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“恋愛=異性”はもう古い…?“言葉の当たり前”を覆す【NHKドラマ】深すぎて刺さりまくると話題に

  • 2025.7.22

毎シーズン、大人のための良質なドラマを放送する枠として信頼厚い火曜よる10時の“NHKドラマ10”。今期は三浦しをんの小説をドラマ化した『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』が放送されている。

この原作小説は、2013年に松田龍平と宮﨑あおい主演で長編映画化され、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞するなど高い評価を得ている。辞書作りという、これまで描かれることの少なかった題材を、丁寧な人間ドラマで掬い取り、言葉の面白さと大切さをしみじみと感じさせる秀作だった。2016年にはテレビアニメ化もされている。

ドラマ版は、原作小説や先行する映画・アニメと視点を変えて、ファッション誌の編集部から異動してきた岸辺みどりの視点から物語が紡がれ、新鮮な視点で辞書作りの面白さを引き出す内容となっている。

※【ご注意下さい】本記事はネタバレを含みます。

多くの視聴者がより自分を反映しやすい主人公に交代

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『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』第2話 (C)NHK/AX-ON

主人公が交代したことによって、ドラマ版は先行する作品以上に間口の広さを獲得することになった。原作や映画・アニメ版の主人公・馬締光也(まじめ・みつや)は、変人でコミュニケーション能力に難ありの社内で浮いた存在だ。ど言葉に対する情熱はぴか一だが、どこか浮世離れした存在感で、一般的な視聴者には自分を投影しにくい部分もあったかもしれない。

今作の主人公・岸辺みどりは、元々ファッション誌の編集部員であり、昨今の雑誌不況の煽りで異動となってしまう。言葉に対する態度もごく一般的で、辞書作りへの情熱を持っているわけではない。そして、何気ない言葉の使い方で人を傷つけてしまうこともあるような、そんなごく平凡な人物である。

そんなみどりが、辞書編集部で馬締たちとの出会いを経て、言葉の面白さに目覚めていく。辞書作りに関して全くの素人なので、物語の中で辞書作りに必要なことが無理なく丁寧に説明されるので、視聴者を置いてけぼりにすることもない。

主人公が交代したことで、よりわかりやすくなっただけでなく、本作はお仕事ドラマとしても秀逸なものになった。部署異動というものは、多くの社会人が経験する。彼女は、読者モデル時代からファッション誌に関わっており、社会人となっても好きなファッションに関わるために出版社に勤務していた。しかし、雑誌が売れない時代となり、編集部は再編されてウェブメディアを運営することになるが、その時に彼女は異動を命じられてしまうのだ。

やりがいを感じていた仕事を奪われ、全く興味のない仕事に就かされるのは、苦しい。しかし、みどりは全く門外漢だった辞書編集部でやりがいを見つけていく。そんな再起のドラマとしても本作はよくできており、働く社会人を励ます内容になっている。

辞書によると、恋愛は異性だけのもの?

みどりは、言葉に無頓着だった。彼女は「~なんて」と言うのが口癖になっていて、ふとその言葉を言ってしまい同棲している彼氏を傷つけてしまう。そんなみどりが辞書と出会い、自分の放った言葉にどんな意味があったのかを自覚していく。

実際、誰もが言葉を軽々しく使う時代だ。SNSでは不用意な言葉が飛び交い、毎日だれかが傷ついている。本作は、そんな時代に対して、一つひとつの言葉の意味を丁寧によく考えさせることに成功している。みどりの「なんて」という言葉は、日常的に聞く言葉だが、これにどんな意味があるのかと、みどりと一緒に視聴者もハッとさせられる。

そして、本作は「言葉は生き物」ということを再認識させてくれる。時代によって言葉の意味は変わってくる。それを象徴するのが「恋愛」という言葉だ。

みどりは、ふと「恋愛」を辞書で引いてみる。そこには「異性同士が互いに相手を想い慕うこと」と書かれている。「恋愛」が異性同士に限定されているかのように書かれていることに、みどりは違和感を覚える。

これに対して、馬締は「辞書の語釈には典型的な例が必要だから」と語る。しかし、その典型からこぼれ落ちる人が辞書を引いた時、傷つくのではないかとみどりは主張する。辞書監修の松本先生は、「辞書は時代を追いかけるもので、先んじて作るものではない」と説く。

ここで、みどりの反論が面白い。ファッション雑誌は時代を先取りして流行を作るものだと彼女は言い、辞書がそういう存在になってもいいのではないかというのだ。

「恋愛」は同性同士でも起こりうる。そして、性的マイノリティは決して遠い存在ではなく、身近にいることも本作は示す。そして、みどりは「恋愛」の新しい語釈作りを担当することになる。新しい時代に向けて、「恋愛」をどう説明するべきか、みどりが考える展開は、自身の苦い恋愛体験とも重なっていく。

池田エライザ・野田洋次郎が好演

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『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』第2話 (C)NHK/AX-ON

本作で主人公の岸辺みどりを演じるのは、池田エライザ。読者モデル出身の編集者という、自身の出自とも重なる部分がある役を自信を持って演じている。軽さの中にも好奇心旺盛さと今の時代を見つめる姿勢を持っていて、その姿勢が辞書作りに向いていると評される。彼女の存在が、辞書とは堅苦しいものじゃないということを視聴者に証明してくれている。

小説や映画版の主人公・馬締光也を演じるのはRADWIMPSの野田洋次郎。ボサボサのヘアスタイルに眼鏡で辞書作りに熱意を燃やす変人ぷりを、松田龍平とは異なる角度から体現している。

その他、ちゃらちゃらした雰囲気だけど頼れる営業・西岡正志を演じる向井理をはじめ、岩松了や柴田恭兵に渡辺真起子など実力派役者が揃っている。

言葉の大切さと面白さ、奥深さをこれほど楽しく伝えてくれる作品は他にはない。言葉がネットで氾濫する時代だからこそ、今一度本作をみて、言葉に向き合いたい、そんな気持ちにさせてくれる作品だ。


NHK 火曜ドラマ『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』毎週火曜よる10時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:杉本穂高

映画ライター。実写とアニメーションを横断する映画批評『映像表現革命時代の映画論』著者。様々なウェブ媒体で、映画とアニメーションについて取材・執筆を行う。X(旧Twitter):@Hotakasugi