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「この世界でどう生きる?」──アリ・アスター監督が語る、“加速する現実”と映画の役割

  • 2025.12.12

映画は時に、世界を映す鏡だ。社会問題をテーマにしたり、モチーフにしたり、私たちは物語を通して、世界と直面する。アリ・アスター監督の新作映画『エディントンへようこそ』は、2020年代の現実がそのまま物語の土台になっている。SNS、フェイクニュース、分断、そしてAIの加速──。今回、来日したアリ・アスター監督に話を聞くと、彼自身が強い危機意識を抱きながら、この時代を見つめていることがよくわかった。エンタメでありながら、私たちの感情を動かす物語。映画を鑑賞する私たちが映画から何を読み取れるのかを考えていきたい。

「なぜ誰も描かないのか」──現代を題材にした理由

© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.Harumari Inc.

なぜ現代社会の恐怖──SNS、コロナ禍など──を今回、映画にしたのだろうか。その問いにアスター監督は、ごく真っ直ぐこう言い切った。

「まさに起こっていることだから作ったわけです。むしろ、なぜ他の作品がこの題材を扱わないのか、少し混乱しているくらいです」

“混乱”という言葉から、むしろ彼にとってこの映画化は必然だったのだとわかる。
「2020年に始まった一連のプロセスはまだ続いており、過去のことではないですよね。私たち自身がその渦中にいるため、社会全体がまだこのできごとを消化しきれていないのかもしれません」
そう監督が語るように、世界中を席巻した2020年の不安は、映画の“根”になっている。そしてそのまま世界的に戦争や政治的な混乱は続いているといえるだろう。

「2020年当時、私は家族のいるアメリカ・ニューメキシコに滞在していました。ウイルスを非常に恐れ、あらゆることに気をつけ、慎重になっていました。そして、このロックダウンが永遠に終わらないのではないかという不安を感じていたことをよく覚えています」

© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.Harumari Inc.

この「永遠に終わらないのでは」という感覚は、多くの人が共有していたはずだ。
監督自身も例外ではなく、それは圧倒的にリアルな恐怖の源泉だったのだ。だからこそ本作が生まれた。過去作『ヘレディタリー/継承』(2018年)、『ミッドサマー』(2019年)、『ボーはおそれている』(2024年)に比べ、私たちにとってかなり身近なテーマ。だからこそ、感情が大きく動かされる。

SNSを観察して見えた“残虐さ”と“加速度”

© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.Harumari Inc.

『エディントンへようこそ』では、作中にSNSやオンラインの画面が何度も挿入される。

「現代人はインターネットの中に生きており、誰もがアルゴリズムに影響されています。それぞれが得る情報が違うために、お互いの話がまったく通じなくなっているという状況を描いています」
確かに、登場人物は全員それぞれ信じているものが違う。それゆえのスレ違いや対立は、責められるものではないし、それは作中だけでなく、私たちが生きる現実世界でもそう。思い当たることがあるはずだ。

監督は脚本執筆時に、普段よりSNSを頻繁に観察したという。
「ミーム文化の中で嘘が非常に速く広まること」「分離主義や極端な思想が増長していること」「言葉がより残虐になり、人々の最悪の衝動が抑制されなくなっていること」
に危機意識を抱く。

「この状況は、本当に悲劇的だと思っています。それに、どんどん悪くなっている」

この“観察者としての冷静さ”は、ホラー映画の作り手という肩書きを越えて、時代を読み解く作家のまなざし。私たちは、そのメッセージを映画という物語から受け取る。

恐怖とユーモアが混在する本作は“現代の感情速度”そのもの

© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.Harumari Inc.

本作では、思わずハッとするような恐怖のシーンと、クスッと笑ってしまうユーモアの場面が混在している。これは映画の中のことだけでなく、現実としてそうなのだと監督は語る。
「インターネットやミーム文化そのものが、恐ろしく危険であると同時に、どこか笑ってしまうような、不条理で馬鹿馬鹿しい側面を持っていますよね。インターネットは笑えるし、残酷だし、そして“愚か”。そのすべてがあることを作中で表現すべきだと思いました」

© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.Harumari Inc.

ホアキン・フェニックスが演じる主人公のチグハグさも思わず笑ってしまう。正義があるのか、ないのか。良い人なのか、悪い人なのか。見方にもよるようにも思える。それは人間の本質なのかもしれない。そのキャラクターをホアキン・フェニックスが演じることに映画の面白さはある。

「ものすごく強くも見えるし、ものすごく弱くも見えるキャラクターという表現の幅広さが、まさしく彼の俳優としての魅力だと思います。俳優としてのホアキン自身が、とても面白く可愛らしい面と、同時に非常に強烈でダークな面の両方を持ち合わせている人物なんですよ。以前の作品でご一緒して友人になってから、彼の持つ人間としての幅の広さを知りました」

SNSと分断の時代において、“強さと弱さが同居する人間像”は、もはや象徴的なのだろう。そんなリアルを、名優がどう演じるか……。それは、映画というエンタメの面白さの根幹でもある。

映画は、いまの世界を理解するための「教科書」かもしれない

本作の鑑賞・そして監督のことばを通して見えてくるのは、現代が“あまりに速くなりすぎた世界”だという現実。そして、監督にはこう聞かれているような気がする。

「この速度で、私たちは本当に生きられるのか?」

映画を観るという行為は、ほんの少し世界のスピードを止め、自分の感情の位置を確かめる時間になる。映画は、大人にとって“世界を理解するための教科書”ともいえるだろう。

ジャパンプレミアにて舞台挨拶に登壇するアリ・アスター監督Harumari Inc.

東京国際映画祭のジャパンプレミアで初上映された「エディントンへようこそ」。過去作よりグッと身近になったテーマに多くの観客が衝撃を受けた本作は、いよいよ今週末より全国公開だ。

ホアキン・フェニックスの名演技を支える共演にペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラーなどの豪華キャストを迎えた本作。注目作が放つメッセージを鑑賞後に自分がどのように受け取るのか、ぜひ確かめてほしい。

エディントンへようこそ
公開日:2025年12月12日(金)
公式WEB:https://a24jp.com/films/eddington/Harumari Inc.
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