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朝ドラで見逃せなかった“あえて抜いた”演出 視聴者が気づいた“一つのサイン”とナレーションが作り出した緩急

  • 2025.10.6
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『ばけばけ』第1週(C)NHK

2025年秋は、テレビの前に座る時間が少しだけ特別に感じられそうだ。今年9月にスタートしたばかりの朝ドラ『ばけばけ』と、10月4日から新シーズンが始まったEテレ『阿佐ヶ谷アパートメント』。このふたつの番組をつなぐキーパーソンが、意外にもお笑い芸人の阿佐ヶ谷姉妹なのである。彼女たちはそれぞれの作品で、蛇と蛙としてヒロインを見守るナレーション役と、アパートの“大家”役を担っている。異なる番組に並走するその姿を俯瞰してみると、“癒し”を担う存在としての共通点が浮かび上がる。

朝ドラに持ち込まれた“見守り型ナレーション”

朝ドラにおけるナレーションといえば、通常は物語の背景や心情を補足する“神の声”として機能することが多い。しかし『ばけばけ』で登場したのは、蛇と蛙という奇妙でユーモラスなキャラクターだ。

ヒロイン・松野トキ(髙石あかり)の成長を見守るかたわら、ときに茶々を入れたり、ときに優しく支えたりする。演じるのは、阿佐ヶ谷姉妹の渡辺江里子(蛇)と木村美穂(蛙)。コメディアンとしての軽妙な掛け合いをそのまま物語に溶け込ませる試みは、朝ドラとして新鮮であり、なおかつ視聴者に安心感をもたらしている。SNS上でも「落ち着いてるのにほのぼの感」「ナレーション、和む」と好評だ。

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『ばけばけ』第1週(C)NHK

とりわけ話題になったのは、第3回のエピソード。父・司之介(岡部たかし)が怪しいウサギ商売に手を出し、家族が一時的に羽振りが良くなるが、その裏で暗雲が立ちこめる回である。母・フミ(池脇千鶴)が「きっと前世は蛙だったんでしょう、だけん、無事かえる」と冗談を言った直後に、ナレーションは蛇だけが登場。「ですがその日、司之介さんは帰ってきませんでした」と不吉な言葉を告げる。

この“蛙の不在”が意味するのは、“無事に帰らない”未来を示す暗示だと視聴者はすぐに察知し、SNSでは「蛙=帰る、がいなかったのか……」と多くの考察が飛び交った。

つまり阿佐ヶ谷姉妹のナレーションは、単なる解説役ではなく、物語と視聴者を双方向につなぐ仕掛けになっている。温かいユーモアで和ませながら、ときには象徴的な“抜け”によって不穏さを漂わせる。この緩急の演出は、芸人として舞台で培ってきた呼吸の妙が生きているのだろう。

『阿佐ヶ谷アパートメント』“大家”としての日常見守り役

一方、Eテレ『阿佐ヶ谷アパートメント』では、“大家”として登場している阿佐ヶ谷姉妹。個性豊かな住人たちの暮らしを見守る役を担っている。

住人は年代も背景もさまざまで、テーマは毎回異なるものの、共通するのは“違いを楽しむ”スタンス。大家である彼女たちが柔らかい調子で会話を導き、ときに笑いを差し込みながら進行する姿は、『ばけばけ』での蛇と蛙に通じる“場の安心感”を生み出している。

新シーズンが始まったのは10月4日。テーマは「美穂が面白く盛り立てる」と掲げられ、これまで以上に木村美穂がアドリブ力を試す企画も盛り込まれている。しかも今回は、『ばけばけ』に出演中の岡部たかしと円井わんが“ばけばけ部屋の住人”として登場する回も用意されており、両番組の世界がクロスオーバーする仕掛けになっている。

“ほっこり癒し枠”としての阿佐ヶ谷姉妹

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『ばけばけ』第1週(C)NHK

『ばけばけ』では物語のユーモラスなナビゲーターとして。『阿佐ヶ谷アパートメント』では住人の暮らしを温かく見守る大家として。いずれも直接的な主役ではなく、あくまで脇から寄り添い、小さな笑いを差し込む存在の阿佐ヶ谷姉妹。そのスタンスが、視聴者にとって“ほっこり癒し枠”として機能しているのではないだろうか。

『ばけばけ』の蛇と蛙が“前向きなツッコミ役”であるように、『阿佐ヶ谷アパートメント』の大家もまた、騒がしいニュースや日常のストレスを一時的に忘れさせる緩衝材として機能する。テレビの前で深呼吸できる数分間を提供しているのだ。

『ばけばけ』のナレーションと『阿佐ヶ谷アパートメント』の大家役。舞台は違えど、両者に共通しているのは“人の営みをそっと支える”視点と、“小さな笑いで和ませる”姿勢だ。これらは単なる芸人の仕事を超え、朝という時間帯の文化そのものを形づくる役割を果たしている。

2025年秋、阿佐ヶ谷姉妹はコメディアンでもタレントでもなく、“朝の文化”そのものを体現するアイコンへと進化しつつある。気が早い話だが、来年の『ばけばけ』終了まで、どんな形で朝を彩ってくれるのか。テレビの前で、また一日の始まりを穏やかに迎えるために、彼女たちの声に耳を澄ませたい。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK オンデマンド(放送7日後より配信)・NHK ONEで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_