に『Molecular Biology and Evolution』にて発表されました。

目次

  • アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史
  • DNAから見えた「温厚化」の手がかり
  • クマの「性格を変える進化」はアリなのか?

アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史

アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史
アペニンヒグマと人間の長い共存と駆除の歴史 / アペニンヒグマ/Credit: Bruno D’Amicis/ Molecular Biology and Evolution

「森でクマに出会う」と聞くと、多くの人は条件反射のように身構えると思います。

ニュースや動画で見るクマは、危険な動物の代表のような扱いをされることが多いからです。

でも世界を見渡すと、人の村や畑のすぐ近くで、思ったより静かに暮らしているクマたちもいます。

アペニンヒグマ(Ursus arctos marsicanus)はまさにそのタイプで、「小さくて、人への攻撃性が低いとされるクマ」としてイタリアの山里で知られてきました。

コラム:古代ローマの時代から知られるアペニンヒグマ
古代ローマの時代、この山地のクマは家畜やぶどう畑を荒らす厄介者として恐れられる一方で、狩りの獲物や毛皮・脂を得る貴重な資源でもありました。ローマ世界ではクマを闘技場の見世物に使った記録も残っており、アペニンのクマたちも「危険で野性的な動物」の代表として扱われていたと考えられます。しかし20世紀に入ると乱獲や道路建設などで数は急激に減り、現在野生にいるアペニンヒグマはおよそ50〜60頭とされ、イタリアでも最も絶滅に近い大型哺乳類のひとつになりました。今ではアブルッツォ・ラツィオ・モリーゼ国立公園などで手厚く保護され、公園のシンボルマークや「クマのパン」と呼ばれる郷土菓子、土産物のデザインなど、地域のアイコンとしても大切にされています。それでも、ときどきハチミツや果樹園、鶏小屋を荒らす「いたずら者」としてニュースになることがあり、近くの村ではクマ専用の博物館が作られるほど身近な存在です。記録に残る人身被害はほとんどなく、「怖いけれど、どこか親しみのある隣人」という独特のイメージで受けとめられているのがアペニンヒグマなのです。

人間は昔から、自分たちの暮らしやすさのために環境を大きく変えてきました。

森を切り開き、農地や町を広げることで、多くの野生動物のすみかは狭くなり、数も減りました。

そんな人間だらけの景色の中で生きる動物たちは、まず「行動を工夫する」ことで生き残ろうとします。

人を見たらすぐ逃げるとか、人のいない時間帯だけ動くようにするといった変化です。

これが「可塑性(かそせい:あとから変えられる性質)」と呼ばれるものです。

しかし、問題はここからです。

こうした行動の変化が、単なる「慣れ」で済んでいるのか、それとも何世代も続くうちに、「もともとの性質」を作っている遺伝子そのものが変わってしまっているのかは、実はあまりよく分かっていません。

特に、アペニンヒグマのような小さな集団では、「自然選択(しぜんせんたく:生き残りやすい性質が広がること)」と、「遺伝的浮動(いでんてきふどう:たまたま遺伝子が偏ること)」を見分けるのがとても難しいとされてきました。

そこで今回、研究者たちは、「人間との長い共存と迫害の歴史が、このクマたちの“性格”をDNAレベルで変えてしまったのかどうか」を確かめようとしました。

本当に、人との付き合いがクマの性格を遺伝子から書き換える、などということがあるのでしょうか。

DNAから見えた「温厚化」の手がかり

DNAから見えた「温厚化」の手がかり
DNAから見えた「温厚化」の手がかり / Credit:Canva

研究チームはアペニンヒグマ12個体を含む計20個体のDNAを新たに解析し、そのゲノム(全遺伝情報)を他地域のヒグマと詳細に比較しました。

まず明らかになったのは、アペニンヒグマの遺伝的な多様性が他のヒグマと比べて極端に低いことでした。

この集団では近親交配(血縁どうしの交配)が長く続いた結果、遺伝子のバリエーションが乏しくなっていたのです。

さらに、研究チームは「遺伝的負荷(病気や不利な性質につながる変異の持ち方)」も調べました。

その結果、アペニンヒグマは、他のヒグマよりも「実際に効いていそうな有害変異」を多く抱えている可能性が高いことが示唆されました。

一見すると、「絶滅に向かって転がっているだけ」のようにも見えます。

しかし解析はそこで終わりません。

研究者たちは、ゲノム全体をスキャンして、「どの場所に強い自然選択の跡があるか」を調べました。

ざっくり言えば、「他のヒグマとは明らかに違う変化が積み重なっている遺伝子」を探したのです。

その結果、行動や神経の働きに関係が深いとされる遺伝子の周りに、特に強い信号が集まっていることが示唆されました。

なかでもDCCやSLC13A5(どちらも遺伝子の名前)といった、他の動物で攻撃性の低下と関係が示唆されている遺伝子の近くに、「アペニンヒグマだけで目立つ変化」が多く見つかりました。

興味深いのは、これらの変化の多くが、タンパク質の設計図そのものではなく、「非コード領域(タンパク質を作らないがスイッチとして働く部分)」に集中していたことです。

これはたとえるなら、同じ楽譜でも演奏のしかたで曲の雰囲気が変わるように、「読み取り方の微調整」で行動のクセが変わっているのかもしれません。

(※計算による予測では、「スプライシング(読み取りの切り貼り)のときに働く因子がくっつく場所」が変わる可能性も示されました。)

コラム:アペニンヒグマは人にケガをさせた記録がない
「アペニンヒグマは、人にケガをさせた記録がないらしい」──クマ被害ニュースが絶えない日本から見ると、にわかには信じがたい話です。しかしイタリアの研究機関や保全団体の発信を追うと、「少なくともアブルッツォ地方では、人がクマに襲われてケガをしたり命を落とした記録はない」と明言しているものがいくつも見つかります。たとえばイタリア国立研究委員会(CNR)の自然保護系の研究所は「地元のクマによる人身被害は記録されていない」と説明していますし、地元の自然保護サイトも「アペニンでは、人が攻撃されたり負傷した事例は記録されていない」と繰り返しています。
だからといって、「イタリアのクマは完全に無害」と勘違いするのは危険です。地元では、電気柵やクマ対策ゴミ箱、「ベアスマート・タウン(クマと共存できる町)」の取り組みなど、かなり本気の対策を続けて初めて、いまの“人身被害ゼロ”状態を保っているのです。もう一つ大きいのは「数」の違いです。アペニンヒグマは世界でおよそ50〜60頭とされ、そもそも個体数がきわめて少ないうえに、生息域も国立公園とその周辺にかなり限られています。一方、日本のツキノワグマやヒグマは、広い範囲に何千頭単位で分布していて、人が暮らすエリアと山との境界もはるかに長く、接触のチャンスも桁違いです。
ただ「被害記録がないって本当?」という問いへの答えとして「公式な記録の範囲では本当」と言えてしまう背景には、生物学的な遺伝的な変化もあったと考えられます。

これらの結果を踏まえて、著者たちは「もっとも筋の通った説明」として、人間による長期の迫害の中で、「攻撃的な個体ほど早く排除され、おとなしい個体ほど生き残った」という選択がおきた可能性を挙げています。

その結果、「遺伝的にはボロボロなのに、人との衝突を減らす方向には進化しているように見えるクマ」が生まれた、というわけです。

クマの「性格を変える進化」はアリなのか?

クマの「性格を変える進化」はアリなのか?
クマの「性格を変える進化」はアリなのか? / Credit:Canva

今回の研究により、「人間と長く共存してきた小さなクマの集団で、人間由来の選択が行動に関わる遺伝子を押し動かした可能性」が示されました。

著者たちは、「人間によって引き起こされた選択(人間の活動が作り出した選び分けの力)」という言葉を使い、攻撃性の低下に関係する可能性がある遺伝子群に見られる変化を強調しています。

そのことも一因となって、アペニンヒグマは人との衝突を減らし、厳しい状況の中でも細々と生き延びてこられたのかもしれません。

重要なのは、「人間の活動は野生動物を傷つけるだけでなく、その“性格”や進化の方向そのものも変えてしまうことがある」という点です。

人と野生動物のトラブルを減らすために、「おとなしい個体の方が生き残りやすい」状況が続けば、今回のようにDNAのパターンまで変わってしまう可能性があります。

これは、保全の現場にも悩ましい問いを投げかけます。

たとえば、「遺伝的多様性を増やすために、他の地域からクマを入れて混ぜるべきかどうか」という問題です。

今回の論文では、いまのアペニンヒグマが持つ「温厚さを支えるかもしれない遺伝的特徴」が、現時点での安易な再導入によって薄まってしまうおそれがあると指摘しています。

それでも、この研究には大きな価値があります。

著者たちによれば、こうした変化を「遺伝的な裏づけ」と結びつけた研究は、まだ多くありません。

アペニンヒグマは、「弱くて小さいのに、人との共存に特化した超ニッチなクマ」として、今後の行動遺伝学や保全生物学の重要なモデルになっていくかもしれません。

コラム:優しさのセレクションはいつ起きたのか?
「アペニンヒグマは人間との共存の中で“優しく”なったかもしれない」――そう聞くと、「じゃあ、いつから優しくなり始めたの?」という疑問がわきます。残念ながら、今回の研究だけで「○年から性格が変わった」とカレンダーに明確に書き込むことはできません。ゲノムに刻まれた“選択の跡”は、長い時間の積み重ねの結果であって、年号ラベルは付いていないからです。ただ、歴史と人間の行動を合わせて考えると、「どのあたりで選択圧が一番強かったか」を想像することはできます。アペニンヒグマが他のヨーロッパのヒグマと分かれたのは、およそ2000〜3000年前とされます。そのころから山里にはクマがいて、古代ローマの時代の文献には「家畜を襲う」「畑を荒らす」厄介者としてのクマの姿がすでに登場します。つまり、“人にとって困るクマ”が駆除される歴史自体はとても古いのです。とはいえ、ローマ時代の駆除は道具も移動手段も限られていて、「本気でクマを一掃する」ほど効率は高くありませんでした。選択の力が一番強まったのは、むしろ19〜20世紀、銃や毒、道路や車が普及してからだと考える方が自然です。家畜を襲った個体、人里に深く入り込んだ個体は、ほぼ確実に射殺や毒殺の対象となり、「問題を起こすタイプのクマ」がピンポイントで消されやすい時代になりました。
クマの一世代はおよそ10年前後と見積もられます。20世紀だけでも10〜20世代ぶんはありますから、その間ずっと「人を怖がらず、攻撃的な行動をとる個体ほど早く死ぬ」状況が続けば、遺伝子の頻度が少しずつ動いていくことは十分ありえます。ローマ時代からのゆるやかな圧力の上に、19〜20世紀の強烈な“追い打ち”がかかり、その合計が今のゲノムに見える「温厚化の痕跡」になっている、というイメージです。
なので、「優しさのセレクションはいつ起きたのか?」に対する正直な答えは、「古代からじわじわ続いてきて、とくにここ100〜200年で一気に強まった可能性が高い」です。種の歴史全体で見れば、ローマ時代はまだ“序章”であり、本格的なふるい分けは近代の人間社会が引いた、と考えるとストーリーとしてもしっくりくるでしょう。
では、日本はどうでしょうか。北海道のヒグマや本州のツキノワグマも、昔から人とのトラブルが絶えませんでした。とくに北海道では開拓が進んだ19世紀後半以降、田畑や家畜が襲われる事件が増え、「人食いグマ」のような極端に危険な個体が新聞をにぎわせることもありました。その一方で、20世紀には行政が報奨金をつけてヒグマの大量駆除を行った時期もあり、短い期間に何百頭、何千頭というクマが捕殺されています。もし「人里に近づいて問題を起こすクマほど真っ先に撃たれる」という状況が何十年も続いていれば、アペニンと同じように、「極端に大胆で危険なタイプ」を削り取る選択圧が働いていた可能性は十分にあります。ただ日本で同様のDNA研究はまだ行われていないので確実なことはまだ言えないでしょう。

また本研究結果はクマの被害に悩む日本にも関連することですが、単純な処方箋ではありません。

もし日本という限られた島国に生息するクマたちも、アペニンヒグマのように環境の圧力で「進化」していくとしたら、私たちはそれをどう受け止めるべきなのでしょうか?

「いいこと」「わるいこと」「仕方がないこと」など多くの意見があることでしょう。

しかし種の保存や多様性の維持は人間の干渉を受けない状態を維持することにも価値が見出されるものです。

もしかしたら未来の世界では、「野生動物の性格を変えないようにするには、人間がどんなふるまいを選べばよいのか」という問いが、保全の大きなテーマになっているかもしれません。

アペニンヒグマの物語は、私たちがすでに自然の“外側”ではなく、“進化の一部”になってしまっていることを、静かに教えてくれているのだと思います。

参考文献

How human interaction drove evolution to make bears less aggressive
https://www.eurekalert.org/news-releases/1109172

元論文

Coexisting With Humans: Genomic and Behavioral Consequences in a Small and Isolated Bear Population
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf292

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

元記事で読む
の記事をもっとみる