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意外と知らない「自分の電車を1両も持たない鉄道会社」なぜ?鉄道業界15年のプロが明かす“ウラ事情”

  • 2026.3.19
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

皆さま、こんにちは。現役鉄道会社社員の福本明文です。

私たちが普段利用している鉄道。駅では切符が販売され、ホームには電車がやってきます。何気なく「〇〇線の電車に乗っている」と考えると思いますが、実は鉄道の「保有」の形にはさまざまなスタイルがあることはご存じでしょうか。

かつて、鉄道会社といえば「自前で地面を買い、線路を敷き、車両を造って走らせる」のが当たり前でした。しかし現代では、車両を持たない会社や、逆に線路を持たない会社が関係し合いながら日々鉄道を運用しています。今回は、日本の鉄道経営を支える「保有」の仕組みと、その背景にある事情について解説します。

「自前」が基本だった時代の仕組み

日本で鉄道の運行が始まった当初、鉄道会社は土地の買収から設備の建設、車両の製造、そして日々の運行までを一貫して行っており、長らくこのスタイルが一般的でした。施設や車両の保有から運行まで行う鉄道事業者を法律上(鉄道事業法)では「第一種鉄道事業者」と呼びます。

JR各社や私鉄の多くがこれに該当します。これらの事業者は単に列車を走らせるだけでなく、駅舎の清掃から線路のメンテナンス、さらには膨大な固定資産税の支払いまで、すべてを自社で負担します。

神戸が生んだ「神戸高速鉄道」

この「自前で保有する」という常識に一石を投じたのが、兵庫県神戸市の「神戸高速鉄道」でした。

かつての神戸市内には、阪急電鉄、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道、神戸電鉄という4つの鉄道がそれぞれ別のターミナルを持っていました。これらをつないで利便性を高めるために誕生したのが神戸高速鉄道です。

特筆すべきは、この会社が自前の車両を1両も持っていなかったことです。神戸高速鉄道はトンネルや線路、駅という施設だけを用意し、そこへ各社の車両が乗り入れるという形態をとりました。当時の法律にはまだ明確な区分がありませんでしたが、この施設のみを保有するスタイルは、後の鉄道経営に大きなヒントを与えました。

「上下分離」を支える二種と三種の正体

現在、鉄道事業法では役割分担に応じて以下の3つの区分が定義されています。

  • 第一種鉄道事業者: 施設保有も列車運行もすべて自社で行う。
  • 第二種鉄道事業者: 自前の線路を持たず、他社の線路を借りて列車を運行する(例:JR貨物など)。
  • 第三種鉄道事業者: 線路や施設を保有し、それを第二種事業者に貸し出す。自社では列車を走らせない。

この「インフラ(下部)」と「運行(上部)」を切り分ける考え方を「上下分離方式」と呼びます。

都市の巨大プロジェクトを支える「第三セクター」

最近の都市部における新線建設では、この上下分離が積極的に活用されています。

例えば、大阪で建設が進む「なにわ筋線」は将来的にJR西日本と南海電車が乗り入れる予定ですが、建設の主体となっているのは「関西高速鉄道」という会社です。この会社は自治体や鉄道会社が出資する第三セクターで、JR西日本の列車が運行されているJR東西線の建設と施設の保有も行っています。なにわ筋線でも開業後は施設を保有する「第三種」となり、JRや南海が「第二種」として運行を担う形になると考えられます。

なぜわざわざ分けるのでしょうか。それは、現代の新線鉄道の建設には莫大な費用がかかるからです。民間企業がすべてを背負うには負担が大きすぎますが、自治体が関わる第三セクターが受け皿となることで公的な支援を受けやすくなり、自治体にとっても都市機能の向上という公共の目的を果たしやすくなるのです。

地域鉄道を守るための「救済の上下分離」

上下分離の役割は華やかな新線建設だけではありません。今、全国のローカル線では存続のための手段としても活用が広がっています。

深刻な赤字に悩むローカル鉄道において、民間の鉄道会社のみで線路や橋梁の老朽化対策を行うのは限界があります。そこで、自治体が線路や土地を買い取って「第三種」となり、鉄道会社は運行だけに専念する「第二種」になるケースが増えています。

これにより、鉄道会社は重い固定資産税や大規模改修の負担から解放され、安全運行に経営資源を集中できるようになります。また、自治体が第三種にならずとも、実質的に維持費を補助する「みなし上下分離」という手法も登場しており、保有のスタイルはより柔軟で複雑なものとなっています。

多様化する「鉄道の未来」

都市の再整備、人口減少や人手不足、そして激甚化する自然災害。鉄道会社を取り巻く環境は複雑化しています。そんな環境の中で鉄道会社がすべてを抱え込む以外の選択肢が選ばれるようになったのは当然のことなのかもしれません。

線路を持つ会社、車両を走らせる会社、そして、それらを支える自治体がそれぞれ役割を分担し、複雑に絡み合う現在の鉄道の「保有」の姿は、大切なインフラを次世代へつなぐための知恵の結晶なのです。

あなたが今日乗ったその電車、実は「線路の持ち主」と「電車の持ち主」が違うかもしれません。車窓を眺めながら、そんな鉄道の裏側に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。



ライター:福本明文
大学卒業後、鉄道会社に総合職として入社し、鉄道業界を15年以上経験。鉄道部門だけでなく、関連事業部門のタクシーやバス、小売りなどを幅広く経験。現在はWebライターとしても活躍し、広報を担当した経験からコラム記事の執筆からSNSへのコンテンツ提供まで幅広く活躍中。


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