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朝ドラで19年ぶりの挑戦的な起用で“物議を呼んだ”主人公『ばけばけ』に通ずる演出とは

  • 2025.12.29

2014年度後期のNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『マッサン』は、ニッカウヰスキー株式会社の創業者として知られる竹鶴政孝とその妻・リタをモデルとするマッサンこと亀山政春(玉山鉄二)と、その妻・エリー(シャーロット・ケイト・フォックス)の物語。

※以下本文には放送内容が含まれます。

ウィスキーの醸造技術を学ぶためにスコットランドに留学したマッサンは、現地でエリーと出会い、1920年(大正9年)に結婚。
日本産ウィスキーを作るためにエリーと共に帰国し、広島の実家に戻るが、母の亀山早苗(泉ピン子)は外国人のエリーとの結婚を猛反対する。

ウィスキー造りの内幕を描いたビジネスドラマ

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玉山鉄二 (C)SANKEI

物語は二部構成となっており、前半では大阪を舞台にマッサンが『住吉酒造』、『鴨居商店』といった酒造メーカーを渡り歩きながら、自分なりのウィスキー造りを模索する姿が描かれた。
この前半パートは、お酒に絡んだ当時の商売がどういうものだったかという内幕を描いたビジネスドラマとして面白い。
中でも『鴨居商店』の社長・鴨居欣次郎(堤真一)が自社の『太陽ワイン』を大々的に宣伝するために女性モデルのヌードポスターを撮影する場面は大きな反響を呼んだ。
なお、鴨居欣次郎のモデルはサントリーの創業者・鳥井信治郎で、このポスターのエピソードは実話を下敷きにしている。

母の早苗を演じた泉ピン子を筆頭に『マッサン』には個性的な脇役が多数登場する。
中でも放送当時大きな話題を呼んだのが鴨居社長で、飄々としているが頭の切れる鴨居を、堤真一は華やかな佇まいで演じていた。

そして後半は舞台が北海道に移り、マッサンは工場を建設してウィスキー造りに挑むこととなる。まずは果汁100%のリンゴジュースの製造と販売をおこない資金集めを目論むのだが、売り上げは伸びずに苦戦し、中々一筋縄ではいかない。
史実を元にした話なので最終的に成功することはわかっているのだが、それでも『マッサン』の中々ゴールに到達できない苦難に継ぐ苦難という展開は朝ドラの中でも突出しており、観ていてとても苦しかったが、だからこそ逆に目が離せなかったのを覚えている。

男性主人公と外国人ヒロインの国際カップルという朝ドラの新境地。

これは、脚本を担当している羽原大介ならではの泥臭いストーリーテリングだろう。
『パッチギ!』や『フラガール』といった映画の脚本で知られる羽原の作風は、地に足のついた泥臭いものだ。
人間の良いところも嫌なところも同時に描くことで、きれいごとを超えた人間の奥底にある魅力を掘り下げていく力強いヒューマンドラマを得意としている。

本作においてはマッサンの描写にそれが強く表れている。

彼は国産ウィスキー造りという理想に燃え、妻のエリーに愛情を注いでいるが、それ以外のことはてんでダメで仕事も長続きしない。

『住吉酒造』を辞めさせられたマッサンはその後、新しい仕事を見つけようとするがどれも長続きせず、気が付けば家賃を滞納していた。
そのくせ男らしさにこだわる亭主関白気質でエリーが変わりに働くと言っても聞こうとしない。
無職になったマッサンが言い訳をしては仕事をしない姿を描いた第6週は、放送当時は物議を呼び、その時の印象でマッサン=ダメ男というイメージが決まってしまったように思う。

どんな偉人でも人生には浮き沈みがあり、何をやっても上手くいかない時期がある。聖人君子ではない等身大の男としてマッサンを描くために、無職時代の描写は必要不可欠だったのだろう。

『マッサン』は1995年度後期の『走らんか!』以来、19年ぶりに男性俳優が主演を務めた朝ドラだったが、ここで、長所も短所もある等身大の男としてマッサンを描けたことの意味は大きく、後の『エール』や『らんまん』といった朝ドラの男性主人公も一筋縄ではいかない人物像となっていた。

一方、初の外国人ヒロインとなったエリーの描写は、シャーロット・ケイト・フォックスの日本語と英語を用いたバイリンガルなセリフ回しがとても素晴らしく、マッサンと二人で喋っている場面はとても微笑ましかった。
だが、外国人のエリーを取り巻く状況はとても困難だった。日本が戦時下に入る物語後半では、外国人という理由で特高警察からスパイだと疑われる場面も登場した。

国民的ドラマと言える朝ドラだが、それ故に物語が日本人の視点に偏りすぎていたところがある。だが、外国人ヒロインを登場させた『マッサン』は、これまでの朝ドラにはない多角的な視点を獲得することに成功していた。

現在放送されている朝ドラ『ばけばけ』は、アメリカからやってきた外国人英語教師のヘブン(トミー・バストウ)と松野トキ(髙石あかり)の国際カップルの物語だが、おそらく『マッサン』があったからこそ、実現できた朝ドラではないかと思う。

男性主人公と外国人ヒロインの国際カップルを描いた『マッサン』の功績は大きく、その後の朝ドラに大きな影響を与えている。 放送当時はそのことを特殊なことだと感じずに、自然に物語の世界に没入できた。 実はそれこそが、脚本を書いた羽原大介の凄さだったのかもしれない。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。