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「誰かが盗んだ!」と叫ぶ高齢者患者。汚物の中から発見された財布に入っていたのは…大捜索の結末やいかに

  • 2026.1.24
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

病院という密室では、日々さまざまな「捜索大作戦」が繰り広げられます。中でも「財布がなくなった」という訴えは、私たち看護師にとって最も緊張する瞬間のひとつです。

今回は、軽度の認知症を抱えるAさんとの「探し物」を通じて知った、患者さんが必死に守ろうとしている「心の拠り所」についての物語をお話しします。

「誰かが盗んだ!」から始まったパニック

Aさんは、普段は穏やかな高齢の女性です。しかしその日は、朝から血相を変えてホールを歩き回っていました。

「財布がないの!誰かが盗んだんだわ!」

Aさんの金銭管理は病院が行っており、手元にあるはずの財布には現金は一円も入っていないはずです。しかし、彼女は「警察を呼んで!」と叫び、ついにはゴミ箱までひっくり返して捜索を始めました。

「誰かに盗まれた」といった訴え(物盗られ妄想)は、認知症の症状のひとつとして現れることがあります。私は彼女の興奮を鎮めるため、「一緒に探しましょう」と寄り添い、汚物も厭わずゴミ箱の底や、シーツの隙間に手を突っ込みました。

汚物の中から発掘された、一円も入っていない財布

捜索を始めて三十分ほど経った頃でしょうか。汚物入れのさらに奥、丸められた紙屑の下から、茶色の古びた財布が見つかりました。

「ありましたよ、Aさん!」

私が差し出した財布を、Aさんはひったくるように受け取りました。中を確認すると、やはり現金は空っぽです。しかし、彼女が震える手で真っ先に確認したのは、小銭入れではなく、カード入れのさらに奥にある小さな隠しポケットでした。

そこから出てきたのは、何十年も前のものであろう、色褪せた一枚の家族写真でした。若かりし頃のAさんと、幼いお子さんたちが、眩しそうに笑っている写真です。

探し物は「自分自身」を取り戻す作業だった

その瞬間、私は自分の浅はかさを恥じました。私は「お金が入っていない財布」を探しているつもりでしたが、Aさんが必死に探していたのは、「家族との記憶」そのものだったのです。

認知症によって、昨日食べたものや、今日の日付は忘れていく。けれど、この写真に写っている温かな時間だけは、失いたくない。

Aさんにとって、この財布は…世界で唯一の「命綱」だったのかもしれません。

「よかった…これだけは、なくなったら困るの」

隠した場所すら忘れてしまう切なさと、写真を見つけた安堵。Aさんの目からこぼれた涙を見て、私は彼女が日々、どれほどの孤独と恐怖の中で「記憶の欠片」を繋ぎ止めようとしているのかを痛感しました。

看護師は「心の探偵」

病院での探し物は、単なる物忘れのトラブルではありません。それは、患者さんが非日常の世界で失いかけている、自分の「アイデンティティ」を取り戻そうとする必死の抵抗でもあります。

私たち看護師の役割は、ただ物を見つけることではなく、その捜索の果てにある患者さんの「心の空白」を一緒に埋めることにあります。

ゴミ箱の底で見つけたあの写真は、Aさんの止まっていた心を、再び動かしてくれました。探し物を通じて見える患者さんの背景に、これからも丁寧に向き合っていきたい。そう強く感じた出来事でした。



ライター:精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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