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「女優デビュー作と思えない」元ミスユニバースジャパンの“演技初挑戦”に高評価、3年前の“野木亜紀子”最高傑作にも出演

  • 2025.12.21

今期放送された『ちょっとだけエスパー』も好評な、日本のドラマ界を代表する脚本家、野木亜紀子。数々のヒットドラマを手掛けてきた彼女の最高傑作は何かと聞かれたら、筆者は迷わず2022年の『フェンス』を挙げる。何重にも複雑な事情が入り組んだ沖縄の基地問題を丁寧に救い上げ、エンターテインメントの物語として提示してみせたこの作品は、野木亜紀子の、社会の現実を見つめるまなざしと、魅力的なキャラクターと魅惑の物語を構築する力がハイレベルに融合した作品だ。

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松岡茉優、宮本エリアナ (C)SANKEI

日本で最も理不尽な扱いを受けるとされる沖縄の現実を、本土の人間にもわかりやすいようにかみ砕いてみせ、これは沖縄の問題ではなく、日本の問題なんだと実感させることに成功した稀有な作品だ。

複雑に絡み合う沖縄の「現在」

下世話な週刊誌でキャバクラレビューを担当しているライターの小松綺絵(松岡茉優)は、編集長の指示で、米兵による性的暴行事件の被害を訴えるブラックミックスの女性・大嶺桜(宮本エリアナ)を取材するために沖縄を訪れる。桜の供述は一見具体的だが、どこか筋の通らない部分があると感じる綺絵は、独自に裏取り調査を開始。キャバクラ時代の客だった沖縄県警の警察官・伊佐兼史(青木崇高)などを利用して、桜の供述は偽証だと迫るが、実は性的暴行の被害に遭ったのは、桜の知り合いの高校生であり、彼女をかばい、犯人を捕まえてもらうために自分が名乗り出ることにしたというのだ。

綺絵は当初、桜が米軍基地反対派の祖母を持つために、暴行事件をでっち上げて反対運動に利用しようとしていると考えた。だが、実際に暴行事件はあり、それは綺絵の想像以上に被害女性に深い傷を残すものだった。そして、日米地位協定によって複雑化している沖縄の事情を知るにつれ、一筋縄ではいかない事件だと綺絵は知ることになる。

米軍が起こした事件の捜査権の問題や、基地で働く人々もいるということ、普天間基地の辺野古移設問題、その埋め立てに使われる土砂には戦争で亡くなった遺骨も含まれていること、桜のように米兵と日本人の間に生まれた人々の存在など、その複雑さを物語は多面的に描いていく。

例えば、米兵は勤務中にひき逃げ事故を起こしても日本の警察には取り締まることができないことが本作には描かれる。勤務中は軍事機密に関わるために外部には託せないという理由だが、ただの出勤時間でさえ、その取り決めが適用される。性的暴行事件も、たとえ被害者が日本人でも、日本の警察ではなくアメリカのNCISが主導権を持って捜査される。

こうした一連の理不尽な扱いは、日本政府とアメリカ政府の間で結ばれた日米地位協定に根差している。「地位協定は憲法よりも上」というセリフが出てくるが、明らかに憲法に違反するかのような事態がまかり通っているのに、日本政府は改善しようとしないという実態がまざまざと描かれる作品となっている。

実力派キャストが体現するリアリティ

本作の主役を務めるのは、松岡茉優。子役デビューの彼女は若くしてその演技力は円熟の域に達しているとベテラン監督の瀬々敬久氏に言わしめた実力者である彼女。今回の役どころは強気な性格だが、心に傷を秘めた女性で、事件の真実を追いかける正義感溢れるライターだ。男の米兵相手にも、ひるまず飛びかかる威勢の良さを持った大胆な人物だが、その実、母親との過去の確執から自暴自棄になっている側面もある複雑な役どころを、見事に体現している。彼女が、沖縄の問題を、日本の問題、ひいては自分の問題として受け止め、成長していくプロセスを描く作品と言えるが、松岡はその微細な変化をもらさず表現してみせる。大胆さと繊細さをあわせもった微妙な芝居は彼女だからこそできたものだろう。

本作のキーパーソンとなるブラックミックスのルーツを持つ桜を演じるのは、元ミスユニバースジャパンの宮本エリアナ。これが本格的な演技初挑戦とは思えないと評価され、自然体で沖縄の風景に溶け込んでみせている。自身も米軍基地のある長崎県佐世保出身で母子家庭に育っており、桜とも共通点が多い。それだけに彼女の口から語られるセリフ、とりわけ差別に関することには強い実感が感じられる。視聴者からも「エリアナの演技自然過ぎた」「これが女優デビュー作とは思えない」と驚きの声が多く上がった。

また、本作には沖縄出身の俳優が多数出演している。最もインパクトが大きいのは、やはり野木作品の常連である新垣結衣が出演していることだろう。彼女が演じるのは性暴力に苦しむ女性たちに寄り添う精神科医だ。大きな悲劇を前にしても優しく粘り強く語り掛ける彼女の存在は、出番は多くなくとも非常に大きい。特に、松岡茉優演じる綺絵に変化を促していく重要な役どころとして機能している。

その他、桜の祖母で戦争経験者の大嶺ヨシを演じる吉田妙子の存在感は抜群だ。彼女の沖縄の「おばあ」としてのリアリティは、本作が絵空事にならないために決定的に重要だった。

「重い宿題」を受け取った視聴者たち

俳優たちもこの作品が描こうとする題材に、特別な想いを抱いて臨んだだろう。その思いは、確実に視聴者へと届いている。

放送後、多くの視聴者が「何も知らないで沖縄のいいところだけみて帰る自分が恥ずかしくなった」「もっと知らなくては」と、自身の無知に対する恥じらいや衝撃を吐露しているのが印象的だ。

劇中、桜が放つ「島の中で賛成も反対も皆で生きていくには曖昧でないとやっていけない」という言葉に心を揺さぶられた視聴者も多い。「社会が変わらないと正しいことができない」「正しくありたいけど、社会が正しくないから正しくいられない」。そんなやり場のない葛藤は、沖縄に限らず、現代の日本社会を生きる多くの人々の胸に深く刺さったはずだ。

沖縄の問題は日本全体の問題であることを、非常に強い説得力で描いて見せた『フェンス』。二転三転するサスペンス要素も見事に視聴者の興味を最後まで離さないし、その展開も見事にテーマとリンクしている。全5話と短くとも、その中身は他のドラマよりも数倍は濃い、必見の傑作だ。


ライター:杉本穂高
映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi