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引退は記憶力に良さそうだ19カ国7000人の大規模調査で判明――仕事を辞めたらボケるは嘘なのか?

  • 2025.12.11
引退は記憶力に良さそうだ19カ国7000人の大規模調査で判明――仕事を辞めたらボケるは嘘なのか?
引退は記憶力に良さそうだ19カ国7000人の大規模調査で判明――仕事を辞めたらボケるは嘘なのか? / Credit:Canva

日本の慶応大学、早稲田大学、京都大学などで行われた世界19か国・7,432名を対象にした最新の研究により、仕事を引退した高齢者のほうが働き続けている同年代より記憶テスト(合計20語)の成績が平均で約1.3語ぶん高いことが示されました。

この差は「少し気の利いた教育プログラム」を受けたくらいの効果に相当します。

これまで仕事を引退した人々は、現役時代のように脳を使わなくなるため認知機能や記憶力が衰えると考えられがちでした。

しかし新たな研究では引退により少なくとも単語の記憶力が改善する可能性があることを示唆しています。

いったいなぜ「引退」は記憶力を高めたのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年11月24日に『International Journal of Epidemiology』にて発表されました。

目次

  • 「仕事を辞めたらボケる」というのは正しいのか?
  • 引退で記憶力が上がる傾向があるのは間違いないが……条件がある

「仕事を辞めたらボケる」というのは正しいのか?

「仕事を辞めたらボケる」というのは正しいのか?
「仕事を辞めたらボケる」というのは正しいのか? / Credit:川勝康弘 . Canva

「仕事を辞めたら頭がボケる」――そんな噂を聞いたことはないでしょうか。

定年が近づくと、「働かないと認知症になってしまうのでは」と不安になる人も多いかもしれません。

ですが、どうやら話はそう単純ではないようです。

実際これまで、引退が認知機能に及ぼす影響についての研究結果はバラバラで、認知症リスクが上がるとする報告から変化なしというもの、さらにはむしろプラス効果を示唆するものまで一致しませんでした。

意外なことに、先行研究の結論は方向がそろっていなかったわけです。

この食い違いの原因の一つとして、引退の影響には人によって大きな個人差がある可能性が指摘されています。

そこで今回研究者たちは、欧米19か国の50~80歳の約7千人分のデータを最新の機械学習モデルで解析し、引退が高齢者の脳に与える影響と、その人による違いを詳しく調べました。

果たして本当に、定年後に頭が冴える人・鈍る人という“引退格差”が存在するのでしょうか?

引退で記憶力が上がる傾向があるのは間違いないが……条件がある

引退で記憶力が上がる傾向があるのは間違いないが……条件がある
引退で記憶力が上がる傾向があるのは間違いないが……条件がある / Credit:Canva

退職は頭が冴えるのか、それとも鈍るのか?

謎を解明するため慶應義塾大学などの研究チームは、退職の脳への影響を改めて検証することにしました。

米国や欧州を含む19か国で実施された大規模高齢者調査のデータを統合し、50〜80歳の約7千人を数年間追跡して、退職した場合と働き続けた場合の記憶力の違いを比較したのです。

分析には各国で異なる年金支給開始年齢を活用し、退職の影響をできるだけ原因と結果の関係に近い形で推定し、その個人差を探りました。

調査にあたってはデータ上で現役組と引退組にわけられ、記憶テストを行ってもらうことにしました。

具体的にはまず10個の単語を覚えてもらい、覚えた直後に単語を答えてもらうテストと、5分後に答えてもらうテストが行われました。

この2つのテストを合わせることで、合計20語(10語+10語)の時差式の記憶テストになります。

結果、現役組の正解の平均は11.1語で引退組の平均は10.8語と、単純な現役組-引退組の比較では現役組のほうがやや成績が高くなっていました。

しかしこの単純すぎる比較は、実はあまり意味を持ちません。

調査対象となった19カ国では社会保障制度がそれぞれ異なるうえ、健康状態(健康寿命)なども影響してしまうからです。

そこで研究者たちは年金支給開始年齢を新たな「引退」のベースとして採用し、比較にあたっても年齢・学歴・健康状態などいろいろな条件をできるだけそろえた上で意味ある比較を行いました。

すると、引退組のほうが平均して約1.3語(1.348語)多くの単語を正しく言えるという解析結果が得られました。

この差は、退職の有無と記憶テストの成績のあいだに意味のある違いがあることを示しており、統計的にも引退と記憶力の維持・改善が関連している可能性が示唆されました。

これまで引退するとボケると言われていましたが、世界規模の条件をちゃんとそろえた調査では引退が記憶力を上昇させていたわけです。

しかもその上昇幅は20語中1.3語と、かなり大きなものでした。

ですが面白いのはここからです。

研究者たちが被験者たちのプロフィールと成績を分析したところ、引退によって得られる記憶力ブーストには個人差があり、研究チームの推定では効果の範囲がおよそ-0.5語から+2.3語の間にあることがわかりました。

マイナスの値というのは、引退したことでかえって記憶成績が下がった人もわずかながらいたことを意味します。

(※ただそのような人は今回の推定では全体の約1%に過ぎず、ほとんどの人では悪化はみられず改善する傾向が強くみられました。これは引退すると記憶力が下がるというテンプレート的な認識に大きく反するものです)

では、「引退で得する人」はどんな人だったのでしょうか。

解析の結果、引退による記憶力アップの恩恵が大きかったのは、女性、高学歴の人、高所得・高資産(経済的に余裕がある人)の層でした。

さらに特徴的だったのは、職業面ではデスクワーク中心(頭を使う仕事)の人ほど改善幅が大きくなっていました。

また、引退前に健康状態が良好で日頃から運動していた人にも、引退後に記憶力がより向上する傾向が確認されました。

研究チームはその理由について、一つの可能性として、引退によって仕事上のストレスが減ったり、仕事と家庭の両立ストレスから解放されたり、運動や睡眠など健康的な生活に時間を使えるようになるため、それが認知機能の向上につながり得ると考えています。

言ってみれば、ずっと重い荷物を背負っていた人がそれを下ろして身軽になるようなものです。

高所得の人は退職後も健康に投資しやすく、もともと健康で運動習慣がある人は増えた自由時間で運動を続けられるため、記憶力の維持に役立っているのかもしれません。

実際、これらの条件を多く満たす人々では、記憶成績の増加が平均の約1.3語よりも倍近い約2.3語増加が起こると算出されました。

一方、引退しても記憶力がほとんど向上しなかったのは、身体的にハードな仕事に従事していた人たちなどでした。

こうした肉体労働系の職業は先行する複数の研究によって認知症リスクが高いことが指摘されています。

論文ではこの点について、高い身体的負担、低い仕事の裁量の組み合わせによって仕事中の「脳への刺激」が少なくなり、その結果として現役時代から脳への刺激が乏しくなっている可能性を反映していると考えられると述べています。

これらの結果は格差が引退後にも引き継がれ、認知機能の「引退格差」にもなりえることを示しています。

社会的には、「引退は脳に悪いことばかりではない」と示した本研究の意義は大きいといえるでしょう。

仕事中心になりがちな人生観を見直し、引退後の過ごし方次第で認知機能の衰えを遅らせるヒントになり得る可能性を提示したからです。

実際、本研究で用いられた機械学習のアプローチは、一人ひとりに最適な引退時期を予測するツールとして将来応用できる可能性もあります。

もしかしたら未来の社会では、定年退職が「脳の若返りイベント」として祝福される日が来るのかもしれません。

参考文献

「引退」は脳に良い?機械学習で解明した認知機能へのプラス効果と個人差
https://www.waseda.jp/inst/research/news/83000

元論文

Heterogeneity in the association between retirement and cognitive function: a machine learning analysis across 19 countries
https://doi.org/10.1093/ije/dyaf201

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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