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朝ドラで目立つ役じゃないのに心をつかまれる… “あくまで脇役”のベテラン女優が放った静かな存在感『あんぱん』

  • 2025.7.23
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『あんぱん』第6週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』は、漫画家・やなせたかしさんとその妻・小松暢さんをモデルにした、何者でもなかったふたりが数々の困難を乗り越え「アンパンマン」誕生へと至るまでの物語である。主人公・朝田のぶ(今田美桜)や柳井嵩(北村匠海)を中心に描かれる本作において、決して派手さはないものの、静かに物語の屋台骨を支えている存在がいた。

夫の最期を見届ける静かな強さ

のぶの祖母であり、朝田家の精神的支柱である「くら婆」こと朝田くらを演じた浅田美代子。一見するとおっとりしていて、どこか天然な「くら婆」。しかし、戦中戦後という激動の時代を生き抜いてきた彼女の背中からは、確かな重みと温かさが滲み出ている。

とくに印象的だったのは、第16週「面白がって生きえ」で描かれた夫・釜次(吉田鋼太郎)の最期の場面。肺を病み、やせ細った釜次を優しく看病し続けるくら婆。その姿には、何十年も連れ添った夫婦ならではの静かな愛情と覚悟があった。

病床から釜次が「千尋くん、つけてくれ」と頼んだラジオを、くらがそっとつけるシーンは、決して大きなアクションはないものの、胸に迫るものがある。ここでの浅田美代子の所作――ラジオのスイッチを入れる手つき、釜次の枕元に腰を下ろす動作――そのすべてがあまりにも自然で、まるで本物の夫婦の日常を覗き見ているような錯覚さえ覚えた。

自然体だからこそ、心に残る

アイドルとして絶大な人気を誇った浅田美代子が、女優として本格的にキャリアを積み重ねるなかで、彼女は「作り込まない」「自然体」を大切にするスタイルを確立してきたように見える。

その演技は、決して大げさでもなければ目立とうとするものでもない。むしろ「これ、演技だったの?」と思うほど、何気ない日常の一コマをそのまま切り取ったようなリアルさがある。

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『あんぱん』第6週(C)NHK

『あんぱん』でも、家族を見守る立場として大声を張り上げるわけでもなく、しみじみとした言葉や静かな表情だけで、その場の空気をガラリと変えてしまう力を見せている。

浅田美代子といえば、昭和の名作『寺内貫太郎一家』での印象が強いという方も多いかもしれない。しかし、映画『エリカ38』で見せるシリアスで重厚な演技も、彼女のイメージ形成に一役買っている。

樹木希林が企画した本作で浅田は、これまでの明るいキャラクターとは一線を画す、人生の光と影を背負った女性像を見事に演じ切った。若さや美しさを保とうとせず、年齢をそのまま受け入れる姿勢も含め、女優としての芯の強さを感じさせる。

今回の『あんぱん』でも、その柔軟さと自然体の演技は健在。くら婆というキャラクター自体はあくまで“脇役”ではあるが、物語の根っこを支える存在として、浅田でなければ出せない重みを持たせている。

くら婆が朝田家にもたらすものとは

戦中戦後をたくましく生き抜いてきたくら婆というキャラクターには、どこか飄々とした柔らかさと、決して揺らがない芯の強さが感じられる。そのバランス感覚こそが、浅田美代子の女優としての最大の武器と言えるだろう。

『あんぱん』は、主人公・のぶや嵩といった若い世代の成長物語でありながら、家族や地域社会全体を描いた群像劇でもある。

そんななかで、くら婆の存在は“根っこ”のような役割を果たしているのではないか。目立つことなく、いつも一歩引いたところから家族を見守る。その姿に、視聴者もまた安心感を覚え、気づけば心を寄せている。

最終的に『あんぱん』という物語全体を支えるのは、こうした地に足のついたキャラクターたちの積み重ねなのだと、あらためて実感させてくれる存在だ。これからも彼女の「静かな存在感」に目を向けていきたい。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_

NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中