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ルックスを超越した美しさ──そこに宿る生命の輝き【「火の鳥」展を通して福岡ハカセと考える、生命と美:後編】

  • 2025.5.5

戦争への反省から、生命の“利他性”がフォーカスされた

――生物の“利他性”というキーワードは、ちょうど今開催されている、福岡ハカセが監修で参加された万博のテーマになっていますね。『火の鳥』では、地球の美しさや生命のつながりが何度も描かれていたのが印象的でした。作品が描かれた60年代は、ガイア理論が注目され始めた時期でもあります。共通するメッセージを感じるのですが、ハカセはどのようにとらえていますか?

ガイア理論は、1960〜70年代にかけてジェームズ・ラブロックが提唱したもので、“地球全体がひとつの生命体である”という考え方です。70年代にはリン・マーギュリスという学者が「細胞内共生説」を発表しました。これは、今の私たちの細胞にあるミトコンドリアなどが、もともとは別の生物だったものが共生することでできあがった」という進化の仕組みです。つまり、生き物同士が競い合うのではなく、共生し合ったことで大きな進化が起きた──という考えで、ガイア理論と通ずる部分があります。

こういった理論の台頭の背景には、当時の社会情勢、たとえばベトナム戦争や東西冷戦といった対立の時代があると考えられます。ラブロックやマーギュリスのような科学者たちの、「生命系は本来、利他的でバランスを保つネットワークなのに、なぜ愚かな人間だけが争うのか」という反省のもとに生まれてきた思考だと思うのです。その流れは、手塚治虫先生の作品にも色濃く反映されているのではないでしょうか。

『火の鳥』は鳥瞰的な視点で、愚かな人間の争いをあざけりつつも、生命全体としては、本当はつながりあっていると教えてくれる存在として登場しています。今開催されている、私が監修した“大阪・関西万博 福岡伸一「いのち動的平衡館」”パビリオンでは、38億年の生命の歴史を光の粒子による13分間の立体的なショーで表現していて、そこでも生命のつながりを感じられると思います。皆さんが恐れる「死」も、自分の生命を次の世代に手渡すという意味で、利他的なことなんですよ。

生命力には形を超えた“美しさ”がある

――『火の鳥』の世界観は、ハカセの生命観とリンクしているんですね。「鳳凰編」では、美術作品としての鬼瓦の美しさを競うシーンが印象的でした。ハカセは、美しさとは何であると考えますか?

作品内では、「そつなく整っていて美しいもの」と「生命力がほとばしるもの」の対立として描かれており、後者が美しいと結論づけられているように思います。美しさというのは本来、“生命の原理にかなっているものが美しい”はずなのです。それが美の起源だと思います。ほかにも、「望郷編」では主人公が死ぬ直前に美しい地球の景色を眺めるシーンが描かれています。自然のなかに生命にかなった形があり、それが美であり、なおかつ生きる意味である、というメッセージが込められているように思いました。作品中にはさまざまなキャラクターが登場しており、みんな魅力的です。それぞれに生命力を感じる何かがあって、それが外形を度外した美しさや魅力を放っています。

老いがあるからこそ、“今”が輝く

――不老不死のテーマも印象に残りました。

多くの権力者が不老不死を夢見るシーンが描かれますが、同時に、「不老不死を与える」という最大の罰も登場します。不老不死になることで、生きる意味を見出せなくなってしまうのです。死なないということは、あらゆることが可能になるように見えて、実は意味がなくなってしまう……。生命は有限であるからこそ、輝いているということです。

――その部分を読むと、毎回ゾッとします。自分だけが生き続けて、周りが死んでいくのは想像すると恐ろしいです。医療の発達によって、ますます寿命が長くなることが予測される昨今、私たちが生命と向き合う上でハカセの考えをお聞かせいただきたいです。

『火の鳥』にはクローンやAIなど、さまざまな現代的な問いが登場します。老化や死は害悪で、それは取り除けるものだという考えは、根本的には間違いです。老化する細胞を取り除いて抗ったら、生きている細胞がそれよりも早い速度で老化するだけです。作中でも生命操作の問題に触れており、テクノロジーで無理に若返るようにした結果、余命が3日になってしまったというシーンが描かれています。クローンについても取り上げたシーンがあり、生物を安易に作ってはいけないというメッセージが込められていますね。

――限りある命をどのように生き、生きがいを見つけていくのかについて、いろんな視点で問いかけてくる作品だと感じました。展示では、ラストの一コマについて、ハカセがひとつの解を導き出してトーラスを完結していたのが素晴らしかったです。

賛否両論はあると思いますが、単なる原画展にならないように、科学者として仮説を立て、その仮説に対して自分なりの答えを導き出しました。展示の中には、私による各編の解説を入れています。手塚先生は「自分が死ぬときに最後の一枚を描く」と宣言されていましたが、病でそれが叶わず、未完のままに終わりました。「火の鳥 休憩 INTERMISSION」には、ご自身の遺体に布がかけられ、その上に火の鳥が立っている、と読めるコマがあります。今回の展覧会のキービジュアルの絵です。それは、よく見ると蛹のような形をしていて、そこからメタモルフォーゼをしていくさまを予言しているかのようです。単なる輪廻転生ではなく、自分の生命があらゆる生命、あるいは無生命に、粒となって手渡されるイメージを持たれていたのではないかと考えています。

手塚先生の有限の命は終わりましたが、彼の作品や思想、言葉は、皆さんの心に散らばっていると思うのです。彼が立てた“生きる証”が、次世代に引き継がれていくことを願ってやみません。長編ではありますが、最初から完成された物語の構造がある、素晴らしい作品です。じっくり読むと、そこから生きる意味や、自分の人生を考えるという本来の読書体験ができるので、若い世代にも薦めたいですね。

「生命の原理に適っているものが美しい」。まさにそれを象徴するラストの一コマは、展示の最後に見ることができる。福岡ハカセならではの視点とロジカルなアプローチによる“納得”の結論は、『火の鳥』の壮大な世界観と生命の営みを見事に表現しており、深い感動を得られるはずだ。六本木の高層ビルからの見事な景色とともに楽しめるダイナミックな展示に、ぜひこの機会に足を運んでみてほしい。

Information

手塚治虫「火の鳥」展

―火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡(どうてきへいこう)=宇宙生命(コスモゾーン)の象徴―

会場:東京シティビュー(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52F)

開館時間/10:00〜22:00(最終入館21:00)

https://hinotori-ex.roppongihills.com

Profile

福岡伸一

生物学者。京都大学卒。ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授などを経て青山学院大学教授。ロックフェラー大学客員研究者。分子生物学者としてのキャリアに裏打ちされた科学の視点と、平易で叙情的な文章でサイエンスの魅力を伝える書き手として人気を博し、『生物と無生物のあいだ』がベストセラーに。近著に『動的平衡は利他に通じる』、『君はいのち動的平衡館を見たか 利他の生命哲学』など。『火の鳥』展では企画監修および会場限定公式ブックの執筆を手がけ、現在開催中の“大阪・関西万博 福岡伸一「いのち動的平衡館」”パビリオンの監修を務める。

NOMA(ノーマ)

佐賀県出身のモデル。幼少期より生命や宇宙の神秘に惹かれ、ファッションからサイエンスまで幅広い分野で活動。モデル業のかたわら世界各国の自然豊かな辺境の地を巡る。2021年に書籍『WE EARTH ~海、微生物、緑、土、星、空、虹、7つのキーワードで知る地球のこと全部~』を出版。植物と宇宙を中心とした自然科学の案内人、環境省森里川海アンバサダーとしても活動し、講演会やプロジェクト監修など多岐に渡る活動を行っている。@noma77777

Photos: Kaori Nishida Text: Kiriko Sano Editor: Rieko Kosai

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