1. トップ
  2. エンタメ
  3. 押井守が『リトル・ダンサー』に重ねた幼少期の境遇「邪な動機で興味をもちそうなんだけど、彼は違う」【押井守連載「勝手にジャンル。」第3回前編】

押井守が『リトル・ダンサー』に重ねた幼少期の境遇「邪な動機で興味をもちそうなんだけど、彼は違う」【押井守連載「勝手にジャンル。」第3回前編】

  • 2026.10.24

映画を観るうえで指標の一つとなる“ジャンル”。押井守連載「勝手にジャンル。」では、押井監督が「ホラー」や「SF」など一般に周知されているジャンルではなく、独自の目線で“新しいジャンル”をつくり、さらなる映画の愉しみ方を追求していきます。

【写真を見る】押井監督にも見抜けないバレエの才能…たしかにバタついているように見える?

今回の連載では、一つの新ジャンルにつき連載3回分、代表的な作品を例に挙げつつ押井監督が解説していく形式となっています。第3回では、引き続き新ジャンル「コーチ映画」について『リトル・ダンサー』(00)を取り上げ、その定義を解説していきます。

新ジャンル「コーチ映画」を、『リトル・ダンサー』をテーマに解説! 撮影/河内彩
新ジャンル「コーチ映画」を、『リトル・ダンサー』をテーマに解説! 撮影/河内彩

「少年を取り巻く生活環境が私の幼少期とよく似ていたんです」

――押井さんの新連載、「勝手にジャンル!」の最初のジャンルは「コーチ映画」です。これまで『さよならゲーム』(88)、『北国の帝王』(73)を紹介しましたが、その3本目は『リトル・ダンサー』。日本でも大ヒットした2000年のイギリス映画です。本作のコーチとなると、主人公の少年、ビリー・エリオットにバレエを勧めるチェーンスモーカーのおばさんですか?

「そうです。あのおばさんが私、大変気に入ったんです。一見するとバレエとは縁遠い感じじゃない?中年のおばさんだし、ずーっとタバコを吸い続けているし、そもそも太っている。昔はバレエをやっていたんだろうけど、いまはその片鱗すらない。にもかかわらず子どもたちにバレエを教え始めたのはなぜかと言えば、失業中の旦那に昼間っから押し倒されるのがイヤだから。若い才能を育てたいとか、バレエから離れられないというような理由じゃないんですよ。この理由がまず気に入った。

さらに少年を取り巻く生活環境。これが私の幼少期とよく似ていたんです」

――舞台はイギリスの小さな炭鉱町。炭鉱ストライキの真っ最中でほとんどの住人が貧困に喘いでいる。ビリー少年の家も例外ではなく父親と兄がストで失業中…という設定ですね。母親は亡くなり、認知症っぽいおばあちゃんがいる。

「オヤジは息子に使い古したボクシングのグローブを譲り、毎日、50ペンスあげる。ボクシングのコーチに渡すレッスン代だよ。イギリスの労働者階級の男子がやることと言えばボクシングかサッカーと決まっている――このお小遣いが私の幼少期に重なるんですよ。私のオヤジはなにも買ってくれなくて、おふくろが毎日、20円のお小遣いをくれた。その20円をなにに使うか煩悶するわけ。画用紙を買おうか、コロッケを買って食っちゃうか。いや、それよりも焼き芋がいいかな?20円を貯めてなにか大きなものを買うなんて頭はないの」

――この50ペンスは当時の為替でおよそ160円くらいらしいですが、一家の生活っぷりを見ていると500円くらいの価値があったのでは?という意見もありました。

「暖房の薪さえ買えない生活苦のなかでその金額を絞り出すんだからこのオヤジ、ぶっきらぼうとはいえ息子への愛はちゃんとあるんですよ。ところが、息子は違うことに興味をもってしまう。ボクシングの隣で開いていたバレエ教室。こっそりそっちに行ってのぞき見したりして叱られたりする。普通、この設定だとバレエ教室に好きな女の子がいてとか、女の子のレオタード姿が気になってという邪な動機で興味をもちそうなんだけど、彼は違う。純粋にバレエに興味をもつ。私はこれが謎だった。そういう設定は共感しにくい。とりわけ男だと。でも監督は、敢えてそうしているとしか思えない」

自身の幼少期と重ね合わせて鑑賞したという 撮影/河内彩
自身の幼少期と重ね合わせて鑑賞したという 撮影/河内彩

――はい、そういう感じでした。結果、ビリーくんは女子に交じってバレエを始める。

「そういう少年の情熱というか夢を合理化するために、オヤジを大激怒させる。『バレエなんて、男がやるものじゃない。サッカーやボクシングをやれ』ってね。私も高校生の時、父親に『オレの息子がアカになりやがった』と言われたことに重なるんだよ。

でも、そこからが大きく違う。私とは異なり、少年にはコーチが現れる。くだんのチェーンスモーカーの太ったおばさん。彼女の娘もバレエ教室にいて、レッスンを開いている理由を教えてくれる。それが旦那とセックスするのがイヤだから。このおばさん、動機はそうだったんだけど、少年の才能に目を留める。まさに磨けば光る原石を見つけた!なんだけど、映画を観ている限りではこの少年、才能があるようには見えないんだよ――バレエは素人の私が見る限りではだけど」

「この映画は少年がバレエのスゴ技をマスターするような達成感みたいのがない」

――あ、押井さん、私もそう思いました。そ、そんなに才能ある?って感じましたね。同じく素人ですが。

「だよね。オヤジを説得するために目の前で踊って見せるんだけど、ジタバタしているようにしか見えない。少なくとも私には天賦の才がある男子には見えなかった。ここが私のポイント。不思議な映画だなあと思い、最後まで観ることにしたんだよ。

例えばアニメーションなら、それこそ天才の片りんをみせる。ほかはぶきっちょでもすごいジャンプをやってのけ、みんなが息を呑むというシーンを入れたりさ。でも、この子はオヤジの前でジタバタしているようにしか見えない。天才っぷり、才能の片りんを見せつけるなら、ちゃんと踊れる子を代役にしてもいいわけじゃない?でも、敢えてそうはせずにジタバタさせて必死さだけを伝えようとしている。少年は友達に家で踊ったりもするけど、やっぱりジタバタしているだけ。お世辞にも優雅じゃない。でも、お約束通り、オヤジは息子の情熱にほだされてロイヤルバレエ団の試験を受けることを許す。あれくらいの才能でいいのかなって心配になった」

【写真を見る】押井監督にも見抜けないバレエの才能…たしかにバタついているように見える? [c] Album/AFLO
【写真を見る】押井監督にも見抜けないバレエの才能…たしかにバタついているように見える? [c] Album/AFLO

――そうなんですよ。だから私はこのお父さん、息子に才能があるというから許したんじゃなくて、彼の「夢」にほだされたんだと思いました。おそらくお父さんもお兄さんも「夢」なんてもったことなかった。成人したら炭鉱で働く、人生はそういうものだと決めつけていた。でも、息子はバレエをやりたいという「夢」をお父さんの目の前で体現してみせた。おそらく、あの家族では初めて「夢」を語った人間だったんです。だから叶えてあげたいと思ったのでは?彼らの人生にはいままで「夢」という言葉はなかったんですよ、きっと。

「そうです。そういう生活環境を丹念に描いた映画であって、彼の才能を描く映画にはなってないんです。そこが大変おもしろい。この手の映画なら普通、コーチが特訓するシーンとかあるじゃない?なんならトゥシューズに血が滲んでみたいな感じとかあってもいいくらいだよ。でも、この映画は少年がバレエのスゴ技をマスターするような達成感みたいのがない。そのくせ、彼を取り巻く環境については興味深いシーンがたくさんある。薪が買えないからお母さんの形見のピアノを壊したりする。認知症のおばあちゃんと暮らしていて、よくある展開だとときどき正気になって孫を励ましたりお小遣いをあげたりするけど、そういうのもまるでない。ずーっと認知症のまま。そういう意味では現実に即した説得力のほうを優先した映画で、天才ダンサー誕生映画としては、とことんさぼり倒している。しかもコーチもあのおばさんだし。最初にこのおばさんが気に入ったといったけど、それはなにも佇まいだけじゃないんです。もう一つ、彼女がすばらしい決断をしているからなんですよ」

後編では押井監督の“師匠”の話も…! 撮影/河内彩
後編では押井監督の“師匠”の話も…! 撮影/河内彩

――では押井さん、その「すばらしい決断」は次でお願いします!

取材・文/渡辺麻紀

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ