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「最初はめちゃくちゃ嫌でした」――世界を旅したラッパーが“幻のぶどう”農家を継ぎ、仲間と夢を追う理由

  • 2026.11.8

大阪府交野市で、“幻のぶどう”とも呼ばれる「神宮寺ぶどう」を育てる「星野葡萄農園」の3代目、星野貴則さん。ぶどう作り22年の彼には、30年近く活動を続けるラッパーというもう一つの顔がある。農業と音楽、二つの世界を生きる星野さんだが、その歩みは決して平坦なものではなかった…。

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全国有数のぶどう産地である大阪。中でも交野市の「神宮寺ぶどう」は、大阪を代表するブランドフルーツの一つだ。その伝統を守る星野さんは、ぶどうへの情熱と愛情で満ちあふれている。「ぶどう畑で寝泊まりしたい」と笑顔で語り、その愛情は仲間からも「ぶどう愛120%」と評されるほど。

農園の作業を手伝うのは、音楽を通じてつながった地元の仲間や後輩たち。星野さんが、故郷で農業と音楽に真摯に取り組む姿に惹かれ、「一緒に働きたい」と集まった。

しかし、星野さんのぶどう作りは、情熱から始まったわけではなかった。「最初はぶどう農家嫌でしたけどね。」と、当時を振り返る。

祖父の代から続くぶどう農家に生まれ、三人兄弟の末っ子としてのびのび育った星野さん。学生時代にヒップホップに魅せられ、20代前半は世界各国を周遊して感性を磨くなど、農業とは無縁の道を歩んでいた。

そんな彼に大きな転機が訪れたのは、一時帰国していた25歳の時。母が病で倒れたことだった。

「『誰かがぶどうをしてほしい』と母がずっと言っていて…。」

兄と姉はそれぞれ別の仕事を持っており、時間がとれるのは自分しかいない。星野さんは、母の願いを背負う形で農家を継ぐことを決意した。

嫌々始めたぶどう作り。しかし、その情熱に火をつけたのは、10代の頃から虜になっていたラップだった。

地元をレぺゼンするヒップホップのカルチャーと、地元の特産品であるぶどうを誇りに思い、その魅力を発信していく農業の姿と重なった瞬間だった。この気づきから、星野さんの試行錯誤の日々が始まった。

嫌いだったことでも、自分の好きなことと結びつけて正面から向き合う。そして、好きになることで道を切り開き、一生懸命に続ける。そのスタイルが仲間や後輩を惹きつけ、今の「星野葡萄農園」の形を作り上げた。

なお、星野さんの奮闘の日々は、佐々木蔵之介がナレーションを務めるドキュメンタリー番組『LIFE ~夢のカタチ~』(ABCテレビ)11月7日放送回で紹介された。同放送回では、星野さんが「皮ごと食べられるデラウェア」という新たな夢に向け、新品種開発に挑戦する姿にも密着している。

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