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大企業から変革を起こす人々──アップルで気候危機対策に尽力するリサ・ジャクソン

  • 2025.5.5

アップルApple)製品は世界40カ国以上でシェアを持ち、2024年のiPhone年間出荷台数2億3210万台。総アクティブデバイス数は16億台を超えるとされる。圧倒的な規模での普及をしているからこそ、その影響力も計り知れない。アップルの下す決断や変化は、確実に世界中に波紋を生む。

そんなアップルの副社長として、再生可能エネルギーへの転換や素材のリサイクルなど環境対策を担当し、1億ドルを投じる「人種的公平と正義のイニシアチブ」を主導するリサ・ジャクソン。過去20年以上、米環境保護庁(EPA)に属し、2009〜2013年にはバラク・オバマ大統領下で長官も務めるなど、社会問題や気候正義に焦点を当て長年取り組みを続けている。また、EPAでは初めて黒人として長官を務め、アップル入社当時も唯一の黒人幹部としても注目された。常にロールモデルの少ない分野で先陣を切って道を切り拓く人物だ。

ジャクソンは、大型ハリケーンの上陸や地盤沈下、海面上昇の危機に面する、ルイジアナ州ニューオーリンズ出身で、「幼い頃に環境問題の影響を目の当たりにした」ことをきっかけに課題意識を持つようになったそう。アップルで取り組みを開始して12年の歳月が経過する今、深刻化する気候危機やスマートフォンに不可欠なレアアース(希少鉱物)にまつわる労働問題など、現状の課題とその未来にどう立ち向かうのか話を訊いた。

──米環境保護庁長官当時も温室効果ガスの削減や大気、水質の改善など環境問題に尽力されていたとのこと。官庁と民間企業でのアプローチや影響力の違いはどのように実感されていますか。

アップルで働いて12年が経ちます。以前は米環境保護庁(EPA)長官として毎日、人々の命と健康に影響を与える決断を下していました。そんな日々に終わりを告げ、「次はどこで同じようなインパクトを生めるだろう?」と考えていたときにCEOのティム・クックと出会いました。彼が地球と環境の問題に真剣にコミットする気があると知り、政治とやり方は異なるもののアップルの生む変化は世界中のサプライヤー、開発者、ユーザー、そして社員に多大な影響を与えると気がついたのです。

企業は政治よりも早いスピードで動くことができ、特にアップルは計画とロードマップを定め、それを実現することに長けています。製品を開発するのと同じですね。政治は誰一人取り残さず、“すべての人”のことを考える必要があり、最も力が弱く貧しいコミュニティーから今現在恵まれている人々まで、同じように参加できることが不可欠です。私にとって政治とは、常に“絶対的な最低限のライン”を設定するもの。それ以上の多くを行うのが企業であり、アップルは世界中の企業と親密な関係性を築き、変化の波を起こすことでそれにチャレンジしています。だからこそ政治そして企業両方での変革が必要で、私はそのどちらの仕事にもやりがいを感じています。

──アップルは、2030年までにカーボンニュートラルを目指し、1億ドル規模のイニシアチブを発表するなどの目標を掲げていますね。現代社会のなかで、世界的な影響力を持つテック企業のリーダーシップを取っていくことをどのように感じていますか。

私たちは今の社会において、多くの人が「懐疑的」だということを理解しています。企業が目標を掲げ、約束をする話はよく耳にしますよね。だからこそ、報告することが非常に重要です。毎年、アップルでは環境に関する取り組みをまとめた報告書を発行し、その現状を正直に伝えています。例えば、2015年から温室効果ガス排出量を60%削減しました。でも2030年までにそれをゼロにするとは言えません。今のところ2030年までに排出量を75%削減するという目標を掲げており、残りの25%については、まだ技術がそこまで到達しておらず対処方法がわかっていないからです。

そのためカーボンニュートラル(実質の排出量をゼロにする)を達成するためには、排出するのと同じ量の二酸化炭素を空気中から除去する必要があり、私たちはそれを達成できると確信して目標を設定しました。サプライヤーやユーザーを含め、自分たちが影響を与えられる範囲で、できる限りのことをしていると感じています。

──レアアース(希少鉱物)と呼ばれる鉱物の過剰なニーズによる環境負荷や児童労働など、労働搾取の問題に声も上がっています。アップルでは今後資源の調達やその未来にどのように取り組んでいく予定ですか。

レアアースを含めた特定の素材は、まず紛争地域からの調達という点で課題が伴います。そこで私たちは、もし製品をリサイクルおよび再生可能な素材で作ることができれば、その過程における労働や社会的・環境的な問題を取り除くことができると考えました。

その一例として、アップルの製品には磁石が使われており磁石にはレアアースが含まれていますが、現在ではその99%がリサイクルされたものです。つまり、採掘や製錬といったプロセスそのものを排除できています。同じことがコバルトにも言えます。コバルトも課題の多い素材の一つですが、アップルが設計し製品に搭載しているバッテリーに使用されているコバルトの99%がリサイクルされたものです。このように、私たちにとってリサイクルは非常に重要な戦略です。もちろんレアアースやコバルトだけでなく、「15の優先素材」と呼ぶすべての素材で取り組みを進めています。実はこの15種類の素材が製品全体の約90%を構成しており、私たちの目標はそれらすべてをリサイクル素材に置き換えることです。

また現在すべてのMacBookには、エンクロージャー(外部ケース部分)に100%リサイクルアルミニウムを使用しています。リサイクル素材の取り組みを始める以前、アルミニウムは私たちのカーボンフットプリント全体の27%を占めていました。ところが、今ではわずか7%になったのです。製品にリサイクル素材が使われることは、気候変動対策としても非常に大きな効果をもたらしますし、地球や社会課題に対しても違いを生み出します。だからこそ、私たちはリサイクルこそがサプライチェーンをよりよく変えていく方法だと信じています。今では、当社製品全体の24%(重量ベース)がリサイクル素材になっていて、最新のMacBook Airは55%がリサイクル素材から作られているんですよ!

──現行の巨大なシステムに入り込み、変化を起こす行動を続けられています。そこで感じるジレンマはありますか。

私が思うに、大切なのは「長く続く変化」を生み出すこと。持続可能な変化を作り出さなければなりません。アップルはハードウェアとソフトウェアの両方を手がけるブランドだからこそ、その両面で変化を起こすことができるんです。例えば、アップルのすべてのデータセンターはクリーンエネルギー(再生可能エネルギー)で稼働しています。データセンターは非常に多くのエネルギーを使うため、それを考慮せずに進めてしまうと最終的に甚大な環境負荷を与えてしまいます。

私たちができるのは、将来を見据えてその準備を裏でしっかりと行うこと。そうすることで製品を手にした人たちは、「よく動く地球環境に配慮したデバイス」として体験できるようになるんです。もちろんまだ完璧ではありませんが、2030年までには大きな貢献ができると思います。今日すぐにすべてを実現できるわけではありません。でも常に正しい方向を目指しながら、できるだけ早く進む。それが私たちのやっていることなんです。

──ロールモデルの少ない分野で先駆者でいることは困難を伴うと思いますが、そのモチベーションとなるものは何ですか。

私が前に進み続けられる理由はたくさんありますが、最初のロールモデルは特に母と祖母、そして叔母でしょう。彼女たちは教育の大切さを信じる、とても強い女性たちです。アメリカ南部の都市・ニューオーリンズで育った私は、幼い頃に環境問題の影響を目の当たりにしたことで、環境への関心を強く持つようになりました。その後、EPA在籍時に著名な公民権運動家のジョン・ルイスに出会い、彼から、「気候正義はすべての人のための正義だ」という言葉とたくさんの励まし、希望を与えられました。そして、私はその言葉を信じて進んできました。

アップルで私に希望を与えてくれるのは、イノベーション(技術革新)です。環境問題を含む社会課題に対し、多くの人は難しすぎて何もできないと言いますが、アップルのエンジニアたちは自らに挑戦し解決策を見つけようとします。その諦めない姿勢に私は励まされ、インスピレーションをもらっています。私たちは諦めず前進し、できることをできる場所で全力でやらなければなりません。もちろんすべてをやることはできないですし、私自身もできないことはあります。でもそれが挑戦をやめる理由にはならないんです。

──日本はアップル製品のシェアが高く大きな影響力を持っています。一方、環境問題に対する関心が低い側面も。届けたいメッセージや与えたい影響はありますか。

日本には多くのサプライヤーそしてアプリ開発者がおり、ともに素晴らしい製品をつくりそれを改善していけることを誇りに思っています。「イノベーション」「芸術性」「美しさ」──、日本には私たちと共通する価値観がたくさんあり、デザインファッションにおいてはもちろんすべての持ち物が、丁寧に作られていると感じられることが大切です。

もちろん、テクノロジーの側面でも日本は世界に誇る存在です。アップルは日本のユーザーのみなさんに対して大きな責任を感じており、製品の使い心地のみならずその過程に対する期待にも応える必要があることを真摯に受け止めています。今後も製品そのものとしてだけでなく、地球にとってもいい製品として存在するためのチャレンジをしていきます。

Photos: Courtesy of Apple Text: Nanami Kobayashi

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