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“木の精”を捉えて植物に話しかける──ポルトガル出身アーティスト エマ・ガスパール展覧会『きのせい』

  • 2025.11.26

幼少期から慣れ親しんできたイラストレーション

『きのせい』では、色鉛筆のイラストレーションだけでなく壁全体にも独特の色彩で描かれる。
『きのせい』では、色鉛筆のイラストレーションだけでなく壁全体にも独特の色彩で描かれる。

──まずはエマさんの幼少期について教えてください。

小さな牧場が併設された祖父母の家で過ごす時間が多く、そこでよく絵を描いていました。ストレスを感じずにただただのんびりと過ごし、いろいろなテレビアニメを観て育ちました。でもある日、「このアニメのエンディングがあんまり好きじゃないな」と思ったことをきっかけに、自分でストーリーを考えるようになったんです。次第にそれが膨らんでいき、こういうストーリーだったらいいのにと自分なりに自由に描くことが楽しくなって……今の活動に至っているかもしれないです。

──大学時代は絵に限らず、さまざまなマテリアルを勉強していたそうですね。

両親ともにアートスクールで学んでいたこともあり、自然な流れで自身も大学でファインアートを専攻し、そこで陶芸や造形などさまざまなマテリアルに触れました。同時に絵を描くことは続けていたのですが、その様子を見ていた教授から「イラストレーションはファインアートではない」と言われてしまって。今思えば、自分の精神年齢が低かったのかもしれません。でも当時は素直にその一言にプレッシャーを感じてしまって、しばらく絵が描けなくなりました。代わりに大学ではペインティングをしていました。当時は辛かったものの、抽象画や色彩のバランスについて学ぶことも多く、結果的に経験としては糧になったと思えています。その後、交換留学の制度を利用して、フランス・ニースに5カ月間行きました。

──ニースは自然が多い場所で、エマさんの制作にも合いそうです。

それが全然合わなくて……。場所というより先生との相性がよくなくて、ずっと人の目を気にしながら制作していました。当時の自分の絵は、わかる人にはわかるニッチでコンセプチュアルなもので、その背景にはどこか「こういう絵を描かなければいけない」「こういうふうに考えなければいけない」といった思い込みがありました。本来の自分を見失っていた期間だったと思います。どうにかしてこの状況から脱却しなければと思い、過去の記憶を辿るなかで絵を描くことに立ち戻りました。

描き始めると、自分の内面とつながって制作することがいかに楽しいかを改めて知ることができたんです。紆余曲折ありましたが、今となっては当時の経験があったからこそ、白黒の鉛筆で描いていた絵に色彩が加わるようになったり、作品に活きる技術もたくさん学べたなと思います。

インスピレーション源のひとつは日本の妖怪

『きのせい』で展示中の陶器作品。
『きのせい』で展示中の陶器作品。

──そこからイラストレーションを仕事にしようと思ったきっかけはありますか。

幸いにもあまり意識することなく、自然に仕事になっていきました。フランスからポルトガルに帰国してからはファストフード店とリソグラフの会社で働いていたのですが、どちらの経験もいいものではなく。いつかフリーランスのイラストレーターとして働くことを夢見ていました。そんななか、6年前に思い切って初めて日本を訪れたんです。

糸島のアートレジデンシーに1カ月間滞在して、東京のギャラリーで展示を開催しました。そこではさまざまな出会いがあったのですが、なかでも展示に来てくれた水原希子さんがオフィスキコ(OFFICE KIKO)との仕事に声を掛けてくれたことが、今の活動において大きなきっかけになったと思います。後にパンデミックが起こり、働いていたリソグラフの会社の業務が止まったことで自然と絵を描くことに集中する時間が増えて、仕事につながっていきました。

──とくに、糸島のアートレジデンシーを選んだ理由はあったのでしょうか。

ずっと日本には行ってみたいと思っていて。というのも昔から日本の妖怪が好きで、影響を受けていたんです。アメリカのアニメはいつもどこか単刀直入に結論を見出すように感じていた一方で、日本のアニメは余白があって、観ているうちに自分の想像の世界を膨らませることができました。また、アニミズムの考え方に興味を持っていたのも理由の一つです。

──本展では、植物や野菜など自然をモチーフとした作品が多いように感じます。山梨県・北杜市「0site house」での制作滞在からはどのような影響を受けましたか。

いつも周りの環境次第で絵が変わってくるので、正直なところあまり考え過ぎることなく感覚的に描いていった結果が作品になったという感じです。その場に身を置いてしまえば、あとはインスピレーションを受けとるだけですから。

自分を“受信機”として自然の声を聞いて描く

本展に際して作られたZINE(作品集)は、展示会場で販売中だ。
本展に際して作られたZINE(作品集)は、展示会場で販売中だ。

──普段の制作ではどこから手を動かしますか。メモや写真、下絵などをもとに描くのでしょうか。

とくにメモやドローイングはせず、基本的には日々頭のなかに溜めたアーカイブをもとに感覚的に描いていきます。でも今回はちゃんと準備をしたかったので、ドローイングのメモを残していきました。例えば散歩しているときに形が気になる花に出合ったら、その子のキャラクターやパーソナリティを想像します。そこから絵にするまでは速いです。出合った植物について考えながら形にしていって、ここで完成かなというところで手を止める。言葉では説明しづらいのですが、植物と対話しながら描き進めていきました。

──本展で販売中の作品集にもドローイングがいくつか載っていますね。今回の制作滞在で描いたものですか。

そうです。ただ元の絵に忠実に描いたわけではなく、むしろ描き始めてからの変化を楽しみました。自分でも予想していない形になっていく、“今”を感じる新鮮な体験でした。色彩もドローイングの時点では決めていなくて、描いていくうちに色の組み合わせが見えてきます。形やキャラクターによって選ぶ色が違かったり、気持ち次第でも変わります。なので、最初のアイデアは自分が考えたものですが、最終的に作品そのものに生命が宿るような感覚で取り組んでいます。

──偶然性や余白を楽しむスタイルですね。

自分自身が描くのは、イマジネーションと現実の“間”の世界というか……。制作のプロセスでも、自分は周りの環境や見たものを受けとる“受信機”のような存在で、コントロールしようとせずに受信したものをそのまま描く神秘的な体験でもあるのです。

“木の精”──神秘的な体験を落とし込んだ展示

展示タイトル『きのせい』のロゴも愛らしい。
展示タイトル『きのせい』のロゴも愛らしい。

──展覧会のタイトル「きのせい」には、どのような意味を込めましたか。

実は、最初に考えていたタイトルは「神隠し」でした。でもジブリ作品の印象を持つ言葉だと気がついて、友人にタイトルを相談しながら決めていきました。「きのせい」には“木の精”と“気のせい”どちらの意味も込めていて、そのどちらも北杜での個人的な体験や創造的な瞬間につながっていてしっくりきたんです。

北杜に滞在中のある日、花を摘んで神社に持って行ったときのこと。とくに感情的でも悲しくもないのに、花を置いた瞬間に突然涙が止まらなくなりました。トチノキという巨木の側に座って落ち着いた方がいいと直感的に思って、しばらく腰かけていたんです。すると眠りについてしまって、目覚めた瞬間に不思議と心が温かくなる感じがありました。それで空を見上げると垂れ下がった大きな枝がハートのような形を描いていて、まさに「きのせい」と言える体験でしょう。神秘的な体験の数々を制作中に感じることが多かったので、このタイトルにしました。

──作品のなかには日本語の文章が書いてあるものも。全文が読めない構図でしたが、内容はエマさんが考えたのですか。

これも友人に頼んで書いてもらっていて、絵を描いていくうちに思いついたものです。自分の生活と紐付けすぎたくなかったのと日本語で書きたかったので、内容は今回の展示をサポートしてくれた友人に任せました。あえて全文が見えないようにしているのは、神秘的な部分を残したかったから。鑑賞者のみなさんが作品を目の前にしたとき、それぞれイマジネーションを膨らませる体験になったらうれしいです。

──普段はブランドとのコラボレーションも数多く手がけていますが、個展に向けた制作はまた異なるマインドセットでしたか。

違いますね、でもどちらも楽しいです。展示のときは現実を忘れるくらい、自分の世界との対話になります。時間も体力もいい意味で費やすからこそ、展示が終わった後は必ずしばらく休みますね。一方でクライアントワークの場合は、チームワークで進んでいきます。それぞれの世界を繋ぎ合わせるプロセスが楽しいです。

自分だけで向き合い続けても絵が成長しないように感じていて、どちらもあるからバランスがいい。実際に自分のスタイルは年々変化していて、それは自身の新しい部分に客観的に気づく機会があるからこそだと思っています。

植物との対話の輪を広げていくワークショップ

ZINE(作品集)の中には、制作のインスピレーション源となった自然風景も。
ZINE(作品集)の中には、制作のインスピレーション源となった自然風景も。

──エマさんは定期的にワークショップ「Plant Drawing Club」を開催されています。絵を通して他者と関わるコミュニティを作ろうと思ったきっかけを教えてください。

2025年の初めごろ、私生活で疲弊することがあって信頼できるコミュニティが必要だなと感じたんです。コミュニティのいいところは、相手の気持ちが100%わからなかったとしても、批判的にならず互いに助け合えるところ。誰かに話を聞いてもらうだけでも助けになる瞬間があると思います。制作過程には楽しさもありますが、ふと冷静になると孤独感を感じることも。そこで心地いい空間をみんなとシェアできればと思い、始めました。

プロセスはいつも自分が描くときと同じ。それぞれが気になる植物や花を見つけてもらって、それと対話しながらパーソナリティを想像して描いてもらいます。やっぱり自然は特別な力を持っていると思っていて、祖父母の家で絵を描いていたころの記憶を辿っても、野菜や植物からたくさんのインスピレーションを得ていました。植物に話しかけるとかれらは静かに耳を傾けてくれる。今回の展示中は渋谷パルコでもワークショップを行っています。

『きのせい』で展示中の陶器作品。
『きのせい』で展示中の陶器作品。

──今回は初めて、陶器の作品も登場しましたね。

以前から陶器は作りたいと思っていました。「Plant Drawing Club」が始まった場所でもある青山のセレクトショップ・シーズン(SEASON)に、オーナーのマルコさんがたくさん植物を持ってきたときがあって。もし植物を飾る花瓶があったらな、と思ったのがきっかけで今回花瓶を作りました。今まで扱ったことのないメディウムで、いつも絵を描くときの脳とは異なる使い方。色づけも釉薬で最終的にどう仕上がるのか予想ができなかったのですが、その過程が面白くて仕上がりを見にいくたびに新鮮な気持ちになりました。

──私も一度参加しましたが、植物を通して自分と向き合うセラピーのような時間でした。自然に囲まれた環境ではなく、東京都心でワークショップを行う理由はありますか。

都心ではより普段過ごす時間とのコントラストが感じられます。日々人生のストレスに向き合う生活のなかで、何も考えずにただリラックスできる瞬間に出合える。もちろん自然に囲まれた環境で自分とつながる植物に出合っていくのも特別です。幼少期に戻ったような、好奇心あふれる体験ができます。一方、東京でのワークショップでは、いくつか植物を持ってきて参加者に選んでもらいます。参加者のドローイングがどのように進んでいくのか毎回ワクワクしますよ。みんなのマインドセットがどう変わっていくのか、楽しみな時間です。

Photo_ Courtesy of Ema Gaspar
Photo: Courtesy of Ema Gaspar

エマ・ガスパール『きのせい』

会期/〜12月1日(月)

時間/11:00〜21:00

※最終日のみ18時閉場、入場は閉場時間の30分まで

会場/GALLERY X BY PARCO 東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷PARCO B1F

URL/https://art.parco.jp/galleryx/detail/?id=1834

Photos: Ryo Nagata Text: Yoshiko Kurata Editor: Nanami Kobayashi

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