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「見たくもない」人工肛門に拒絶反応を示す60代男性。妻の助けも拒み続けた彼が、最後に「自分でやる」と言ったワケ

  • 2025.12.8
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは、現役看護師ライターのこてゆきです。

精神科だけでなく、どの現場にも共通しているのは、「身体の変化を受け入れる難しさ」です。

今回お話しするのは、大腸がんのためにストーマ(人工肛門)の一時増設が必要になった60代の男性。「プライド」と「現実」の間で揺れるその姿から、私は支えるとは何かを深く考えさせられました。

このエピソードを通して、「プライドを守りながら支える看護」についてのお話を紹介します。

「そんなもん、誰だって嫌に決まっとるやろ」

「俺はそんなもん、つける気はない。誰だって嫌に決まっとるやろ」

医師の説明に、60代男性患者Aさんは顔をしかめて言い放ちました。

大腸がんのため、人工肛門(ストーマ)を一時的に増設する必要があると告げられた瞬間のことです。

プライドの高さがにじむ言葉。

「人に迷惑はかけたくない」「弱いところは見せたくない」。

けれど手術は避けられません。

渋々うなずいたAさんの目には、諦めにも似た複雑な色が浮かんでいました。

「見たくもない」受け入れられない現実

術後のストーマケア指導。

初めて自分の腹部に貼られた袋を見た瞬間、Aさんは目をそらしました。

「そんなもん、やりたくない。見たくもない」

看護師が丁寧に説明しても、ぶつぶつと文句を言いながら、どこか投げやりな態度。

それでも最後まで席を立たなかったのは、彼なりの「意地」だったのかもしれません。

指導中、手が震えて思うように動かず、粘着シートがずれて貼り直すたびに、Aさんは苦々しい表情を見せました。

「なんで俺が、こんなことまでせなあかんねん」

その言葉には、怒りよりも悔しさが滲んでいました。

妻のやさしさと、プライドのせめぎ合い

退院後、Aさんはすぐに皮膚トラブルで再入院となりました。

ストーマ周囲は赤くただれ、痛みに顔をしかめながらも「ほっとけ」と言う。

「奥さんもすごく頑張ってケアされていたんですね」と伝えると、

「…勝手にやるんや。俺のからだやのに」と、低くつぶやきました。

本当は、自分でやりたかった。でも、手技もうまくいかない。

パウチ(ストーマ部に取り付ける装具)が浮いたり、漏れたりするたびに自信を失い、できない自分を認めるのがつらくて、妻の手を拒んでしまう。

妻もまた、その様子に戸惑っていました。

「やりたくてもできなくて。手伝うんですけど。でも、見ないでくれって言うから…。私もどうしたらいいか分からなくて。自分で安心してできるようになれたら…」

そう語る声には、心配と切なさが混じっていました。

助けたい妻と、見せたくない夫。

二人の間に漂う静かな距離に、私は人が抱える誇りの重さを感じました。

「できることは本人に」関わり方を変えた日

再入院後、チームで方針を話し合いました。

「もう一度、本人ができるように関わってみよう」そう決めてから、私は焦らず少しずつ距離を縮めていきました。

ストーマの話をする前に、世間話を交える。

「昨日の阪神の試合、惜しかったですね」

「まったくや、守備が甘いんや」

そんなやり取りのあと、私は自然に切り出しました。

「そういえば、昨日奥さんが少しずつ自分でできたらって言ってましたよ」

「…あいつ、そんなこと言うたんか」

そう言いながらも、彼の口元が少しだけ緩みました。

その日の午後、彼は初めて自分の手で袋を外しました。震える手。呼吸が少し荒い。

しかし、その手つきには「やるしかない」という覚悟がありました。

終わったあと、タオルで手を拭きながらつぶやきました。

「…こんなもんか」

その声には、少しの誇らしさと、安堵が混ざっていました。

「やってみたら、案外できるもんやな」

数日後、彼は自分の手でスムーズに交換できるようになっていました。

「昨日は1人で全部できましたね」そう伝えると、Aさんは少し照れたように笑いました。

「まぁ、家内にはこんなところ見せられんけどな」

「いいんですよ。ご自身のペースで、できるところまでで」

「…そうか。ありがとな」

その短い言葉に、初めて信頼を感じました。

退院前日、妻が病室に来たとき、彼は小声でこう言いました。

「…もう自分でできるから」

それを聞いた奥さんの目が、少し潤んでいたのを覚えています。

プライドを守ること、それもまた支援

Aさんの笑顔を見て思ったのは、「自立支援」という言葉だけでは表せない、人間の複雑さでした。

「やりたいけど、見られたくない」

「頼りたいけど、弱みを見せたくない」

そんな揺れこそが人らしさであり、看護の本質なのかもしれません。

支えることは、ときに待つこと。

そして、その人のプライドを壊さずに、そっと手を差し伸べることだと感じます。

Aさんが自分の手でパウチを交換できるようになったあの日、私の中でもひとつの答えが見つかりました。

「できるように支える」のではなく、「できる気持ちを取り戻す」こと。

ストーマケアというのは、「袋の貼り替え」や「皮膚の観察」といった手技的な作業に見えますが、実はそれだけではありません。

ストマを持つようになると、排泄の仕方が変わり、自分の体への見方も変わっていきます。

「人に見られたくない」「情けない」と感じる人も多く、体の変化を受け入れるまでには時間がかかります。

だからこそ、ストーマのケアを自分の手で少しずつできるようになることは、

「もう一度、自分の体をコントロールできた」

「自分で生活を整えられる」

という自信の回復や誇りの再生につながるのだと思います。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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