1. トップ
  2. 脚本家の“仕掛け”と役者陣の熱演で、日本のテレビドラマ界に風穴を開けた【2025年感動作品】

脚本家の“仕掛け”と役者陣の熱演で、日本のテレビドラマ界に風穴を開けた【2025年感動作品】

  • 2025.12.24

日本のテレビドラマにおいて、SFというジャンルは長らく “鬼門”とされてきた。大がかりな世界観を構築するには膨大な予算が必要であり、日本の制作環境では実現が難しく、実際にこれまで目立ったヒット作は多くなかった。そんな「不毛地帯」とも言えるジャンルに脚本家・野木亜紀子が挑んだ『ちょっとだけエスパー』は、SF的なギミックを鮮やかに駆使しながら、野木らしい地に足のついた人間ドラマを紡ぎ出して見せた。

「ちょっとだけエスパーになる」という絶妙に冴えない設定が、大掛かりな予算を必要とせず、しかも主演の大泉洋にぴったりな設定だった。さらに、コミカルな軽妙さと社会を見つめる鋭い眼差しを両立させ、最終的に未来への希望を見出す感動的な作品へと着地した。全話を終えた今、本作が何を描こうとしたのかを改めて振り返りたい。

エスパーものからタイムパラドックスものへの鮮やかな転換

undefined
『ちょっとだけエスパー』第1話 (C)テレビ朝日

主人公は、就職氷河期世代で家も仕事もない文太(大泉洋)。彼はある日突然、“ノナマーレ”という謎の会社の社員に抜擢される。社長の兆(岡田将生)から下された指令は、“ちょっとだけエスパーになって世界を救う”という困惑するような内容だった。さらに、記憶を失った謎の女性・四季(宮﨑あおい)との社宅での夫婦生活まで用意されるという、奇妙な日々が始まる。

文太に課せられるミッションは“困っている男に傘を持たせる”といった地味なものばかり。しかし、その些細な変化が巡り巡って世界を救うことにつながるのだと、文太は任務をこなす中で確信していく。同じく能力者となった半蔵(宇野祥平)、円寂(高畑淳子)、桜介(ディーン・フジオカ)らと共に活動を続けるが、やがて敵対勢力の出現、そして兆が隠し持つ“真の狙い”が明らかになっていく。

当初、本作は“冴えない中年が地味な能力を得る”という変則的な特殊能力ものとしてスタートする。しかし物語後半、その様相は一変し、壮大な“タイムパラドックス”へと踏み込んでいく。

undefined
『ちょっとだけエスパー』最終話 (C)テレビ朝日

実は兆は、30年後の2055年からやってきた未来人であり、四季は彼の亡き妻だった。兆の目的は、妻が死ぬ運命を変えるために過去を改ざんすること。しかし、一人の命を救えば、引き換えに1000万人が命を落とすことになる。それでも彼は妻を選んだ。この究極の選択に対し、文太たちがどう向き合うかが後半の大きな焦点となった。

未来から来た兆は“過去”を変えようとするが、今を生きる文太たちは「未来はこれから作っていくものだ」と説く。兆が文太たちを選んだのは、彼らが“2025年に死亡する予定”であり、歴史に余計な影響を与えない存在だったからだ。しかし文太たちは自らの運命に抗い、2025年を生き延びることで、運命は自らの手で切り拓けることを証明してみせた。

最終的に本作が提示したのは、希望ある未来を作るのは今を生きる人々であるという力強いメッセージだ。過酷な現実の中でも希望を失わない限り、人生は何度でもやり直せる。それはまさに、現代を生きる人々への“人生賛歌”であった。

大泉洋が体現した、等身大のヒーロー像

undefined
『ちょっとだけエスパー』第4話 (C)テレビ朝日

全編を視聴して改めて思うのは、本作の主人公は大泉洋でなければ務まらなかっただろうということだ。うだつの上がらない中年の悲哀をリアルに体現しつつ、ここぞという場面で勇気を振り絞る姿には説得力がある。日常の可笑しみと、世界の命運を背負う切実さをこれほど絶妙に同居させられる役者は稀有だ。

共演陣も演技派ぞろいで安心して見ていられた。宇野祥平、高畑淳子、ディーン・フジオカはそれぞれの持ち味を活かして物語に奥行きを与えていたし、何より兆を演じた岡田将生の存在感が際立っていた。一見誠実だが裏に狂気を孕むような役どころは彼の真骨頂であり、愛ゆえに他者の犠牲を厭わなくなった男の苦悩を見事に表現していた。

undefined
『ちょっとだけエスパー』第4話 (C)テレビ朝日

また、久しぶりの民放連ドラ出演となった宮﨑あおいは、画面に現れるだけで場を浄化するような可憐さを放ち、物語の情緒を支えていた。やはり、テレビで彼女の芝居をもっと見たいと思う。

役者陣の熱演、そしてSF設定をあくまで“ヒューマンドラマを深化させるための装置”として機能させた脚本家の手腕。そのすべてが噛み合った見事な一作だった。本作の成功を機に、日本のテレビドラマ界でも志の高いSF作品が継続的に生まれることを期待したい。


テレビ朝日系『ちょっとだけエスパー』毎週火曜よる9時〜 放送
TVerで見逃し配信中
https://tver.jp/episodes/epuy2qhk2d

ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi