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「エルメス」が描く冒険者。闇の先に広がる、未知なる世界への旅立ち

  • 2026.3.16
@Zoe Joubert

今季のファッションウィークでは、多くのデザイナーが「複雑で多面的な女性の内面」について語るのを耳にしてきた。そう口をそろえるデザイナーの多くが、女性であることも興味深い(ミウッチャ・プラダ、マリア・グラツィア・キウリ、サラ・バートンなど)。

@Zoe Joubert

パリ・ファッションウィーク5日目に発表された「エルメス」のショーで、ウィメンズ・クリエイティブ ディレクターのナデージュ・ヴァンへもまた、そのテーマに向き合った女性デザイナーの一人だ。暗闇のように不確かな現代で、彼女が伝えようとしたのは「女性に内在する権威」だと語る。「今回伝えたかったのは、ある種の“力”です。単なるパワーというよりも、自分自身の中にある権威、自分自身を支える確かな感覚です。自分の中に軸を保ち、地に足をつけているということ。未知を恐れない女性の物語を思い描きました」

@BK

会場に足を踏み入れると、青い薄暮に包まれた幻想的な森のような空間が広がっていた。床一面に苔(こけ)が敷き詰められ、暗がりの中を蛇行するランウェイが伸びている。遠くの壁には月を思わせる光の円形の開口部。モデルたちはその光の門から現れ、植物の間を縫うように歩き始めた。

Carlo Scarpato / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

「私はヘカテ(ギリシア神話に登場する、生命の破壊と回復の両方を体現する女神)を思い浮かべました。二つのたいまつを持ち、境界の世界を進んでいく存在。人生そのもののような、夜というリミナルな領域(昼と夜の境界)を進んでいく姿です。だからこれは悲しみではなく、むしろ励ましの物語なんです」と話すナデージュ。

launchmetrics.com/spotlight
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物語の情景はカラーパレットに反映されている。深いブラックから始まり、土を思わせるブラウン、苔(こけ)のようなグリーン、メゾンを象徴するボルドー、そして差し込むイエローへと移ろう。まるで日没直後の地平線の色彩のようだ。シルエットの中心となるのは、身体に沿うボディコンシャスなライン。ショートジャケットにサイハイブーツ、スリムなレザーパンツを組み合わせ、途切れることのない流れるようなシルエットを描き出す。

launchmetrics.com/spotlight
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内側にシルクを備えたバイカラーのポロネックがウールやレザーコートの下からのぞき、ミニスカートは透け感のあるカラータイツの上に重ねられた。「エルメス」らしい色で遊ぶアプローチは顕著だが、光と闇の関係を際立たせるキアロスクーロ(明暗対比)の概念を象徴するカラーブロッキングが新鮮だ。

launchmetrics.com/spotlight
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配色は今季、ナデージュが紡ぐ物語の中で重要な役割を果たしており、彼女はこう説明した。「カラーパレットは機能的とか論理的というよりも、夜の効果から来ています。暗闇に目が慣れてくると、突然、物の形や輪郭、色が違って見えてくることがありますよね。それこそが光と影の関係です。夜は敵対するものではなく、むしろ生かしてくれる存在と気づくこともあるでしょう」

launchmetrics.com/spotlight

金属的な光沢を帯びた織物は、遠くから見るとボルドー、近づくと深いグリーンにも見え、夜の空気をまとったような幻想的なテクスチャーを生み出していた。さらに、黒に見えるほど深いネイビーのレザーにはラメをコーティングする特殊加工が施され、星空を思わせる輝きを放つ。まるで、暗闇があるからこそ星々が輝くのだと言わんばかりに。

@Salvadore Dragone et Gianluca Carraro
launchmetrics.com/spotlight

一方で、メゾンの乗馬文化に根ざしたDNAも変わらずコレクションの中心にある。チェーンベルトでウエストを締めたシャープなテーラードコートや、サドルにまたがる動きを想起させる深いスリットの入ったスカートがその好例だ。アウターの随所にはジッパーが配され、シルエットを変化させると同時に意外性のある機能性を加えている。

@Salvadore Dragone et Gianluca Carraro

多用されたユーティリティポケットは、身軽な装いで冒険へと出る女性像を示唆していた。ひときわ目を引いたグラフィカルなモチーフは、過去にシルクスカーフ“カレ”でコラボレートしたアーティストの作品。塔の足元から無限に広がる空を見上げているかのような構図が描かれ、未知の景色へと視線を誘う象徴的なイメージとしてコレクションに奥行きを与えていた。

@Salvadore Dragone et Gianluca Carraro
@Salvadore Dragone et Gianluca Carraro

月光のセットの中で、「エルメス」の次世代を担うバッグの提案も披露された。“プリュム”と“ピコタン”の新たなミニサイズ、ピラミッド型スタッズが規則的に並ぶウォッチ“メドール”の意匠を取り入れたクラッチバッグも視線を集める。さらに、“ボリード”や“ケリー”にはコットンキャンバスのカバーを重ねることで、バッグの表情を変化させるスタイリングを提案。アクセサリーではシルバーのチェーンが夜の装いに鋭い光を添えた。

Carlo Scarpato / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

ナデージュが「リミナルな領域」と呼ぶ空間のなかで、コレクションはモダニズム、フェミニニティ、神秘性のバランスを探りながら、闇の中でも進み続ける冒険者の姿を描き出した。不確かな時代にあっても、恐れることなく先へ進むこと。闇の向こうに広がる、新しい世界へと向かって。それはまるで、「まだ見ぬ景色を求めて歩き出そう」と優しく背中を押してくれるようだった。

Hearst Owned
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