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動けるうちは働きたい… 社交的で、仕事熱心だった母。がん治療と仕事の両立【著者インタビュー】

  • 2026.3.2

【漫画】本編を読む

大好きな母と、母と自分を苦しめてきた父がほぼ同時期にがんと宣告された枇杷かな子さん。そこから約2年間の間ダブル介護に取り組んだ日々を綴ったのが『今日もまだお母さんに会いたい』(KADOKAWA)だ。

枇杷さんの前作『余命300日の毒親』は自身の父との記憶をベースにしたセミフィクション。本作にはそのモデルになった父と、母の闘病生活を支えた日々が描かれる。母を虐げ続ける父を介護する葛藤、迫り来る大好きな母との別れへの不安、そしてそれぞれの看取りと母を亡くしてからの感情……。本心を隠すことなく描かれるその物語には、自分自身の両親との別れを重ねずにはいられない。枇杷さんに当時の心境から経験者としてのアドバイスまで、さまざまなお話を伺った。

――お母さまはどんな方だったのでしょうか?

枇杷かな子さん(以下、枇杷):友達が多い人でしたね。がんとは別で1年くらい入院していた時期がありましたが、病院でたくさん友達を作っていたし、飛行機で隣の席に乗った人と連絡先を交換して、一緒にライブに行ったこともありました(笑)。

整理整頓が得意な人ではないのですが、亡くなった後に私の小さい頃の絵だったり作文だったりをすごくきれいにとっておいていたことを知って。捨てていると思っていたのでびっくりしましたね。

――お母さまが、がんになってから変わったなと思ったところはありますか?

枇杷:突然ガラっと変わったということはありませんでしたが、じわじわとした変化はありましたね。マンガとか小説を読むのが大好きな人でしたが、病気に関する本しか読まなくなってしまい、さらにそれすら読めなくなって。見た目にもすごく気を使っていておしゃれも大好きだったのに、服も着やすさ重視であまりこだわらなくなりました。体が思うように動かなくなったり、薬の影響で頭がぼやけてしまうんですよね。

――逆に変わらないところはありましたか?

枇杷:わがままなところですね(笑)。そこに苛立ちもしましたが、少し救われることもありました。母は昔から嫌いなものが多く、また、薬の影響で味覚が変化し食べられるものが極端に少なくなっていきました。何を出しても食べたくないと言う母に「栄養を取らないといけないのにダメじゃん」と言うこともありましたが、それでも食べない頑固さに、イライラしつつも救われましたね。

母は昔からバリバリ働いていて、がんになってからも仕事への意欲がとても強くて。自分で通勤するのが難しくなってからは私が付き添ったり夫や叔母が車を出したりしました。仕事自体は電話でもできるし、会社の方も「無理して出社しなくても体調を優先してください」と言ってくれていたのですが、本人はタクシーに乗ってでも行きたいと。周りが心配になる状態になっても、働き続けようとしていました。

取材・文=原智香

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