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カントリーライフに私たちが夢見ているものとは?【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

  • 2025.5.1

今では二拠点生活や地方移住は珍しくないけれど、2010年当時はまだ「都会か、田舎か」という二者択一の発想が強かったようだ。だから「おしゃれに“田舎”を楽しもう!」と題する特集が、都市部在住のモードなヴォーグ読者には響いたのだろう。コットンの花柄ドレスを纏い金髪に花を飾ったモデルの手には、シャネルのカゴバッグ。リラックスしたナチュラルな装いで幸せな気持ちになろう! と謳っている。

ところで“田舎”ってどこのことだ。まあ私なんかがイメージする田舎ライフは陳腐な幻想に過ぎないんだろうが......と思いながらページをめくっていたら、田舎体験のページに「日野市の農家カフェ」が載っていた。そうだったそうだった、私は東京・日野育ち。他人事みたいに田舎特集を見ていたけど、アーバン貴族たちの優雅な田舎幻想を投影される側の人間だった。日野の中でも多摩丘陵の果ての山林を切り開いた新興住宅地で、古くから暮らす人とも縁のない根無し草として育った“郊外っ子”である。2時間かけて都心の私学に通い、学校帰りに広尾図書館で待ち合わせる同級生たちに強い憧れを抱きながら、近所の梅園の茅葺き屋根に昔の田舎暮らしへの幻想を重ねるどっちつかずの小田舎者だった。海外で生まれたけど外国にルーツがあるわけではなく、東京育ちだけど都心にはなじみがなくて、武蔵野っ子なのに地元の歴史を知らず、両親ともに東京庶民で帰るべき緑豊かな故郷もないという、どこをとっても中途半端な立ち位置である。でもそんな土地にも血縁にも縛られていない宙ぶらりんの身の上だから、思い切って子連れで海外移住できたのだと思う。

田舎の語源は田園のただ中に暮らす生活という意味らしいけれど、「田舎くさい・田舎者」など、見下すような意味合いで用いられることもある。現在ではネットと物流の恩恵で都会と田舎の情報格差や生活格差は劇的に解消されたので、その感覚はかなり薄れている。

二拠点生活や移住が現実的な選択となり、都市部が上でそれ以外が下という感覚ではなく、「違うもの」としてそれぞれの良さを認識しているというのが現状ではなかろうか。では何が違うって、自然と人間関係だ。情報と物流がいくら便利になっても、生身の体から自由になることはできない。生身でお付き合いする人々との関係と、コントロールできない自然との付き合いこそがリアルライフ。自然は土地ごとに異なるが、人間関係のありがたみと煩わしさは都会でも田舎でも必ずついてくるものだ。

今は若い女性が地方から都会に出て行ったきり戻らない。子育てと両立できる仕事やキャリアを活かせる仕事が少ない上に、男尊女卑やイエ制度の因習の残る地元でヨメをやるのはごめんだと考える女性が増えているという。納得しかない。ことの深刻さに気づいてジェンダー平等推進の取り組みを始めている地方自治体もあるが、一方で今なお性別役割分業が固定化されている保守的な地域もある。

しかしこの「小さな牢獄」は都会にもある。千年の都の古い住人も、タワマン高層階の民や、文京地区の教育貴族たちも狭くて鬱陶しい人間関係を生きている。「田舎は人付き合いがめんどくさい」と田園地帯に押し付けられている排他的なイメージだが、過干渉で噂好きで、上下関係や見栄の張り合いや足の引っ張り合いが超絶めんどくさい人間関係をイナカと呼ぶなら、それはあらゆる場所に遍在している。今身を置いているイナカから距離を置くために、先端モードの服を脱ぎ捨てて遠くの街に引っ越すこともあろう。でも行った先にも必ず大なり小なり牢獄はあるのだ。人は選択 肢が多いと幸せを感じる。ああもこうも生きていい、あれもこれもありだと思えれば自由になれる。野山に安らぎを感じるのは、木々や虫たちと同じように自分も自然の摂理のままに生きていいのだと感じられるからだ。ではどこが本当に「幸せな田舎」なのだろう。

やっぱり最強は、都会でも田舎でも同じ服を着て暮らせる人ではないだろうか。気位の高い古都で外来種として暮らしている友人たちの話を聞いていると、どうやら永遠の宇宙人枠に身を置くのがいいらしい。そして地元の古いしきたりに出くわし、コアなコミュニティに引き入れられそうになったときには文化人類学的な視点で観察し、濃密な人間関係に敬意を示しつつも今一つ地元になじみきらない変わり者として、つまりは無害な宇宙人枠を居場所と定めて生息するのがコツのようだ。

満天の星を見上げて都会の雑踏に憧れるのも、港区の夜景を見下ろしながら棚田の絶景写真にいい ねを押すのも、今いるイナカに疲れたときである。足りないのは緑でも温もりでもなくて、宇宙人になる勇気なのかもしれない。

Photography: Shinsuke Kojima(magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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