1. トップ
  2. 「私、そんな指示出してません」医師同士の“食い違い”に看護師が絶句。板挟みの現場を救った「たった一つの防御線」

「私、そんな指示出してません」医師同士の“食い違い”に看護師が絶句。板挟みの現場を救った「たった一つの防御線」

  • 2025.12.9
undefined
出典元:photoAC(画像はイメージです)

精神科病棟では、患者さんの繊細な状態を保つため、薬剤調整一つとっても、細心の注意が必要です。しかし、その繊細な現場だからこそ、「患者さんのため」という強い思いがゆえに、チーム内で情報のズレが生じ、静かな火種となることがあります。

今回紹介するのは、若手のA先生とベテランの主治医B先生の間で起きた「指示の食い違い」のお話しです。それは、私自身が「誰の指示に基づくのか」が不明瞭なまま動くことの怖さを痛感し、記録という名の防御線の重要性を再認識する出来事となりました。

ナースステーションに響いた、A先生の苛立ち

夕食前のナースステーションは、いつも通り落ち着いた緊張感が漂う場所でした。カルテ入力をしていると、当直予定のA先生が顔を出しました。

「Cさんの睡眠薬、増やしたの誰の指示ですか?」

A先生の声には、微かな苛立ちがにじんでいました。一瞬、全員の手が止まります。該当の患者さんは前夜に入眠困難が続き、昨夜の当直医が「臨時で追加」した経緯がありました。私はカルテを確認し、「昨夜の当直の先生が、臨時の処方変更をされています」と、事実を伝えました。

しかし、その直後、奥から出てきた主治医のB先生が、眉をひそめながら言いました。「え?私、そんな指示出してませんよ。」

空気が一気に重くなります。電子カルテには変更履歴があり、看護師の記録には「主治医B先生了承済み」と記載。しかし、B先生はそれを否定する。当直医と主治医の間で「伝達のズレ」が生じていたのです。しかも問題は、それが「睡眠薬の増量」という、極めて慎重な判断を要する内容だったことでした。

看護師が直面する、曖昧さの怖さ

B先生の表情は険しく、A先生は困惑。ナースステーションの中は、誰もが息を潜めて成り行きを見守っていました。

この状況で私が最も怖れたのは、「誰の指示に基づき動いたのか」が不明瞭になることでした。昨夜の当直医は患者さんを落ち着かせたいという善意で動いた。

しかし、その指示が主治医の了解なしとされてしまえば、私たち看護師の実施も根拠を失います。どちらも患者さんを思っての行動であることは理解できます。しかし、この曖昧な指示のまま動くことは、安全性のリスクだけでなく、チーム全体の信頼を少しずつ削ってしまう怖さがありました。この板挟みの中で、私の中にも小さな緊張が走りました。

記録が責任の証であり、守るべき看護師の防御線になるという現実を突きつけられた瞬間でした。

「伝えた」と「伝わった」の間に引く防御線

その後医師同士で話し合いが行われ、当直医の「急な対応」が原因であったことが確認されました。

場が落ち着いた後、B先生が私たち看護師に向かって言った言葉が、深く胸に響きました。「記録って本当に大事ですね。誰が、何の目的で動いたかが残っていれば、誤解も防げたと思います。」

この一件で痛感したのは、チーム医療において「伝えた」ことと「伝わった」ことは全く別物だということです。特に口頭指示が多い精神科では、その「曖昧さ」こそが最大の敵となります。誰が、いつ、どの医師から、どんな目的で指示を受けたのか。

この情報を明確に残すことは、医師間のトラブルを防ぐだけでなく、私たち看護師自身の責任の所在を明確にし、身を守るための防御線になるのです。

看護師の「記録」は、信頼の橋渡し

この経験を機に、私たちはチーム内で「口頭指示の記録ルール」を見直しました。主治医不在時の当直医判断であれば、その旨を明確に記載する。一見手間に感じるこの作業こそが、最も確実なトラブル防止策となります。

医師同士のトラブルというと、対立のように聞こえますが、実際は、互いに患者さんを思う気持ちが強いからこそのすれ違いです。そして、その間にいる私たち看護師は、「クッション」として、「正確な記録者」として、両者をつなぐ役割を担っています。

精神科という繊細な現場で働く私たちは、今日も「誰の指示であれ」患者さんの安心を第一に、丁寧に、誠実に記録を残し、チームの信頼という名の火種を守り続けていきたいと思います。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。