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30歳で書き上げた傑作から“わずか約1年”… NHK単発ドラマで堂々のデビューを飾った脚本家の“新たな挑戦”

  • 2025.8.25
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飯塚悟志 (C)SANKEI

2024年にNHKで放送された単発ドラマ『高速を降りたら』は、3人の男が深夜の高速道路をドライブする中で、それぞれが抱える悩みを告白していく一夜の物語だ。
レンタカーで3人が向かう先は、妻の父親が入院する地方の病院。
彼らは義理の兄弟で、長女の夫・オギノ(飯塚悟志)は大企業のマーケティング部門の管理職。
次女の夫・トミタ(松澤匠)は地域スーパーの店舗マネージャー。
三女の夫・コマキ(山脇辰哉)は大学のラグビー部出身で、現在はリモート勤務で働くSE(システムエンジニア)。
3人は仕事も順調で家でも良き父親として振る舞っているように見えたが、病院に向かう道のりの中で「男らしさ」について悩んでいたことが明らかとなっていく。

コマキはドライブインでラグビー部の仲間と再会したことがきっかけで、彼がラグビー部の仲間に結婚したことを知らせておらず、同窓会に誘われても欠席していたことが明らかとなる。
体が小さかったコマキは巨漢ぞろいのラグビー部の中ではいじられキャラで、初めは部に馴染めればいいと考えてそのポジションを受け入れていたが、次第にいじめられているような気持ちになり、大学卒業後は適当なウソをついて飲み会を断っていた。妻との結婚式をやろうとしないのも、ラグビー部のメンバーを呼ぶことで、いじられキャラだった自分の姿を妻に知られるのが嫌だったからだ。
そんなコマキの気持ちに妻の泉(清水くるみ)は気づいており「変なところで強がるよね。男って」と妻たちはため息をつく。

一方、トミタは自分よりも稼ぎが多く、ビジネス誌でも特集されて注目を浴びている女性役員の妻にコンプレックスを抱き、男としてのプライドが傷ついていた。そんな時にスーパーで働く同僚の女性に励まされたことで、いつしか不倫関係に陥ってしまう。 トミタの妻・円(石橋菜津美)は、夫が浮気をしていることに気づいており、トミタのプライドを傷つけてしまったことを申し訳なく思っていた。
だが、妻たちは傷ついた男のプライドを他の女で埋めようとする夫のズルさは許せず「そもそもなんで男のプライドのために女がわきまえないといけないんだ」と苛立つ。 そしてオギノは、会社でマーケティング戦略を担当した飲料水が売れずに業績不振となったことを上司から叱責され、仕事でイライラしているときに妻の栞(山田真歩)に怒鳴ってしまったことを後悔しており、離婚したいと申し出ていた。

男らしさから降りられずに苦しむ男たち

男らしさの問題で苦しんでいる夫たちが心境を吐露する場面の後、実は悩んでいることを知っていた妻たちのツッコミが入るという往復で物語は進んでいく。 一方、3人の娘が見守る入院している父親は「男らしさの権化」と言える存在だった。 夫たちはそんな義父の尊大な振る舞いに辟易としながらも、どこかで強い憧れを抱いており、義父のようになれないことにコンプレックスを抱いていることが次第に明らかとなっていく。

男らしさをめぐる葛藤は、近年のフィクションで大きな注目を集めているテーマだ。 2017年の#MeToo運動をきっかけに盛り上がったフェミニズム・ムーブメントが世界中に広がっていく中、女性を抑圧する男らしさの在り方を批判的に検証する流れも高まっており、Netflixで配信された映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』やドラマ『アドレセンス』のような有害な男らしさを描いた作品も年々増えている。

その意味で『高速を降りたら』で描かれた男らしさをめぐる葛藤はとても現代的なテーマだと言える。
オギノたち3人は、男らしさにこだわるような時代ではないと頭では理解しているが、いざ自分たちが男らしさから脱落しそうになると、強い危機意識を感じ、空回りした行動を取ってしまう。
彼らは義父のような強い男になることはできないが、かといって古い時代の男らしさから降りた現代的な男になることもできない。そんな宙吊りの立場にいる3人の男性の悩みを丁寧な語り口で解き明かしていく過程こそが、本作の魅力である。

真夜中の高速道路というロケーションの美しさ

そして映像も魅力的だ。真夜中の高速道路やドライブインは、日常の隣にあるちょっとした非日常という感じで、本作の舞台として見事にハマっている。
真夜中の高速道路を走る車の明かりに象徴される「光と闇のコントラスト」を本作はとても丁寧に撮っており、男たちが辛い過去を描く回想シーンも暗闇の中に人物とテーブルや椅子があるだけという最小限の空間を演出しており、舞台劇のように見せている。
おそらく真夜中の高速道路を走るレンタカーは、彼ら3人の不安な心情を表しているのだろう。
最初は見栄を張って本音を隠していた3人が、心情を少しずつ吐露していく姿には、同じ男性として癒されるものがあり、境遇の異なる平凡な男性3人が弱さを共有することで少しだけラクになる姿を描いた単発ドラマの名作だったと言える。

脚本を担当した武田雄樹は当時30歳で、本作が脚本家デビュー作。
今年の9月からNHKの夜ドラ枠で、最新作となるオリジナル脚本の連続ドラマ『いつか、無重力の宙で』が放送される。
本作は高校時代に同じ天文部だった30代の女性4人が超小型人工衛星を作ることで宇宙を目指す大人の青春ドラマ。前作と打って変わって女性たちの物語となるようだが、企画・演出には『高速を降りたら』の演出だった佐藤玲衣の名前があるため、本作のテイストを踏襲した連ドラとなることは間違いないだろう。
男らしさの呪縛に苦しむ男たちの物語を作った武田たちが、今度は何を見せてくれるのか楽しみである。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。