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まだ序盤の朝ドラ第一週で明かされた“明治の闇” 独特な世界観と今後の展開に“膨らむ期待”

  • 2025.10.6
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『ばけばけ』第1週(C)NHK

9月29日。2025年度後期の連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ばけばけ』の放送が始まった。
本作は、『怪談』の著者として知られるアイルランド人教師の小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーンとその妻・小泉セツをモデルにした、レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)と松野トキ(髙石あかり)の夫婦の物語。

脚本はお笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹のエッセイを原作とするNHKの連続ドラマ『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』で高い評価を獲得したふじきみつ彦で、本作のナレーションを担当する蛇と蛙の声は、阿佐ヶ谷姉妹が担当している。

丑の刻参りから始まる朝ドラ

物語はヘブンとトキのやりとりを見せた後、OP映像を挟んで明治8年へと遡り、幼少期のトキ(福地美晴)の物語が展開されるのだが、いきなり描かれるのが、松野家総出の丑の刻参り。

父親の司之介(岡部たかし)は、藁人形に釘を打ちながら、武士の世を終わらせた薩摩と長州、新政府、ザンギリ頭の商人、黒船で来訪したペリーを呪うのだが、その姿はどこか滑稽である。

武士の時代が終わり、近代化に向かう中で日本人の価値観が激変していった明治時代。
松江藩の上級武士だった松野家は、家柄にこだわるあまり時代の変化についていけず、父は働かないで世の中を呪っていた。

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『ばけばけ』第1週(C)NHK

無職の父親を小学校の生徒と教師に馬鹿にされたトキは、大人になったら小学校の先生になって一家の暮らしを支えようと決意するが、トキにお茶や三味線を教えている雨清水タエ(北川景子)は「武士の娘は金を稼いだりいたしません」と一蹴する。

しかし、元上級武士の当主・雨清水傳(堤真一)は、まげを落としてザンギリ頭にし、新しい時代に合わせて織物の工場を始めると言う。 そして、司之介も重い腰を上げて、舶来のうさぎを高額で売る商いに手を出し、一発逆転を目論むが、簡単にうまくいくわけもなく、司之介と松野家は経済的に追いつめられていく。

武士の時代が終わって近代化が始まった明治初頭の空気は、令和の現代と似ているのかもしれない。
2020年の新型コロナウイルスの世界的流行を経て、国内の状況は大きく変化した。
物価が年々上昇する中、賃上げは追いつかず、生成AIの発展によって今ある職業の多くはやがて失われると囁かれている。一方で国が推進したインバウンド対策によって外国人観光客が押し寄せ、外国人労働者を受け入れることで、少子高齢化で足りない職場の人手不足を補おうとしている。

いつの間にか始まった何度目かの日本の開国に、困惑している日本人は少なくないのだが、その姿は武士の世に取り残されてしまった司之介たち松野家の姿とどこか重なるものがある。

そんな、時代の変化に取り残されてうまく行かない司之介を本作は責めるのではなく、優しく包み込む。
母親のフミ(池脇千鶴)は司之介のことを「時代が変わって明治の世になって、戸惑って、それからずっと立ち尽くしちょるの」と言うのだが、今の日本にも司之介のような人が大勢いて“癒し”のようなものを求めていると、『ばけばけ』の作り手は感じているのだろう。

生活の中に暗闇が存在した時代を描く。

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『ばけばけ』第1週(C)NHK

まだ第1週なので、物語が動き出すのはこれからだが、今後に期待できると感じたのは、冒頭に描かれた髙石あかりが演じる成長したトキがとても魅力的だったからだろう。

凄みを効かせた表情で怪談を朗読するトキの姿を凝視するヘブン。怪談を語り終え、ろうそくを吹き消した後、「たちまち」の意味を教えてくれとヘブンに聞かれたトキは「インスタントリー。あっという間に、の意味です」と答える。
このやりとりだけで、トキの日本語の翻訳が、ヘブンの仕事にとって重要な役割を果たしていたことがよくわかる。
その後、ヘブンは「世界で一番のママさんです」と言ってトキにキスをするのだが、そこで「朝よ。夜だけど、夜だけど、朝なのよ」と蛇と蛙がナレーションで茶々を入れるのが可笑しい。

確かに、こんなに夜のイメージが強い朝ドラは、これまでなかったかもしれない。

その後、OP映像が流れるのだが、映像はポスタービジュアルを担当する川島小鳥の写真で展開されており、トキとヘブンの仲睦しい姿がハンバード ハンバードの主題歌『笑ったり転んだり』と共に流れるのだが、「日に日に世界が悪くなる」という歌詞が物語の世界とリンクしており、とても耳に残る。

写真の二人は明るいが、映像自体は昼でもどこか薄暗く、近年の解像度が高いテレビの映像に慣れていると、全体の輪郭が少しぼんやりとしているように感じる。
現代とは異なり、生活空間の隅々に暗闇が存在し、そこに怪談に出てくる幽霊や妖怪のような存在がいてもおかしくないと感じられた気配を、薄ぼんやりとした映像で再現しようとしているのだろう。
それは牛尾憲輔の劇伴も同様で、背後で自然音のようにうっすらとかかっているのが本作の雰囲気にハマっている。

本作を観ていると生活の中に暗闇が存在した時代の手触りが伝わってくる。
その暗闇は、明治に入り日本が近代化していくにつれて失われていく世界だが、現代にいたるまで妖怪や幽霊の怪談が愛好されているように、人が生きている限り形を変えて残り続けるものなのだろう。
そして、時代に取り残された司之介のような人々にとっては心を守るための優しい隠れ家となるに違いない。

“丑の刻参り”という朝ドラとは思えないおどろおどろしいシチュエーションを描きながらも、恨めしさよりも愛嬌が勝るのは司之介を演じる岡部たかしの人柄もあるだろうが、本作で語られる怪談の世界そのものを近代から取り残された人々が身を隠す優しい世界として描きたいからではないかと感じた。


NHK連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK オンデマンド(放送7日後より配信)・NHK ONEで見逃し配信中

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。