1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「成長をあきらめ、違う場所に向かって足を踏み出すことをやめたら、行き詰まってしまいます」──母、プロデューサー、オスカー俳優。エマ・ストーンが紡ぐ物語

「成長をあきらめ、違う場所に向かって足を踏み出すことをやめたら、行き詰まってしまいます」──母、プロデューサー、オスカー俳優。エマ・ストーンが紡ぐ物語

  • 2025.12.30

灰色にくすんだニューヨークの朝。エマ・ストーン朝食をとりにダウンタウンの静かな店に足を踏み入れると、店内の空気が一変するのを感じた。それまでもそつがない接客だったが、さらに引き締まる。店長らしき人物とさらにその上司らしき人物が私たちのテーブルに近づいた。「いらっしゃいませ、本日はお越しいただき誠にありがとうございます。ご注文はお決まりでしょうか……ええ、承知いたしました。もちろんでございます……すぐにお持ちいたします」。こうしてあっという間に食事が揃った。なんせ相手はエマ・ストーンだ。きっとあなたも、おそらく私だって同じようにしただろう。

ストーンにひれ伏す、とまで言わずとも、彼女を褒め称えない人などいるのだろうか? どんな人物や概念に対しても批評家の評価が一致することなど、ほぼ不可能に近いこの刺々しい(スティーヴィー・ワンダーや、よく晴れた気持ちの良い昼下がりにさえ文句を言うやつがいる)時代に、この37歳の俳優兼プロデューサーは、まれに見るほど世間から好かれている。

それはストーンが、アカデミー賞の栄光に2度も輝くほどの才能の持ち主だからか。あるいは、映画監督のヨルゴス・ランティモスやコメディアンのネイサン・フィールダーといった過激なクリエイターたちと、超ド級のリスクも恐れずにチャレンジし続けているからか。あるいは、数々の称賛を浴びながらも、今もありのままの「エミリー」であり続けているからか。アリゾナ郊外で育った、自嘲的で不安を抱えた少女エミリー。すべてがダメになるのではといつも心配し、「称賛」なんて言葉とは縁がないと思っているような少女だ。

ボディスーツ ベルト シューズ すべて参考商品/すべてLOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)
ボディスーツ ベルト シューズ すべて参考商品/すべてLOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)

ストーンは白いTシャツの上にシルク ランドリーのベストを羽織り、エーゴールドイーのジーンズにコモン プロジェクトのスニーカーという姿でテーブルについた。無論、ブランド名といったコーディネートの詳細はすべて本人に聞かなければならなかった(「取材用にメモしておくように。ジーンズはブラックでロング、ワイド寄りで……」といった調子で、彼女は冗談めかして細々と身につけているアイテムについて教えてくれた)。

ストーンの赤毛の髪は伸びかけで、まだ短い。「あれからずいぶん経った割には、なかなか伸びない」と彼女は言う。実は、ある映画のために頭をドラマティックに剃り上げたのだ(その話はまた後ほど)。ストーンはクロワッサンと、どうやらおかわり自由らしいコーヒーを注文し、私がおかわりを断ると褒め称えた。「すごい。私なんてカフェイン中毒ですよ」

ストーンとは少し前からの知り合いだ。本誌で初めて彼女について書いたのは2014年、ロサンゼルスにあるショッピングモールで『VOGUE』編集部の“行きつけ”だったビルド・ア・ベア・ワークショップとホットドッグ・オン・ア・スティックの店を訪れたときだった。2度目は2016年、『ラ・ラ・ランド』の公開直前だった。同作のアカデミー作品賞受賞は束の間の幻に終わったが、ストーンはもちろんこの作品で主演女優賞を受賞し、トロフィーも返すことなく手もとに残っている。

以来、俳優としてのキャリアはさらに輝きを増す一方だ。『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2017)ではビリー・ジーン・キングを演じ、テニスのシーンを含め堂々たる演技を見せた。『女王陛下のお気に入り』(2018)は、ストーンがこれまで4作品に出演している不条理主義のギリシャ人監督ランティモスと初めてタッグを組んだ作品だ。後に監督は2023年公開の『哀れなるものたち』で、自死した後に蘇生された性欲旺盛な女性、ベラ・バクスターというストーンが演じた中で最も大胆なキャラクターを生み出した。この役で彼女は2度目のオスカーを獲得している。ストーンとランティモス監督による圧倒的な狂気を放つ次回作『Bugonia(原題)』は10月に公開された。

未来を見据えて フランスのアヴィニョン教皇庁宮殿で、クロシェ風の透かし編みが柔らかな印象のルイ・ヴィトンのソックス付きのジャンプスーツを纏ったエマ・ストーン。果敢に役に挑む彼女の圧巻の演技力が際立った『Bugonia』は、ヴェネツィア国際映画祭でのプレミアを経て2025年10月に公開され、一躍話題をさらった。本ストーリーのアイテムはすべてニコラ・ジェスキエールによるルイ・ヴィトンのカスタムコレクションを纏って。ソックス付きのジャンプスーツ 参考商品
フランスのアヴィニョン教皇庁宮殿で、クロシェ風の透かし編みが柔らかな印象のルイ・ヴィトンのソックス付きのジャンプスーツを纏ったエマ・ストーン。果敢に役に挑む彼女の圧巻の演技力が際立った『Bugonia』は、ヴェネツィア国際映画祭でのプレミアを経て2025年10月に公開され、一躍話題をさらった。本ストーリーのアイテムはすべてニコラ・ジェスキエールによるルイ・ヴィトンのカスタムコレクションを纏って。ソックス付きのジャンプスーツ 参考商品

これらの作品の合間には、『ゾンビランド』(2009)の続編や旧友ジョナ・ヒルと共演したTVドラマ「マニアック」(2018)、ランティモス監督による3章構成の問題作映画『憐れみの3章』(2024)、フィールダーと組んだメタドラマ「THE CURSE /ザ・カース」(2023-2024)、そして『101匹わんちゃん』に着想を得た『クルエラ』(2021)があった。なお、『クルエラ』はファッション映画として傑作だと私も娘も思う。異論は受けつけない。一方、私生活では明るい話題がいろいろあった。子どもの頃から「サタデー・ナイト・ライブ」(SNL)に夢中で5度にわたり司会を務めたストーンは、同番組の脚本家兼ディレクターであるデイブ・マッカリーと交際をスタート。2019年に婚約を発表し、翌年結婚した。ストーンは晴れてSNL軍団の仲間入りを果たし、ふたりは現在、制作パートナーでもある。結婚式では、親友でありルイ・ヴィトンでウィメンズ・コレクションのアーティスティック・ディレクターを務めるニコラ・ジェスキエールデザインしたドレスを着用。目の周りには青あざができていた。冷蔵庫の取っ手を引いたときに、自分でぶつけたのだという。「本当に嘘みたいなジョークでしょう? 冷蔵庫の扉を開けたら、取っ手が外れるなんて」

2021年3月にストーンとマッカリーが娘ルイーズ・ジーンを授かったのは、最も大きな出来事だ。ミドルネームはストーンの母親から受け継いだ。3年後、アカデミー賞のステージでストーンは娘に感謝の言葉を捧げた。両親であるふたりの人生を「テクニカラー」に変えてくれたと。

母親業、結婚、俳優業、2度のアカデミー賞受賞、「サタデー・ナイト・ライブ」、プロデューサー業、冷蔵庫の取っ手にぶつかって青あざができた目。ストーンの身の回りは、大胆不敵なチャレンジの連続だ。「 さて、何から話します?」

まずは、エマ・ストーンの丸刈りについて語ろう。「本当に頭を剃ってほしくなかった」と、長年の親友ジェニファー・ローレンスは取材のメールに回答した。「ビリー・ジーン・キングのあの髪型だって、受け入れるのがやっとだったのに」『 Bugonia』のあらすじはこうだ(ネタバレは一切ないので安心してほしい)。ストーン演じる製薬会社のCEOは、ジェシー・プレモンスと新人俳優エイダン・デルビスが演じる陰謀論者の2人組に誘拐される。ふたりは人質の髪が自分たちの妨げになると信じ込み、盗んだレンジローバーの後部座席で電気バリカンを使ってストーンの頭を剃る。このシーンはすべて実写で撮影されており、CGは一切使われていない。つまり、革張りのシートに散らばっているのは、ストーンの本物の髪だ。もちろん、役作りのために頭を剃った有名俳優はストーンが初めてではない。ナタリー・ポートマンは『Vフォー・ヴェンデッタ』(2005)で、シャーリーズ・セロンは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)で丸刈りになった。デミ・ムーアが『G.I.ジェーン』(1997)でどれほど大きな注目を集めたかは、説明する必要もないだろう。

そうはいっても、ストーンの丸刈りは並々ならぬ覚悟の表れであり、撮影の瞬間を迎えたプレモンスと『Bugonia』製作チームもその重みを痛感していた。「この映画を絶対に成功させるぞ! って思いました。『気合を入れろ、エミリーは頭を剃ったんだぞ』ってね」とプレモンスは語る。

幻夢の1ページ まるでおとぎ話から現れたかのようなデコラティブなベルト付きのコンビネゾンを可憐に着こなすエマ。ジェスキエールは本稿のために、オートクチュールのような、妥協を許さない膨大な労力と規律を要する手仕事のクリエイションに挑んだ。「クチュールは実験的だけど、エマはそういった実験的なものが好きなんです」と語る。ベルト付きのコンビネゾン 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)
まるでおとぎ話から現れたかのようなデコラティブなベルト付きのコンビネゾンを可憐に着こなすエマ。ジェスキエールは本稿のために、オートクチュールのような、妥協を許さない膨大な労力と規律を要する手仕事のクリエイションに挑んだ。「クチュールは実験的だけど、エマはそういった実験的なものが好きなんです」と語る。ベルト付きのコンビネゾン 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)

ストーンは「こんなに気持ちのいいものはほかにない」というほど丸刈りを気に入った。ちなみに、バリカンの刃は1.5ミリだったという。(「頭を剃った後に最初に浴びたシャワーはびっくりするぐらい、最高に気持ち良かったです」と言うその声はまるで、タヒチのサーフスポット、チョープーのビッグウェーブを情熱的に称える伝説のサーファー、レイアード・ハミルトンのようだ)。ストーンにためらいはなかった。先にランティモス監督の頭を剃ってからシーンに挑むことができたが、撮影の直前に控室のトレーラーの中で突然涙があふれたことを認めている。何年も前、ストーンの母クリスタは乳がんの治療中に髪を失った。「母は本当に勇敢だった」と彼女は思い返した。「私はただ、頭を剃るだけ」。母親もストーンを見て、うらやましがったという。「母が『いいなあ。私もまた坊主になろうかな』なんて言うんです」

『Bugonia』は2003年公開の韓国映画『地球を守れ!』をベースにした作品で、田舎の家の地下室など、閉ざされた空間で撮影されたシーンは緊迫感にあふれている。ランティモス監督は『哀れなるものたち』の撮影監督ロビー・ライアンとともに、ストーンの顔と剃り上げた頭をじっくりとカメラで捉え続けた。そのシーンは残忍なまでに魅惑的だ。「本当に、美しかった」とローレンスも記す。「エミリーはやり遂げてみせた」と。

撮影中、ストーンは人前で帽子をかぶり、ニューヨーク映画祭にはウィッグ姿で登場した。映画賞シーズンになると、たてがみのような短い髪はイメージチェンジだと称賛され、「エマ・ストーン、ゴールデングローブ賞でピクシーカットを披露」という見出しが躍った。その後、『Bugonia』の予告編でストーンの髪にバリカンが食らいつく映像が公開されたことで、秘密が明らかになったのだ。「あの格好のまま外出できなくて、本当に残念だった。坊主頭で出歩けたら、すごく楽しかったのに」とストーンは心底名残惜しそうに言う。髪の話はこれくらいにしておこう。

と言いつつ蒸し返すが、髪をすっかり剃り落とすという行為は、ストーンが俳優という仕事においてやってきたことを端的に表している。彼女はいつも、キャリアが急旋回するようなチャンスを見極め、大胆に掴みにいくのだ。

俳優として、アクションが売りの犯罪映画やロマンティックコメディに出続けるという道を選ぶこともできた。例えば、2度目のデートもままならない睡眠障害の弁護士役とか。しかし彼女は、よりリスクの高い道を選んだ。これは52歳の映画監督ランティモスとの長期にわたる協力関係にはっきりと表れている。監督はいかにもハリウッド的な作品を異常に嫌っている。そんな彼にとって、ストーンは同志のような存在だ。「彼女にはほかの生き方は考えられないだろう。自分の仕事にわくわくするような喜びを求め、さまざまなことに挑戦したいと思っている。経験そのものが重要なんだ」

咲き誇る一輪の花 凛とした佇まいで腰に巻いたセーター付きのジャンプスーツを披露するエマ。話題作『Bugonia』では誘拐されるCEOを演じた彼女は劇中で頭を剃られるシーンがあったが、「こんなに気持ちの良いものはほかにない」と語り、俳優としての度胸と堂々たる決意を見せた。腰に巻いたセーター付きのジャンプスーツ 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)
凛とした佇まいで腰に巻いたセーター付きのジャンプスーツを披露するエマ。話題作『Bugonia』では誘拐されるCEOを演じた彼女は劇中で頭を剃られるシーンがあったが、「こんなに気持ちの良いものはほかにない」と語り、俳優としての度胸と堂々たる決意を見せた。腰に巻いたセーター付きのジャンプスーツ 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)

それが最も顕著に表れたのが『哀れなるものたち』だ。小説家メアリー・シェリーに着想を得た、ヴィクトリア朝時代が舞台の娯楽作品で、ストーンは自死した妊婦のベラを演じた。彼女は自分の赤ん坊の脳を移植されて生き返るが、肝心なのはその後だ。ストーンの演技──幼児のようによちよちと歩くベラが、やがて大人として自立し、自己発見を経て、奔放な性に目覚めるまで──は彼女のこれまでの演技とはまったく違っていた。

「作品が世に出るとき、どう評価されるか見当もつかなかった」とストーンは振り返る。「怖くなったけれど、自分ではどうしようもないことだと開き直ったんです。ヨルゴスとは何度も話し合いました。観客に自分の好き嫌いを押しつけることはできない。気に入らなければ、それで結構。自分に合わないなら、それでもいいって」

観客は『哀れなるものたち』に熱狂した。この映画は全世界で1億1,700万ドルの興行収入を記録し、監督にとって最大のヒット作となった。画一的なシネマコンプレックスの上映作品の中では、異色の存在だ。『Bugonia』はプロットという観点から見ると、『哀れなるものたち』とは180度違うが、挑発的であるところは変わらない。現代社会にはびこる陰謀論、医療業界の腐敗、地球外生命体などへの妄執といったテーマを深く濃く考察している。そしてやはり、肝心なのはこの先だ。

「難しいものほど、やりがいを感じます」とストーン。彼女は2025年の夏に公開された、アリ・アスター監督がコロナ禍のアメリカのパラノイアを狂気じみた形で描いた作品『エディントンへようこそ』にも出演した。「これはほとんどの仕事、ほとんどの人にも当てはまると思うけど、成長をあきらめ、違う場所に向かって足を踏み出すことをやめたら、行き詰まってしまいます」

家庭科の授業でジョナ・ヒルとティラミスを作っていた時代ははるか昔だ。ストーンは『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007)でジョナ・ヒルの機転の利く恋人、ジュールズ役でブレイクしており、この役を与えた伝説的なキャスティングディレクターのアリソン・ジョーンズに度々感謝の意を示している。ジョーンズはストーンのことをよく覚えていると言い、初めてストーンに出会ったのは彼女が10代の頃で、当時、別のキャスティングディレクターが連れてきたローレンスとともにコメディ番組のパイロット版で同じ役のオーディションに参加したのだ。ストーンとローレンスはその頃、同じ役をよく争っていたが、このときはどちらも役を得られず、その番組も長くは続かなかったという。「10代の頃から、まるで若かりし日のシャーリー・マクレーンのようだった」とジョーンズはメールに記し、ストーンの「かすれた声とジョークの理解力が『スーパーバッド』の台本の読み合わせで特に印象的だった」と回想している。

『憐れみの3章』で初めて共演したジェシー・プレモンスは、ストーンがランティモス監督の世界を理解するために欠かせない導き手だったと語る。監督は入念なリハーサルや演技の練習で、キャストの結束を高めるのだという。「彼女がこういった練習やゲームに全力で打ち込んでいる姿を見ると、自分も同じようにできるはずだと自信が湧いてくる」とプレモンスは言う。「それから彼女は仕事のことは真面目だけど、自分自身のことは思い詰めないようにしているんです」

14世紀のマッテオ・ジョヴァネッティによるアヴィニョン教皇庁宮殿のフレスコ画
14世紀のマッテオ・ジョヴァネッティによるアヴィニョン教皇庁宮殿のフレスコ画

ローレンスは、ストーンが2度にわたりアカデミー賞を受賞したことで「誰もが認めざるを得ない存在」になったと考えている。たとえ本人は認めていなくても。自身もアカデミー賞の受賞者であるローレンスは、ドルビー・シアターでストーンの2度目の栄冠を祝うべく、ステージに立っていた。プレゼンターのミシェル・ヨーが奥ゆかしくもオスカー像を手渡す立場をローレンスに譲ったため、ふたりは友人として特別な瞬間を分かち合うことができたのだ。 ローレンスはこう書いている。「ステージを降りた途端、トイレに駆け込んで泣き叫んだのが、すごくエミリーらしかったです。私が『主演女優賞を2度も獲ったのよ』とささやいたら、『それってなんだか良くない気がする』と言っていたけど」

これが彼女の親友たちが知る、愛すべきストーンの実像だ。歓喜の瞬間でさえ、いつ災難が降りかかるかと常に心配している。その不安は「いつ、何時も」離れないのだとストーンは語る。だが、その不安ゆえに慎重にキャリアを築くこともあり得たはずだが、ストーンはより過激な道を優先してきた。信頼と親密さに裏打ちされた協力関係を求め、チャンスを掴んできたのだ。「多くを語らなくても、通じ合える人たちと出会うことが私の理想」と彼女は語る。

そんな映画のキャリアと同様に冒険的なのが、ストーンとジェスキエール、そしてルイ・ヴィトンとの約10年にわたるコラボレーションだ。ストーンとジェスキエールは2012年のメットガラで出会った。ふたりを引き合わせたのはランバンのデザイナーで、このときストーンのためにクリスタルの花をあしらった赤いミニドレスを作り上げた、今は亡きアルベール・エルバスだ。

「これ以上ない最高の出会いでした。彼女はとても優しくて、カリスマ性にあふれていました」とジェスキエールは語る。彼は本稿に添えられた、アヴィニョンの教皇庁宮殿で撮影された写真に登場するすべての衣装を手がけた。ストーンと本稿のために膨大な労力を費やし、オートクチュールに匹敵する、妥協を許さない手仕事のクリエイションに挑んだのだ。「クチュールは実験的だけど、エマはそういった実験的なものが好きなんです」と言うジェスキエールは、コンセプトは「僕の頭の中にある物語、彼女が主演を演じる架空の映画」だと語った。

根底に宿る秘めた想い 彼女のアイコニックな赤毛が映える、美しいショルダーラインが際立つバックコンシャスなボディスーツ。ベルトが一層くびれたラインを強調して。エマは芯の強い華々しい印象とは裏腹に、根底には常に不安を抱え、その感情は“いつ、どんなときにも” 離れないのだと話す。<br /> ボディスーツ ベルト ともに参考商品/ともにLOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)
彼女のアイコニックな赤毛が映える、美しいショルダーラインが際立つバックコンシャスなボディスーツ。ベルトが一層くびれたラインを強調して。エマは芯の強い華々しい印象とは裏腹に、根底には常に不安を抱え、その感情は“いつ、どんなときにも” 離れないのだと話す。 ボディスーツ ベルト ともに参考商品/ともにLOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)

ジェスキエールとストーンは、幸を引き寄せる。それほど相性が良い。ちょうどストーンがハリウッドの頂点に立った頃、ジェスキエールはルイ・ヴィトンでのポジションを得た。熱心な映画ファンである彼(特にストーンの初期の作品『ラブ・アゲイン』(2011)は大のお気に入りだ)は、彼女の演技からインスピレーションを得てきた。ストーンが『哀れなるものたち』で公の場に登場するときのために制作した衣装は、当映画でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞した衣装デザイナーのホリー・ワディントンが手がけたピースからインスパイアされていた。ブルーのミドル丈のドレスに、ベラ・バクスターが劇中で身につけている誇張されたショルダーラインの服をイメージしたシュシュのようなローブを合わせるなど、その影響は随所に見られる。

「彼女は別にファッション狂というわけじゃないです」とジェスキエールは語る。「でも、服そのものや生地の質、高いクラフツマンシップを重んじています。どんなふうに作られているかに興味があるんです。僕たちのやり取りはとても刺激的で、まるでテニスの試合のように、お互いのアイデアを打ち合っています」「ニコラは特に何もせずにただ一緒に時間を過ごしたり、ディナーに行ったり、人生やあらゆることについて話せたりする相手」だとストーンは言う。「デザイナーとそんな関係を築けたのは、アルベールだけでした。彼がいなくなって、すごく寂しいです。人情に厚く、愛情深い人でした。ニコラにも、そういう人間味があるんです」

ストーンのパートナーであるマッカリーと、ジェスキエールのパートナーであるドリュー・クーゼはどちらもサンディエゴ出身という共通点があるとストーンは語る。さらにふたりは、ユーモアのセンスも似通っている。そのセンスは、2024年のアカデミー賞授賞式でも発揮された。『哀れなるものたち』で主演女優賞に選ばれたストーンは、オスカー像を受け取りに舞台に向かう途中、ルイ・ヴィトンが提供したチューリップのような形のストラップレスドレスのファスナーが壊れていることに気づいたのだ。

一部始終をテレビで見ていたジェスキエールは、愕然とした。だがストーンはステージ上で冗談めかしてこう言ったのだ。「『I’m JustKen』のパフォーマンスを観ているときに壊れちゃったみたいです」。これに先立ち、旧友のライアン・ゴズリングが『バービー』の楽曲をステージで披露し、観客も総立ちで盛り上がっていたのだ。そのあまりの面白さからはしゃぎ過ぎてファスナーが壊れてしまったと、ハプニングをさりげなくフォローしてみせた。「心のこもった気配りだった」とジェスキエールは言う。「あのハプニングのすべてが、僕にとっては、とてもすてきなものになりました。けれど、あれ以来、ファスナーを前より丈夫なものにしています」

絢爛たる引力 エマの持つ底なしの華麗な魅力を象徴するかのような花々をあしらったブラトップと、ヘッドバンドとして着用したスカーフ付きのオールインワン。映画『哀れなるものたち』のベラ・バクスター役で彼女は2度目のアカデミー賞を受賞したが、近頃の緊張をはらむ役柄について、「答えを与えるより、多くの問いを投げかける題材に惹かれる」と語る。ブラトップとヘッドバンドとして着用したスカーフ付きのオールインワン 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)
エマの持つ底なしの華麗な魅力を象徴するかのような花々をあしらったブラトップと、ヘッドバンドとして着用したスカーフ付きのオールインワン。映画『哀れなるものたち』のベラ・バクスター役で彼女は2度目のアカデミー賞を受賞したが、近頃の緊張をはらむ役柄について、「答えを与えるより、多くの問いを投げかける題材に惹かれる」と語る。ブラトップとヘッドバンドとして着用したスカーフ付きのオールインワン 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)

ストーンとマッカリーが2020年に屋外で挙げた小さな結婚式では、ジェスキエールはストーンのウエディングドレスと、フェザーをあしらった披露宴用のミニドレスをデザインした。ミニドレスは、ソーシャルディスタンスが求められたコロナ禍でパーティーを開くことができず、披露される機会を失った。そこで彼女は、2022年のメットガラでこのドレスを着ることにしたのだ。「あのドレスは一生の思い出」だとジェスキエールは語る。「彼女のような友人がいることを誇りに思います」

ストーンとマッカリーの関係は「サタデー・ナイト・ライブ」から生まれた。2016年、当時スタッフライターだったマッカリーが「Wells for Boys」という風刺が効いたCM風コントでストーンを起用。ストーンは笑えるほど繊細な息子を溺愛する母親を演じた。ふたりの関係が公になったのは2019年初頭のロサンゼルス・クリッパーズ戦で、コートサイド席でデートしているのを目撃された。ふたりは今も熱心なスポーツファンで、マッカリーはストーンが応援するフェニックス・サンズに鞍替えし、ストーンはマッカリーの影響でサンディエゴ・パドレスの熱狂的なファンになった。

SNLは今もふたりの共通項だ。ストーンは「SNLのWAG(スター選手の妻や恋人)」を自称し、また長年出演してきた。番組の制作者、ローン・マイケルズは言う。「だからスタジオで彼女を見かけても驚かないんです。すっかりなじんでいるので」 「子どもの頃のヒーローはみんなSNLの人たちでした」とストーンは言う。「私には“レギュラーメンバー”の素質はないですが」(マイケルズはそうは思っていない。「はじめから分かっていましたが、彼女はスターですよ」とストーンを称賛する」)。

2025年2月のSNL50周年記念番組で、ストーンはモリー・シャノン演じる50歳の女性サリー・オマリーとスタジオでハイキックを披露した。そのときのドレスはジェスキエールがデザインしたもので、ポップコーン好きのマイケルズへのオマージュとして、腰の両サイドにポップコーンのカップがあしらわれていた。

現在、ストーンとマッカリーは共同で制作会社フルーツ・ツリーを経営している。ストーンが選ぶ出演作と同様、同社のラインナップは分類不可能だ。ストーンの長年の友人で彼女のことを「フェアリー・ゴッドマザー」と呼ぶジェシー・アイゼンバーグによる3本の映画、フリオ・トレスのコメディ作品、「The Yogurt Shop Murders(原題)」という本格ドキュメンタリーのほか、「THE CURSE/ザ・カース」も共同製作した。この作品で、ストーンはベニー・サフディと共同で本シリーズを執筆したネイサン・フィールダーと再びタッグを組んだ。彼女はフィールダーの別シリーズ「リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-」の大ファンだと言う。「ネイサンにはぜひ、ノーベル賞を獲ってほしいです」

「答えを与えるより、多くの問いを投げかける題材に惹かれる」とストーンは語る。「批判的思考こそが人間が持つ最も貴重な資質だと思います。問いかけられ、自分で答えを探す感覚が好きなんです」。最近はアイゼンバーグの強い勧めで、2020年に出版されたベンハミン・ラバトゥッツの著書で、道徳と科学を題材にした『When We Cease to Understand the World(原題)』を読み込んだ。今回の取材時には、イーディス・ウォートンの『国の慣習』を半分まで読んだという。

ニューヨークに住むストーンとマッカリーは時折、レッドカーペットに姿を見せる。ちなみにパドレスがニューヨークで試合するときは、球場でふたりを見かける確率は300パーセントだ。だがそれ以外は、大都会でごく控えめな生活を送っている。2014年に『キャバレー』のサリー・ボウルズ役でブロードウェイデビューを果たしたストーンは、メアリー・トッド・リンカーンを描いたコール・エスコラのトニー賞受賞作『Oh, Mary!(原題)』を絶賛し、再び舞台に立つことにかなり前向きだ。(いつか演じたいのは戯曲『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』のマーサ役だという)。

敬愛の抱擁 優美なオールインワンのエマと、親友で、長きにわたりルイ・ヴィトンのウィメンズ・コレクションのアーティスティック・ディレクターを務めるニコラ・ジェスキエール。「ニコラは特に何もせずにただ一緒に時間を過ごしたり、ディナーに行ったり、人生やあらゆることについて話せたりする相手」とエマは語った。〈右〉ブラトップとスカーフ付きのオールインワン 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)
優美なオールインワンのエマと、親友で、長きにわたりルイ・ヴィトンのウィメンズ・コレクションのアーティスティック・ディレクターを務めるニコラ・ジェスキエール。「ニコラは特に何もせずにただ一緒に時間を過ごしたり、ディナーに行ったり、人生やあらゆることについて話せたりする相手」とエマは語った。〈右〉ブラトップとスカーフ付きのオールインワン 参考商品/LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン クライアントサービス)

ストーンがソーシャルメディアへの投稿を避けているのは有名な話だ。彼女がTikTokに没頭する姿を見ることはないだろう。カボチャとオートミールのクッキーを焼いたり、4歳になったルイーズ・ジーンと一緒にアニメの「ブルーイ」を観たりして、日々を過ごしている可能性のほうがはるかに高い。「これほど幸運に恵まれたと思うことはありません」と娘について語るストーン。「間違いなく、娘は私の人生で最高の贈り物です」(ちなみに「ブルーイ」に関しては、第2シーズンの傑作エピソード「Sleepytime」がイチオシだという)。

「母親になるのは本当に大変なことなのに、彼女は優雅にこなしている」と語るのは、『スーパーバッド』でストーン演じるジュールズの友人、ベッカ役を演じた俳優のマーサ・マックアイサックだ。マックアイサックには子どもがふたりいることもあり、今でも親しい間柄だ。「陣痛に耐えているとき、彼女とFaceTimeで連絡を取り合いました。2回とも、とてもいいアドバイスをくれましたね」

母になったことで、創作に関するストーンの選択にも変化があった。「すべてが合理的になりました」。今では仕事を受ける前に自問する。何カ月も家を離れ、撮影現場で娘に長い間会えなくても、やる価値がある仕事かと。「陳腐な言い方ですけど、何もかもが変わりました。同時に、すべてがシンプルになったんです」

演技力はどうだろう。親になったことで、さらに向上したのか。役者として、より深い感情表現ができるようになったのだろうか。 エマ・ストーンは一瞬、間を置いてから答えた。

「確かに違う何かが解き放たれたとは思います。母親になったことが直接的な理由かどうかは分からないですけど、何もかもが良い意味で抑えきれなくなって、あらゆる感情を感じ取ることが実感できるようになりました」

Styled by Grace Coddington Original text in English by Jason Gay Produced by Farago Projects Hair: Mara Roszak Makeup: Pat McGrath Tailors: Francesca Camugli and Michael Morgado Manicurist: Emi Kudoz

元記事で読む
の記事をもっとみる